第25話:ウロボロスの械
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「――――代償とする記憶を選別してください」
「……前回同様で頼む」
あの後、声にならない呻きが家を残し、大輝はあっけなく刺され、鷺の横に倒れた。
失血死したのか、またもや溺死したのかは定かではないが、ここにいるということは、いずれにせよ大輝は死んだということだ。
シロコはいつものように詠唱を進め、大輝を光が包み込んでいく。
――――次は、失敗しない。
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10:12
水上都市の街並みをバックに、一堂に会する第六支部。
こう何度も見ていると、初めは美しく感じたこの景観も、ただの背景としか映らなくなっていた。
「じゃあ、私たちは水着を――――」
「ちょっと待ってくれ!」
毎度のことながら、連れ立ってその場を後にしようとする女子たちを引き留め、大輝は情報を共有することにした。
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12:32
大輝はその場の全員に、大魔教会の襲撃があることと、都市水没の危機とを伝えた。
ベリーローゼンと紫苑には教会付近で待機してもらい、氷と海夏には市街地の警戒を任せることにした。
彼女らに求めたのは大魔教会と正面から渡り合うことではなく、市民を一人でも多く、安全に教会へと導くことだった。
都市が冠水するまでに無敵の権能を破り、ボロスとウロスを仕留めることはほぼ不可能だろう。
であれば、選択肢は一つ―――市民を漏れなく避難させ、水が引いてから、制圧に動く。
今回、大輝は守りへと舵を切り、人々の生存を何よりも優先する策をとった。
大輝と鷺は、時計塔からの放送があるまで都市庁舎付近で待機することにした。
避難勧告が出れば、庁舎の職員たちも避難せざるを得なくなる。
その隙に仲へ乗り込み、都市長と話をするという魂胆だ。
「……浮かない顔だな。何かほかに気にかかることでもあるのか?」
鷺の声には本当に腹の内を探ろうなとといった色はなかった。
ただ純粋に、大輝を案じているようだ。
「……いや」
短く答え、大輝は視線を運河の向こうへと逃がす。
やはり、自分の呪恩について伝えるのはやめておこう。
そもそも、伝えようとした動機自体、褒められたものではなかった。
大輝の中では、既に自身の命の価値など目減りしているような感覚があったが、正直そこまで深刻には捉えていなかった。
しかし、『自分の命を軽く考えるな』といったあの言葉は、一般的な感覚に照らせばごく自然な発想である。
多くの者は、必死に今を生きようとしているのだから。
この都市の人だってそうだろう。
もしも己の力を明かすことで、『奇石野大輝が何度も命を犠牲にしてくれたおかげで、今自分は生きている』などと思わせてしまえば、二度と対等な関係ではいられなくなるだろう。
大輝自身に、そんなつもりは欠片もなかったとしても、だ。
時計塔からノイズ交じりの、神経を逆撫でするような声が響き渡るまで、二人の耳には、流れ行く水の音だけが静かに満ちていた。
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14:45
時計塔からの放送後、都市は瞬く間に喧騒に包まれた。
誠からの通信によれば、大聖堂の前に『ウロス=サーペンタイン』を名乗る緑髪の男が現れ、紫苑たちが交戦状態に入ったという。
以前、鷺と対峙した『ウロス』と同一人物のようだ。
案の定、無敵の権能が発動しているようで、持久戦になりそうだ。
隙を見て非難するよう伝えてはあるが、無事に離脱できるだろうか。
『大魔教会に告ぐ! これ以上占拠を続けるつもりならば、お前たち諸共、都市を水没させる! 命が惜しければ直ちに退却しろ!』
間もなくして、都市庁舎から大魔教会への警告が響き渡った。
それに続くように、大輝たちの前を、都市庁舎の職員と思しき者たちが何人も駆け抜けていく。
