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Re*word ~奇石野大輝の英雄譚~  作者: 黒身魚
第ニ章「英雄欺人」
28/34

第26.5話:水面煌めく水上都市


10:07


「見たまえ、この麗しき姿を!」


「う、うわー。なんて神々しいんだー」



 水上都市を大魔教会の魔の手から救った一行は、物資の調達のため市街地に来ていた。

 大輝と鷺、紫苑は水着を、他の皆は食糧を調達することになり、現在、大輝は紫苑の水着選びに付き合っている真っ最中だった。


 カーテンの向こうから聞こえる衣擦れの音と、時折漏れる彼女の独り言を耳に、大輝は平坦な相槌を返すことしかできずにいた。


 

「棒読みなんですけどー。そんな反応されたら冷めるだろぉ……」

 

「いやいや、別に見てもらう必要もないだろ……。自分が良いと思ったの買えばいいんじゃ……」


「んなことは承知の上ですぅー。私は客観的な意見を求めてんの! もうちょっとマシな反応を寄越しなさい!」


 

 そうは言われても、年頃の女の子の心のうちなど、大輝にとっては未開の地である。

 いや、開拓する予定も特段ないのだが。

 実の妹である星羅に関してですら、そういった面では疎く、配慮が足りないなどと言われていたことが脳裏をよぎる。


 故に、とりあえず褒めておけばいいか、と浅はかな考えに至ったわけだが、それはそれで感情の無さが目に見えていたようで――――紫苑の表情はみるみる不満げに歪んでいった。

 

 待ち構える次のお披露目に備え、大輝が気の利いたコメントを捻り出そうと眉間に皺を寄せていると、既に自分の会計を済ませた鷺がこちらに戻ってきているのに気が付いた。



「ナイスタイミングだぜ。俺も会計したいから、俺の代わりにコイツのファッションショーに付き合ってやってくれ」


「構わないが……何をすればいいんだ?」


「感想伝えるだけでいいから!」


「あっ、ちょ、おい! 逃げるなー!!」



  即座に彼へ面倒事を押し付けた大輝は、更衣室から聞こえる紫苑の叫び声を背に、逃げるように駆け足でカウンターへと向かった。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * 


10:23

 

 購入したのは黒のサーフパンツ一着だけだったため、会計自体はすぐに終わった。

 とはいっても待ち時間などを加味して十分ぐらいは経っていたため、流石に彼女の水着ドラフト会議も終わっていると思っていたのだが――――事態は、想定の斜め上を行く形で悪化していた。



「どうだい、シフォンちゃん。お気に召す水着は見つかったか?」


「だからその名前やめろって……。ていうか、それよりも! このノンデリ野郎、マジでありえないんだけど!」



 大輝に何を期待したのか、紫苑はものすごい勢いで詰め寄ってきた。

 らしくもなく目を若干潤ませ、頬はほんのり赤らんでいる。

 彼女が身に着けていたのは黒い――――正式な名前を知っている者など居なそうな、だが誰もが水着のカテゴリーの中に認識しているような――――V字の水着だった。


 さっき試着していた紫色のオフショルダータイプのものに比べると、随分とあれだ。

 もし大輝が紫苑の父親で、彼女がこの水着を着て海に行くといったら絶対に引き留めるであろう出で立ちだった。

 別にそれは、露出が激しいとかいうわけではなく。

 言葉を選ばずに言えば、似合っていないというのが本音だった。


 さらに言ってしまえば、紫苑は大胸筋があまり発達していないのである。

 その小柄な容姿も相まって、この見た目にこの水着は明らかにミスマッチだった。

 傍から見れば、親の悪趣味で着させられている風にしか思えないだろう。

 最悪、別の法に引っ掛かりかねない。

 

 そして恐らく、言葉を選ばずにその旨を伝えたのであろうノンデリ野郎――――鷺は、ちっとも悪びれた様子はなかった。

 いつも通り無表情を貫き、紫苑を見つめている。



「何か気に障ることでもしたか?」


「しただろ! てか私とマトモに話すの初めてだよね……!? 何でいきなりあんなこと言えんの!?」


「いや、感想を伝えるようにと奇石野に言われたからな……」


「だとしたら配慮が無さすぎるって……!」



 深いため息をつきながら、紫苑は鷺を睨みつける。

 その視線を真正面から受けてもなお、鷺の表情は変わらぬままだ。

 なんだか、シロコを見ているみたいだ。



「ち、ちなみに鷺はなんて伝えたんだ……?」



 恐る恐る大輝が尋ねる。

 ここまで言われるほどのコメントなどそうそうないだろうに、彼は一体何をしでかしたのだ。



「ああ――――――『そういうタイプの水着はスタイルのいい女性が着るためにあるんだ。宵待のような胸部と思わしき部分があるかも怪しい子供体系が着たところで馬鹿にされるのがオチだろうな。うかつに手を出さない方がいい』」


