第27話:海の楽園
13:44
アクリアとの面会を終えた大輝たちが、買い出しに行っていたベリーローゼンたちと合流してから、一行が海岸のリゾート地帯―――『海の楽園_プレッシィリゾート』に辿りついたのは、午後になってのことだった。
足を踏み入れるや否や、警備員―――水着を着ていたので確証はないが、警備員や衛兵の役職だと思われる者たちに仮設式の更衣室へと連れていかれ、水着に着替えるよう命じられた。
想像以上の徹底ぶりだった。
その、例の如何わしい法律がある点を除けば、プレッシィリゾートそのものは『海の楽園』と呼ばれるのにも納得がいくような素晴らしいビーチリゾートであった。
海が綺麗なのは言わずもがな、砂浜にもゴミひとかけらすら見当たらず、白い砂が陽の光を反射して眩しいくらいだった。
整備が行き届いているのがよくわかる。
潮騒に混じり、人々の歓声や軽快な波音が聞こえる。
大輝たちのような通行目的の者も居るにはいたが、多くは休暇にサーフィンやバカンスを満喫しに来たような雰囲気だった。
「へぇ、思っていたより綺麗なのね」
着替えを真っ先に済ませたベリーローゼンが、目の前に広がる景色に目を見開く。
思っていたより、と、何故に上から目線なのかは気になるところだが。
ベリーローゼンが着ているのは、ビキニタイプの水着だった。
深緑色が彼女の髪色とよく合っていて、似合っている。
いつもは腰下まである長さの髪を、今は結っていた。
傍から見れば、間違いなく美人に映ることだろう。
その幻想が続くのは、彼女と言葉を交わすまでなのがなんとも悲しいところだ。
「そうだねー。ねぇ、少しくらい遊んで行ってもいい?」
しきりに海で遊びたがっている紫苑は、大輝たちと選んだフリルの水着を着ていた。
潮風にツインテールを揺らしながら、波打ち際に目を向けている。
彼女の水着を改めてみると、やはり、これを選んでよかったと思う。
薄い紫色の髪にも、貧相な胸にも大層お似合いだ。
「賛成! 海夏ちゃんも、どう?」
微笑みかける氷も、今日は髪を後ろで束ねている。
一方でその水着は――――初めて見るタイプだった。
氷の結晶のような洒落たデザインが施された、紺色の競泳水着のようなものだ。
肩紐が無い代わりに、白いフリルが付いている。
なんとも彼女らしい、洗練されたデザインだ。
しかしまあ、彼女は色白なことだ。
前々から思ってはいたが、露出が増えたことでより一層目立つ。
陽光なんて直に浴びたら、そのまま溶けて無くなってしまうのではないか。
「え、わ、私は……」
笑顔を浮かべる氷に呼びかけられた海夏もまた、彼女らしい装いだった。
白のラッシュガードで上半身をぴったりと包んでいる。
普段のパーカー姿と殆ど変わらないのは、少し新鮮さに欠ける。
恐らく中に水着を着ているのだろうが、先の反応からしても、それを目にする機会はなさそうである。
「おい、桧垣も言っていただろ。遊びに来たわけじゃないんだ。さっさと行こう」
女子たちの気の高まりを冷たくあしらう鷺も、海夏と似たような水色のラッシュガードを着ていた。
氷と比較するとそうでもないが、彼も色白な方だった。
意外に日焼けなどを気にする質なのかもしれない。
そうして皆の水着姿を一瞥した大輝が、鷺に同調しようと口を開いたとき――――
『それが……滞在せざるを得なくなったかもしれません』
誠から通信が入った。
途端に、紫苑と氷の顔がぱっと明るくなる。
「な……それは、どういうことだ?」
鷺は珍しく、少し焦ったかのように問う。
『実は、つい先ほど第一支部から連絡がありまして――――魔術王国が一時、入国制限を行うみたいなんです』
『なんでもここ数日、王国郊外で魔獣の発生が相次いでいるようでして……それを凶兆と判断し、国内に魔王の手先が侵入する可能性を危惧したが故、制限を実施すると。通行には世界政府の通行許可証が必要なんですが、発行までに良くて数週間、長いと一カ月以上かかるんですよ……』