方角からして、教会に向かったに違いない。
「そろそろ行くか」
大輝は鷺を連れ、人波に逆らうようにして都市庁舎へと足を踏み入れた。
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14:52
庁舎の中に人の気配はなかった。
がらんとした廊下に、二人の足音だけが硬質に反響する。
職員は全員、避難を終えたと見てよさそうだ。
二人は案内掲示に従ってエレベータに乗り込み、知事室の扉を叩いた。
扉の先に居たのは、水色の髪をした一人の男だった。
恐らく、都知事だろう。
突如現れた二人に、彼は驚きを隠しきれない様子だった。
「お前たちは……!?」
警戒を滲ませる都知事に、大輝は落ち着くように手で促すと、
「別に怪しい者じゃねぇ……さっきの放送について、詳しく聞かせて貰おうか」
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15:04
「……つまり、都市を水没させるって決断をしたのは、世界政府ってわけか」
「ああ……奴らは民間人の犠牲など、なんとも思っていない――――魔族さえ殺せれば、それでいいのだ。まあ、君たちの話が本当だとすれば、それでも死なないらしいが……」
都知事の声には、隠しきれない苦味が滲んでいた。
聞けば、彼は援軍を要請したものの、それを一蹴された挙句、都市を水没させるトリガーを起動させられてしまったのだという。
最後の切り札を、初っ端から切る奴があるか。
魔族の殲滅を掲げているくらいだから、ある程度の予想はしていたが――――世界政府というのは随分と腐った連中のようだ。
だが、これで都知事が大魔教会の手先である可能性は潰えた。
彼もまた、政府の所業には思うところがあるのだろう。政府とのやり取りを語る間、彼はずっと、悔しさを押し殺すような険しい顔つきをしていた。
自分が治める都市の市民の命に関わる事態だ、無理もない。
「トリガーの発動まではあと何分だ?」
「六分程だ。全員が避難し切れるかどうか……」
「俺たちの仲間が誘導してくれてるはずだ。教会前に居る教徒も、市民に構っている余裕はないと思う。それでも、俺たちが全員の避難を約束することはできない。他に水害を回避できる場所はないのか?」
「地下水路があるが……素手でマンホールの蓋や側溝を開けるのは不可能だろうな。トリガーが作動した段階で、地下に水が流入しないようにロックがかかる仕組みなんだ」
都知事の言葉を聞き、大輝は隣に立つ鷺へと目配せした。
ここまでの一切を大輝に委ねていた彼は、知事室に足を踏み入れてから初めて口を開いた。
「任せておけ」
鷺は大輝の意図を汲み取ったように答える。
「じゃあ、あんたも早く避難しな。後は俺たちが何とかする」
「あ、ああ……だが君たちは、大丈夫なのか?」
「ああ。むしろやっとここまで来たって感じだ。ようやくあの水の絡繰りが分かったんでね」
大輝の答えは、およそ返答として適してたものとは言えず、都知事も困惑していた。
そんな彼を置いて、大輝は鷺と共に時計塔へと向かった。
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15:08
「まだ居そうか?」
「ああ。強い魔力を感じる」
大輝には何も感じ取れなかった。
鷺を疑うわけではないが、正直、信じがたい。
蛇神の封印を探す奴らにとって、いつまでも時計塔に居座る理由など無いはずだ。
「ボロス=サーペンタイン……」
大輝がその名を口にした瞬間―――どこからともなく奴は姿を現した。
「やっぱり、来てくれると思ったよ……仄かに香っていた『皇血』の匂い……お前だったんだなぁ」
ボロスは大輝の顔を舐め回すように見つめ、二枚に裂けた舌を覗かせた。
皇血――また何か、こちらを知った風な口を聞いてくるが、大輝が動じることはなかった。
口を閉ざしたまま、奴が尋ねてくるのを待っていた。
「お前は――――蛇神の封印がどこにあるか知ってるかい?」
「……ああ、知ってるぜ。ついて来いよ」