「復唱するなぁ……!」



 紫苑は二度にわたる言葉の暴力に耐えかね、胸元を両手で覆いながら更衣室の奥へと姿を隠してしまった。

 カーテンの隙間から、くぐもった呻き声が漏れ始める。


 薄々気づいてはいたが、この白銀鷺という男は、大輝以上に乙女心が―――いや、他人の気持ちというものが分かっていないようだ。

 ここはひとつ、大輝が教えてやらなければ。



「鷺……この世には言ってもいいことと、いけないことがあるんだ」


「感想というのは……思ったことを言っていいのではないか?」


「せめて相手がどう捉えるかの配慮はしてくれ」


「十分言葉を選んだつもりなのだが……」


 

 なるほど、こいつは重症である。

 十分に言葉を選んだ結果、出力された文章があれなのであれば、どうしようもない。

 白銀騎士団は、彼にどのような騎士道を指導したのか気になるところだ。


 鷺に配慮ある発言とは何たるかを大輝なりに説いていると、紫苑がカーテンを開けて出てきた。

 もう普段の、魔法使いらしい服装に戻っている。

 


「……もういいのか?」


「うん、萎えた」



 紫苑は明らかに肩を落とし、目に見えて落ち込んだ様子だった。

 やはり淡々と事実を告げられたのが堪えたのだろう。

 しかも大輝のせいで二度もその苦痛を味わったのだから、彼女には少し申し訳ないことをした。



「大輝はさっきの水着……どうだった?」



 普段より数段低いトーンで発せられたそれは、慰めを期待しているのか。

 はたまた、客観的な意見を期待しているのか。

 前者であろうことは大輝にも容易に感じ取れたが、それであの水着を選んでしまっては、プレッシィリゾートに到着した暁には大恥をかかせてしまうことになるだろう。


 鷺の率直な発言は問題だったが、その内容自体は正直言って、大輝が初見で抱いた感想とおおよそ一致していた。

 そのため大輝も、ほんのりとその胸の内をほのめかすように返答した。



「うーん……オブラートに包んで言うと、紫苑には大人っぽ過ぎたと思うぜ」


「……平坦だったしな」


「余計なことを言うなお前ぇ!」

 

 

 どうしてこう、この男は空気が読めないのだろうか。

 普段は澄ました顔して口数も少ないではないか。それとも、故意なのか。

 だとしたらそれもまた、空気が読めているとは言えない。 

 大輝が色々と鷺にツッコみを入れているよそで、

 


「こ、これから成長する……よね?」



 紫苑は消え入りそうな声で呟き、視線を自分の胸元へと落とすのだった。



 * * * * * * * * * * * * * * * * * * 


10:40

 

 結局、紫苑は大輝が『神々しい』などと一ミリたりとも思っていない感想を渡した、紫色の水着を選んだ。

 あれなら何かトラブルに発展する心配もないだろう。少し安心した。


 大輝に促され紫苑に非礼を詫びた鷺だったが、紫苑は『いや、気にしないで……事実だもん。私は一生このままなんだよ……この胸と一緒で成長しない平坦な人生だ……』などと、紫苑の皮を被った別人なのではないかと疑いたくなるほどに、露骨にテンションが下がっていた。


 他に買い忘れがないかと三人で商店街を歩いていると、スーツを着た男が二人、待ち構えていたかのようにこちらへと近づいてきた。

 


「あなた……『白銀 鷺』さんですね?」


「そうだが……お前たちは?」



 自身のことを認知していたことを怪しいと踏んだのか、鷺の目付きが鋭いものに変わった。

 それを感じ取った二人の男は、慌てて弁明を始めた。

 


「都市庁舎の者です。今回、都知事であるアクリア様より白銀さんと、シフォンさんをお呼びするように命を受けまして……」


「白銀聖騎士団の隊服を着た者の目撃情報があったので、ここで貴方が現れるのを待っていたというわけです。もしやそちらの魔法使いの方が、シフォンさんですか……?」


「シフォン……? シフォンではな――――」


「あっ、そう! わ、私がシフォン……です」


 

