第27.5話:プレッシィリゾート
18:11
星明りを反射して、海が煌めいている。
静かな海岸には、波の音だけが響いていた。
砂浜に腰かける大輝たち以外、人の姿はもう見当たらなくなっていた。
誠の話では、一部の宿泊施設の改修工事の影響もあり、空き部屋を抑えることができなかったという。
キャンセルが出るのを待っているそうだが、この時間になって空室が出るとは思えない。
大輝たちはかれこれ二時間ちかく、夜風に当たりながら海を眺めていた。
「さすがに冷えるわね……」
ベリーローゼンは肌寒そうに、腕をこすっている。
「お前も入ってくれば?」
大輝はそう言って、二人で肩をくっつけ、体育座りで一つのラッシュガードにくるまっている紫苑と海夏を指さした。
「三人は無理でしょ……」
「じゃあ氷の方」
氷もまた、鷺のラッシュガードを借り、暖をとっている。
海夏たちのようにくっつけば、二人を十分包むことができるだろう。
「アンタ、空気読めないってよく言われない?」
「……え?」
一体何のことだろうか、と大輝が考えていると、背後から不意に声をかけられた。
「――――あの」
ベリーローゼンと大輝が振り返ると、そこに立っていたのは、赤と青の混ざり合ったような、美しい瞳と、シルクのように美しい白い髪を持つ女だった。
黒い水着の上に、グレーのアウターを着ている。
その両脇にも、不純な法に従った装いの男女が立っていた。
「こんなところで、何をしているの?」
「実は――――」
大輝は彼女に、自分たちの置かれた状況を説明した。
彼女は黙って耳を傾け、時折小さく頷いていた。
「なるほどね……。なら、私たちの部屋に泊めてあげるわ」
「いいのか?」
女は肩をすくめ、事もなげに答える。
「ええ。こんなところで野宿でもして、風邪を引くわけにもいかないでしょう? ついてきて」
大輝は皆に呼びかけ、三人の後に続く。
彼女たちの優しさに甘え、一行はなんとか寝床にありつくことができた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
18:46
行き着いたホテルは、木を基調とした、なんとも高級感あふれる内装であった。
とても一般客が利用できるような場所には思えない。
そして、水着のまま立っていることが許されていいような場所にも思えない。
紫苑は「すげー」だの「うわー」だの興奮状態で、ベリーも海夏も目を輝かせていた。
当然、大輝にとっても初めての経験であり、チェックインを待つ間、初めて都会に来た田舎者のように辺りを見回していた。
鷺が無関心そうなのはいつものことだったが、意外にも、氷も大して興味はなさそうだった。
大輝と鷺は、白髪の女の部屋に泊めてもらうことになった。
一人が利用するにしては随分と大きかった。
丁寧に整えられたクイーンサイズのベッドが二つ、高級そうな絨毯、名前もよくわからない観葉植物などなど。
こんなところに無償で泊めてもらうとなると、さすがに気が引けた。
「悪いな……泊めてもらうことになっちゃって」
「気にしなくていいわ。私の気まぐれだもの」
彼女はそう言いながらアウターを床に投げ捨てると、あろうことか、男二人の前で水着を脱ぎ始めたのだった。
「おい待て、何してんだ!?」
「なにって……見ての通りよ。いつまでもこんな格好で居るのは恥ずかしいし」
「いや違うだろ! 俺たちの前で着替える方がよっぽど恥ずかしいはずだろ!?」
乙女心に疎いとはいえ、さすがの大輝も最低限の常識はある。
妹の星羅でさえ、着替えの際に鉢合わせたらものすごい剣幕で罵声を浴びせてくるのだ。
それが他人ともなれば、通常は、羞恥心と怒りが襲ってくるに違いなかった。
「そう……? 別になんとも思わないけど。貴方たちだって、私の貧相な身体を見ても得るものもないでしょう?」
まあ確かに、貧相ではある。紫苑といい勝負と言ったところだろう。
だが、だからいいという話でもない。
大輝の中の倫理観が、NOと言っている。
「確かにな」
「おい変なところで同意するな!」
鷺は彼女のボディラインを見つめ、静かに呟いた。
ここには真面な倫理観を持っている奴がいないのか。