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15:10
ボロスを連れ、一行は裏路地の奥へと入り込んだ。
そして、マンホールの手前で歩みを止めると、鷺が剣先で円形鉄蓋を抉り、取り外す。
「封印は、地下にある」
そう告げて大輝は錆びついた梯子を下り、ボロスが後に続く。
最後に鷺がマンホールの入り口に蓋を戻して、地下水路の奥へと進もうとしたのだが―――ボロスはその場に立ち尽くしたまま、動こうとしなかった。
「……どうした?」
ボロスは答えることなく、棒立ちになったままだ。
その足元からはいつの間にか、青い光を放っていた魔法陣が消えていた。
一分と経たずして、ボロスは短く『何でもないさ』とだけ答え、再び足を動かし始めた。
一行は無言のまま、地下水路の奥へと歩き出した。
道中、大輝のもとに二通の通信が入った。
一つはベリーローゼンから。
『聞こえる? もう都市に水が流れ込み始めたわ。それと、教会に居た教徒が、ついさっき時計塔の方に向かった。誰かに話しかけてるみたいだったけど……とにかく、そういうことだから。アンタ達も早く来なさい』
大輝たちの作戦は誠にも共有していたので、てっきり全員に伝わっているものと思い込んでいたが、そうではなかったらしい。
彼女なりに気を揉んで、わざわざ連絡してきてくれたのだろう。
そしてその直後、誠からも通信が届いた。
『先ほどベリーから聞いたと思いますが、重要な情報が抜けてたので……そのまま聞いてください。大輝さんが言っていた、いわゆる無敵の権能なんですが――――教会を去る直前、紫苑さんが撃った魔法がウロスに通用したんです。その瞬間、奴の足元の魔法陣が消えてました。もしかすると無敵の正体は権能ではなく、魔陣開口によるものなのかもしれません。……後は二人、頼みますよ』
魔陣開口―――体内に蓄えたマナを使う魔法に対し、外界のマナを言雫魔と適応させることで術式を発動させる業。
魔力が十分にない者でも、言雫魔さえ保有していれば鍛錬で習得可能なのだという。
かつてミシアルでベリーローゼンに出された課題でもあった。
誠の推察は一理ある。
ウロスと同様に無敵の力を有するボロスの足元にも魔法陣があるからだ。
だが、もしそれが正しいのだとすれば……ウロスに攻撃が通った理由があるはずだ。
通信が届いたタイミングから逆算すれば、ウロスが教会を去ったのはおよそ、ボロスがマンホールを降りるのに躊躇していた時と重なる。
「おい。一体どこまで行くんだ?」
なかなか封印の在処に辿りつかず、痺れを切らしたか。
ここで勝負するしかなさそうだ。
「――――やれ! 鷺!」
大輝の号令と同時、鷺は音もなく踏み込み、ボロスの首筋めがけて剣を振り下ろす。
だがやはり、まるで鉄の塊にで叩きつけたかのような硬質な音が鳴り、切っ先は皮膚表面で止められてしまった。
それとほぼ同時、大輝はボロスとの距離を一気に詰め、伸ばした手で奴の左足に触れる。
「なるほどなぁ……お前たち、俺たちを騙したってことだ!!!」
ボロスは声を荒げると懐から短剣を取り出し、臨戦態勢に入った。
瞳孔が縦に細め、奴は二人に向かって短剣を投擲する。
一本が大輝の足をかすめ、皮膚を薄く裂く。
剣でもう一本を弾き返しながら、鷺は再度、ボロスに渾身の一撃を叩き込もうとする。
もし大輝の『運命の掌握者』が機能していれば――――つまり、ボロスの無敵の正体が権能によるものなのだとすれば、鷺の一撃は確実に通るはずだ。
――だが、結果は何一つ変わらなかった。
やはり、誠の読みが正しかったということか。
だとすれば、魔法陣が解除される条件を見つけ出だなければ、勝機はない。
ボロスとウロス、二人の行動に、何か手がかりはないか――――大輝が思考を巡らせていると、剣打ち合っていた鷺の肩を、別角度から飛来した短剣が突き刺した。
「ぐっ……!」
「ほう。まさか地下だとは」
現れたのは、ウロス=サーペンタインだった。
どうやってこの場所が――――いや、それよりもだ。
何故、奴は教会を離れてまで地下水路までやってきたんだ?