おいおい、いくら何でも一カ月は長すぎるんじゃないか。
流石の彼女たちも、一カ月の間同じ海を楽しめるような気力は無いだろう……無いと願いたい。
「そこまでするくらいなら、もう第一支部と合流するのは諦めてもいいんじゃないか?」
『まあ僕も概ね同意見なんですが……、どうしても合流しろと霜月さんが言うので……』
大輝の提案も空しく、一行はプレッシィリゾートで待機することとなった。
宿の手配は誠がやってくれるらしいので、この際だから海を満喫しておくか。
……これがあと何日続くことになるかは分からないが。
「よっしゃあ! 海夏、行こっ!」
滞在すると決まるや、紫苑は海夏の手を引いて一目散に駆けて行った。
あんまり勢いよく行くものだから、途中で海夏が転んでしまった。
幸い砂浜なので、怪我はなさそうだが。
「お前も一緒に遊んでくれば?」
大輝は冗談交じりに鷺に言う。
「断じて断る。俺は……」
そう言いかけ、口ごもる鷺。
目が僅かに泳いでいる。これはもしや―――
「もしかして……泳げないのか?」
大輝に言われ、鷺はほんのわずかに顔を赤らめた。
視線を逸らしたあたり、どうやら図星のようだ。
「アンタにも苦手なことあったのね。少し安心したわ」
「ぐっ……!」
ベリーローゼンの言う通りである。
こんなに「何でもそつなくこなせますよ」みたいな顔をしていたヤツに、まさか苦手なことがあったとは。
いや、誰しも得意、不得意はあるのは当然なのだが、どうしても以外さが上回る。
「あ、じゃあ……私が教えてあげよっか?」
氷は鷺に顔を合わせると、やわらかく微笑んで見せた。
「じゃあ……お願いしよう」
口数が少なく、常に冷静で、プライドが高く、他人に教えを乞うようなことはしない――――それが大輝の鷺に対する勝手な解釈だったが、鷺は想像以上に素直で、不器用な奴だと、ここ数日で感じ取れた。
「じゃあ行こっ!」
氷に手を引かれ、鷺は紫苑たちが向かったのとは別の方向へと駆け出した。
その背中を見送り、残ったのは大輝とベリーローゼンだけとなった。
「アンタは遊ばなくていいの?」
「いや、むしろこっちの台詞なんだが……てっきりお前が一番はしゃぐものだと思ってたぜ」
「そんな訳ないでしょ。子供じゃないんだから」
そうはいっても、彼女の見た目は氷や海夏たちとさほど変わらない。
幼い子供ではないにしろ、世間一般でいうところの子供に分類されるギリギリのラインだろう。
「お前……今何歳だ?」
「女の子に年を聞くのは感心しないわね……三百いかないくらいよ」
「その前置きで答えてくれることあるんだな……ってかババアじゃねぇか!!」
「はぁー!?」
三百歳手前など、ババアも超えたババアである。
いやまあ、彼女がハーフエルフだということを加味すれば、エルフの中では若い方なのかもしれないが。
大輝の中での彼女の評価が、イヤイヤ期のお子様からババアとお子様のハイブリッドに進化した瞬間である。
「だ、れ、が、ババアよ! 確かに年齢はアレだけど……でもババアはないでしょ!! エルフではこれが普通なの!」
「まあ落ち着けよ……」
大輝が怒り狂う彼女を宥めていると、ボールを抱えた紫苑がペタペタと砂浜を歩いて戻ってきた。
後ろには海夏の姿も見える。
「おやおや、そこのお姉さん可愛いね! よかったらウチらと遊ばな―い?」
「ナンパか!」
ツッコむ大輝の傍ら、ベリーローゼンは先ほどまでの憤怒が嘘のように紫苑の口車に乗せられ、「まあ、仕方ないわね……そこまで言うなら付き合ってやってもいいわ!」と、嬉しそうに息巻いていた。
チョロいな、コイツ。
「お兄さんはー……まあ、普通だね。別にいいや」
「お前マジでぶっ飛ばすぞ!?」
「たははっ、冗談だってー。ほら行くぞっ」
振り返って走り出す紫苑たちの後を、大輝も慌てて追いかける。
潮風が頬を撫で、砂を踏む足音が心地よく響く。
大輝たちの、短い夏が始まった。