というか、女性の裸体を見つめることは、騎士道には反しないのか? 白銀鷺よ。
彼女は水着をも脱ぎ捨てると、海水を滴らせながらてくてくと部屋の奥へ歩いて行った。
「先にシャワーに入らせてもらう。貴方たちの服、更衣室前のロッカーに入れたままだったみたい。もうじきホテルマンが届けに来るはずだから、受け取っておいて」
と言い残し、浴室へと消えて行った。
それから二分と経たないうちに、ドアベルの音が部屋に響いた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
19:32
「あがったわ」
「まず服を着ろ!」
浴室を出た司は、ありのままの姿で大輝の前に現れた。
何食わぬ顔で、タオルで髪を乾かしている。
「どうせまた水着を着ることになるし……非効率じゃない?」
「そういう問題じゃねーよ」
そう言われ、司はクローゼットから備え付けのバスローブを取り出し、それに身を包んだ。
大輝と鷺は相談して、先に大輝が身体を流すことになった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
20:10
大輝が戻ってきたころには、司の姿は部屋になかった。
つい先ほど買い物に出かけたらしい。
鷺が数分でシャワーを終え、暫くすると彼女がビニール袋を片手に戻ってきた。
彼女は鷺を見るや、
「貴方……白銀聖騎士団だったのね」
「ああ。白銀聖騎士団団員、白銀鷺だ」
そういえば、自己紹介をしていなかった。
「俺は奇石野大輝だ、よろしく。――――白銀聖騎士団って、そんなに有名なのか?」
水上都市でも、その名前を知っている者が多い様子だった。
「ええ。あそこまで大規模な騎士団を持っているのはナイトネアくらいだから。大抵の国の人は名前くらいは聞いたことがあるんじゃないかしら」
彼女は絨毯の上に腰を降ろし、一息つくと、
「私は『威樹 司』――――ディアリス司法権の最高裁判長をやらせてもらってる」
「「最高、裁判長……!?」」
大輝と鷺は、目を丸くした。
この世界で司法権というのが具体的にどのような立ち位置なのかは置いておくにしても、とんでもない大物であるのは間違いない。
にしても、こんな小柄な少女が――――――
「驚くような地位でもないわ。今の世界政府の下じゃ、私たち司法権は政府の犬と変わらないもの」
「世界政府について、詳しく教えてくれないか?」
魔族の殲滅を掲げる世界政府と、種族の共生を望むファイナルレベル。
いずれ対立することもあるかもしれない。
少しでも情報が得られれば、役に立つだろう。
司は少しの間、視線を宙に漂わせ、言葉を選ぶような素振りを見せた。
「そうね、知っての通り、今の長官になってからより一層、魔族への対処を意識した改革が行われていて……端的に言えば、今の政府は政府として機能していないと思っていいわ。世界の為を想って活動しているのは『交通部』、『健康増進委員会』、『経済産業部』、『学問庁』くらい。政府の体制が変わってから、『総務部』や『環境庁』、『警察局』は独裁体制が続いている」
「これ以上は、民間人に伝えることはできないわ」
「いや十分だ、ありがとう」
やはり、想像通りだ。
世界をまとめあげるべき存在がこうでは、対立が広がるのも納得がいく。
司は、ビニール袋をカサカサと漁り、中からおにぎりと菓子パンを三つ、ミネラルウォーターを三本取り出して机に並べた。
「ロビーのコンビニで買った。これくらいしかなかったけど、食べて」
「いくらだ?」
「払わなくていいわ」
鷺は慌てて財布を取り出す。
「そういうわけにもいかないだろ……」
だが、司はその手を制止し、
「これは全部私が食べようと思って買ったの。でも、食べきれないから貴方たちにあげるわ」
そう言われ、鷺は手を引っ込めた。
暴論ではあるが、何となく言いたいことは分かる。
彼女の立場的な問題もある、借りを作りたくないのだろう。
二人はありがたく頂戴することとした。
大輝はおにぎりの包装を剥がしつつ、司に声をかける。
「司法権は、どうしてここに?」
司は小さな口で塩むすびをかじり、それを飲み込むと、