確かウロスの魔法陣が消えたタイミングは、ボロスがマンホールへ入ったタイミングと一致する。
そういえば、ボロスが立ち止まっていた時、足元に魔法陣は描かれていなかった。
――――推測が、確信に変わった。
「はっ、お前ら兄弟揃って仲良しなことだなぁ! ―――今まで随分と離れてたくせによ」
「……なんだと?」
ウロスの視線が、刃のように大輝を射抜く。
僅かに揺れる瞳孔には、微かな焦りが見えた。
「まるで、距離が離れることを気にしていたみたいじゃねぇか?」
「お前たちの無敵の力は、その二つの魔法陣によるものだ。そして、発動条件は――――『互いが同じ空間に居ること』ってところか。だからお前は、マンホールの蓋が閉じた時、進むのを躊躇ったんだろ?」
ウロスは表情を崩さぬまま大輝を睨み続けていたが、 ボロスの顔を見れば、答え合わせなどする必要もなかった。
つまり、マンホールの蓋を閉じたことで、ウロスは水上都市側に、ボロスは地下水路側にと、それぞれ別の空間に隔離されてしまった。
それにより無敵が解除され続けるのを危惧し、ウロスは急いでこちらへ向かって来たというわけだ。
「けどさぁ……ここじゃ俺たちの魔法陣は発動したままだ。お前たちはどうやって俺たち兄弟に勝つつもりなんだい?」
「魔陣開口だってマナを使うんだ……地下のマナが無くなるまで、持久戦といこうじゃねぇか」
そうして大輝が魔法陣を展開しようとした、その時だった。
ウロスの背後――暗闇の奥から、轟音を伴って凄まじい水の壁が押し寄せてきた。
反応する間もなく、あっという間に足元を攫われ、大輝たちの体は濁流に呑まれるようにして流されていく。
「なっ……!? くそ、お前ちゃんと蓋閉めなかったな!?」
ウロスが侵入してきた際に生じた隙間からか、それとも都市側の激流で蓋そのものが流されたのか。
流水はすぐに進路を失い、滝のように重力に従って落ちていく。
水を海へと送り出すためのチャネル的な役割があるのだろう、円筒の暗い竪穴の中を、大輝は真っ逆さまに落ちていき――――頭頂部から着地した。
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「……頭、大丈夫ですか?」
「それはどういう意味だよ」
「言葉通りの意味ですが」
シロコによると、死因は転落による頭部への外傷らしい。
世の中には絶叫系アトラクションとやらがあるそうだが、恐らくそのどれよりも心臓に悪い体験だった。
落下する感覚、意識が途切れる寸前の衝撃―――あんなものは、もう二度と味わいたくはない
「――――代償とする記憶を選別してください」
「……さっきのループの記憶だ」
「一応、ですが――――一番初め、水上都市で代償に捧げた記憶は、あと六時間足らずで消失します。それに伴い、それ以後のループで保持していた、その記憶に基づく情報もまた、同タイミングで消失しますのでご注意を」
キャッシュ機能を利用した代償の緩和にも欠点があるということか。
最初に代償に捧げた記憶に関する情報は二十四時間で完全に消え去る。
それ以降のループで代償にした記憶の中でも同じ情報を有していたとしても、その情報は最初のキャッシュと同時に消失してしまうというわけだ。
今回のケースでいえば、『ボロスとウロスが無敵の権能を有していること』や『水上都市が水没すること』、この二つの情報はあと六時間程で完全に消失してしまい、それに伴ってそこから推論され、得られた一切の情報も消えるということだ。
つまり―――次が最後のターンということになる。
もしまた死んでしまえば、ボロスとウロスの無敵の攻略方法、水上都市水没のトリガーといったあらゆる情報が消え、また一からやり直すことになる。
そしてその全てを失った大輝は、当然同じ選択を繰り返していき―――永久機関の完成である。
大輝が見つけた、キャッシュを利用して記憶という代償を実質的に無効化する方法は、永遠にその時間軸に囚われかねないという危険性があったのだ。
今後はそれを念頭に置いて立ち回る必要が出てきた。
「たまには優しいところもあるじゃねぇか」
「ルールの説明は必要ですから」
そう言って、シロコは静かに詠唱を始める。
大丈夫だ、攻略に必要なピースは全て揃った。
「覚悟しろよ……サーペンタイン」