 鷺が言いかけたところで、紫苑が慌てて割り込んだ。

 彼女は偽名を使ったことを好ましく思っていないような素振りを見せていたが故、自分からその名を口にしたことは予想外だった。

 別に事は片付いたわけだし、シフォンというのは偽名だとネタ晴らししてもいいはずなのだが。



「やはりそうでしたか。我々と共に都庁へ来てもらえますか?」


「待ってくれ。俺は別に、行くとは言ってないが――――」


「あ、じゃあ……俺も連れて行ってくれねぇか?」



 同じく、鷺にかぶさるようにして発言したのは大輝だった。



「失礼ですが……貴方は?」


「あー……、時計塔から放送しただろ?」


「……ということは、貴方が衛兵たちを気絶させたと」



 そういえば、そんなこともしていた。

 必要だったとはいえ、都市を守る存在に危害を加えたという点だけみれば、まぎれもなく有罪である。

 何か処罰されるかもしれない――――背筋に僅かな緊張が走る。

 


「それは……すまん」


「まあいいでしょう。傷を負っていたわけでもないですし、結果としてより大きな脅威を防ぐことが出来ましたから。貴方もついてきてください」



 外傷がなかったということは、茂みで目覚めた衛兵たちが、ボロスや他の教徒と接触することは無かったのだろう。

 無事で何よりだ。



「手刀で気絶させたのはシオンだって言えばよかったのに」


「魔法使いにネガキャンしたくねーからな」



 魔法で眠らせるでもなく、手刀で気絶させるのが魔法使いでたまるか。

 大輝の中にある、いや、皆の中にある、魔法使いのイメージが崩壊しかねない。

 紫苑はその言葉の意味がいまいち分かっていないようで、



「なんそれ……シオンへの悪口?」


  

 ジト目で大輝を見上げていた。



* * * * * * * * * * * * * * * * * * 


11:11


 職員たちに先導され、都庁へと足を向けた三人は、知事室へと案内された。

 以前と違い、庁舎の中はスーツ姿の職員で溢れ、慌ただしい空気が満ちていた。


 部屋で待っていたのは、水色の髪をした一人の男だった。

 


「君たちが……。私はこの水上都市の都知事――――『アクリア=プレッシィ』だ」



 アクリアはそう言って、手を差し出す。

 三人と握手を交わしたアクリアは、



「大魔教会から都市を守ってくれて、ありがとう。どうしても直接伝えたくてな」


 

 ナイトネア国王のキルギスや、黎明都市のバルッセと比べれば慎ましさに欠けるものの、感謝を伝えるためにわざわざ呼び寄せるとは、この男もまた仁義に厚い人物なのだろう。

 


「おかげで政府の手を借りずに済んだ。――――最悪のケースも免れた」


「最悪のケース?」



 アクリアが独り言のように小さく漏らした言葉に、鷺は反応を示した。

 最悪のケースというのは、恐らく――――



「……世界政府のトリガーのことか?」


「……よく知っていたな」



 アクリアは大輝の知識の披露に目を見開く。

 誠や霜月から事前に伝えられていなかったことからも察するに、やはりこれは、都市内部の者以外は知りえない情報なのだろう。

 いや、その全貌を知っているのは彼――――都知事だけというのが正解か。

 


「噂に聞いたことがあってな。何で政府に、そんなものがあるんだ? 本来は都市にあるべきだろ」


「ここ―――『ドレイン=ウォルス』は、人が生活することを想定して作られたわけじゃない。昔、世界を脅かした『蛇神』とその末裔を捕獲し、殺すために作られた施設なんだ。その役割を終え、都市として転用されたんだよ」



 つまり、ここは世界政府の指揮下でつくられた人工都市というわけだ。

 だからトリガーは当時のまま、世界政府に発動権限がある。

 だがそれは、都市が外部の襲撃を受けるたびに、政府による脅威にもさらされるということだ。

 

 アクリアの背負っている責任は、随分と重いことだろう。

 


「ありがとう」



 唐突に己に告げられた感謝に、アクリアは困惑する。

 質問に答えたことに対する感謝にしては、異質な声音で放たれたその言葉は、白銀聖騎士団の隊服を着た男でもなく、魔法使いの少女でもなく、その間に立つ、紫紺の瞳の少年から発せられたものだった。

 彼はアクリアの心を読み取ったかのように、静かに言葉を継ぎ足した。



「ありがとう、俺たちを信じてくれて」


「何を言っている――――」


 

 突如、時計塔から鳴り響いた放送。

 それを信用したことは、都知事としては適切な判断ではなかったと理解している。

 もちろん、疑いの心が無かったわけではない。

 都市の転覆を狙う悪党の仕業であったり、それこそ魔族による演技の可能性もあった。


 そのような可能性を全て排除して、何故アクリアはあの時、衛兵を送るでもなく、政府に援軍を要請するでもなく、彼らに任せるに至ったのか。


 『けど、心配しないでほしい―――――皆、安心していつも通り過ごしてくれ!』


 ただ、その一言が理由だった。

 


「――――信じさせてくれたのは、君の方だ。ありがとう」





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