「プレッシィリゾートの法律に関する裁判の件で、ここの領主と話をするため」
例の、水着の着用以外認めないという世紀末みたいな法律か。
通行人のためにも、変態どもの視姦を防ぐためにも、ぜひ改正していただきたいところだ。
「結局、何の成果も出なかったけれどね」
「嘘だろ……!? 何か正当な理由があったのか?」
司はおにぎりの残りを口に放り込み、咀嚼して頷く。
「全く。領主がこの法律を定めたのは、可愛い女の子たちの水着姿を拝むためだそうよ」
「清々しいくらいに不純な動機だな! どんな変態親父だ!」
「……?」
大輝の怒涛のコメントに、司は不思議そうな顔をした。
何か、おかしなことを言っただろうか。
可愛い子たちの水着姿を拝みたいなど、誰がどう聞いてもアブノーマルな――――
「……勘違いしているみたいだけど、ここの領主――――『マリン=プレッシィ』は女の人よ」
司の発言に、またも大輝と鷺は目を丸くし、顔を見合わせた。
ますます分からない。
いや、『大体そのようなことをするのは中年くらいの男性であろう』という固定観念にとらわれていた大輝たちが悪いのは悪いのだが、まさかそんな趣味を持つ女がいるとは思うまい。
ぬいぐるみや小動物を好む、いわゆる『可愛いもの好き』が最大限に捻じ曲がった結果なのだろうか。
恐ろしい時代である。
「ん……? プレッシィってどこかで聞いたような――――」
「アクリア=プレッシィ……」
鷺がぽつりとつぶやく。
そうだ、その名は――――
「ああ……水上都市の都知事ね。彼もここの領主と同じ、プレッシィ家の人間」
「彼も優秀だけど、マリンは更に優秀でね。荒廃した都市を、ビーチリゾートとして再興させ、活気を取り戻して見せた。だから、多少の我儘も許されている」
我儘というほど可愛げのあるものではないが、彼女の手腕があったからこそ、ここで商売を出来ている人間が居るのだとすれば、この頭のネジが外れているとしか思えない法律がまかり通っているのにも、少しは納得できる。
だがどうやら、鷺が気にかかったのは、その部分ではなく、
「荒廃したと言ったが……昔は、ここ一帯は普通の街だったのか?」
「ええ。ここは昔、魔術王国の一部だった。いや、正確に言えば――――プレッシィリゾートと魔術王国ジギーベースは、インペリオ魔導帝国という、一つの国だった」
内政やら、対立やらが原因で、国が分断するというのはよくある話だ。
司は潮風とおにぎりの塩分で乾いたのどにミネラルウォーターを流し込み、続ける。
「けれど……蛇神によって帝国の半分が滅ぼされ、人が寄り付かなくなった。それを復興させたのが、マリン=プレッシィ」
蛇神――――霜月が言っていた、影傑の一つ。
世界を脅かした厄災だというのも、信憑性が増す。
大輝が心の中で納得していると、今度はこちらに話題が降ってきた。
「そういう貴方たちこそ……どうしてここへ?」
「俺たちは魔術王国に行きたいんだ。ただ、その王国が入国を制限し始めたみたいで……政府の許可証がないと入れねぇから、こうして滞在せざるをえなくなったってわけ。後のことはさっき海辺で話した通りだ」
大輝の言葉を聞き、司は少し考え込むと、
「なら……私たちが同行してあげる。私が居れば、許可証が無くても入れるから」
「いいのか……!? こう、何から何まで……」
「問題ない。私の気まぐれでやることだから。それに、このまま政府に戻ってもまた面倒事を押し付けられそうだし……」
「ありがとう!」
大輝はすぐに誠に通信を繋ぎ、司が同行してくれること、入国制限の問題もどうにかなりそうなことを伝えた。
「他の皆にも伝えてくれるって」
「そう。そしたら、明日の早朝にはここを出ましょう」
司は食べ終えた残骸をゴミ箱に捨てながら言う。
「早朝というと、五時くらい?」
「そうね。なるべく人気が少ない方がいいわ。あんまり見られたくないもの――――」
確かに最高裁判長ともあろう者が、こんなリゾート地に居る姿を目撃されては、嫌な噂の一つや二つ、立つかもしれないが……。
司は微かに頬を赤らめ、言葉を紡いだ。
「――――水着姿」
やはり彼女は、常識と倫理の外にいる存在みたいだ。




