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Re*word ~奇石野大輝の英雄譚~  作者: 黒身魚
第ニ章「英雄欺人」
25/34

第24話:藪をつついて……


 

「ぷはっ……!?」



 大輝の肺に入り込んできた空気は、冷たく、そして、現実のものではなかった。

 乱れる呼吸を落ち着かせながら、周囲に視線をやる。

 薄紫色に澄んだ大気と、明滅を繰り返す半透明の地表――――虚空だ。


 大輝の眼前には、相変わらず感情の削ぎ落とされた表情で立つ白装束の女――シロコが居た。



「――――代償とする記憶を選別してください」


「……水上都市を訪れてから、死ぬまでの記憶全部だ。初めからやり直させてもらう」



 シロコはいつも通り詠唱を始めた。

 彼女を邪魔したら悪いとも思ったが、大輝はどうしても聞いておきたいことがあった。



「そういえば……俺の言雫魔(エイドス)って、一体、何なんだ? 名前があるんだろ?『観察(オブザーバー)』みたいに」



 別に、知ったからといって何かが変わるわけでもない。

 単なる興味本位の質問だった。

 シロコは質問に答える素振りを見せることなく、淡々と詠唱を続けた。

 無視される展開も想定内だったため、大輝がそれに苛立ったたり、抗議の声を上げることもなかったのだが――――。


 大輝を侵食する光の粒子が、その視界まで覆い尽くそうとしたとき、シロコの唇が、微かに揺れた。



「――――『英雄(メシア)』」




* * * * * * * * * * * * * * * * * * 


10:12


 英雄――――それは、イヴの二つ名であった。

 大輝がその継承者であるからには、言雫魔が『英雄』であるのもまあ、納得できる。

 だが、己が英雄を継ぐ者だと再度宣告されたような気がしてどうも、自身に課せられた命題の重みが幾分増した感覚だった。



「……英雄、か」


「えいゆう?」



 大輝の独り言に、氷が首をかしげた。

 気づけば大輝は、水上都市へ降り立つガラス張りのエレベータの前に立っていた。



「あ、いや……何でもない」


「そう? じゃあ、私たちは水着を――――」


「ち、ちょっと待ってくれ!」



 仲良く歩き出そうとする女子たちを、大輝は切迫した声で引き留めると、



「これから先、起こることに……まずは対処しなくちゃならねぇ」



* * * * * * * * * * * * * * * * * * 


10:20


 大輝はその場の全員に、前の世界で発生した出来事――――大魔教会の襲撃と、都市が水没したことを中心に、覚えている限りの情報を伝達した。

 話し合いの結果、紫苑とベリーローゼンには教会近辺で待機してもらい、海夏と氷には市街地の警戒にあたってもらうことになった。

 鷺と対峙した緑髪の男や、都市に潜伏する教徒たちを叩くためだ。



「俺たちは―――先に蛇退治に行くぞ」



* * * * * * * * * * * * * * * * * * 


12:26

 

 大輝は鷺を連れ、以前ボロス=サーペンタインと遭遇した賑やかな商店街に足を踏み入れた。

雑踏の先、少し俯いた様子でこちらに向かってくる青い長髪の男の姿が見えた。

 ボロスだった。


 大輝は平静を装いながら、ゆっくりとその男に近づいていく。

 すれ違いざまに、奴に触れる算段だった。

 前回の戦いで、時計塔に居たボロスも、教会前の男も、一切の攻撃を受け付けていない様子だった。

 無敵に近い効果を齎す権能の影響だと思われる。

 それを大輝の『運命の掌握者(フェイト=セイザー)』で封じてしまえば、鷺の剣技だけでも十分に戦えるはずだった。

 

 ボロスが大輝の左脇を通る瞬間、大輝は目立たぬよう、密かに左の掌を男の腕へ向けて差し伸ばした。

 だが――肉体の感触が訪れることはなかった。



「ぐああぁぁぁっ!?」


 

 大輝は途端に左手首を抑え、その場に跪く。

 行き交う人々は心配した様子で大輝を見ていたが、その傍らに転がっている左手と、ボロスが握る、血の滴る短剣を目にして、自分たちまで手を切り落とされたかのような悲鳴を上げて一斉に散っていった。



「奇石野!」


 

 異変を察知した鷺が抜刀し、鋭い一閃を放つ。

 しかし、ボロスの首筋を捉えたはずの白刃は、その首に食い込み、瞬く間に勢いを失った。



「シャハハッ、そんな敵意むき出しで気づかないとでもおもったのかい? 一体何をしようとしてたんだろうなぁ……」



 ボロスは鷺には目もくれず、心底愉快そうに大輝を見下している。

 その足元では、魔法陣が青く光を発している。



「あんまり暴れるなってウロスにも言われてるんだけどなぁ……お前たちが喧嘩売ってきたんだ。仕方ないと思わないかい?」



 魔法を繰り出そうにも、痛みに気をとられて魔法陣の構築すらままならない。

 悶える大輝の胸元へ、短剣が無造作に突き立てられた。



「――――っ!!」



 鷺の猛攻を全て身体で受け止め、ボロスは、地面に転がり、額に汗を滲ませる大輝に向かって尋ねるのだった。



「あ、そうそう――蛇神(だしん)の封印がどこにあるか知ってるかい? ……って、もう死んでるか」

 



* * * * * * * * * * * * * * * * * * 




「随分と早いお帰りでしたね――――代償とする記憶を選別してください」



 まだ残る微かな痛みに胸を押さえ、大輝は自分が虚空にいることを認識した。

 

 失敗した。

 無敵の権能を破るどころか、先にこちらが狩られてしまった。

 『ウロス』というのは、教会で鷺が対峙していた男の方だろうか。

 あまり大した情報も得られなかったことが、余計に響く。



「……今のループの記憶を代償に、もう一度、同じ時間まで戻してくれ」




* * * * * * * * * * * * * * * * * * 


10:12

 

 水上都市の街並みをバックに、顔を合わせる第六支部の面々。

 つい数時間前も見た光景だった。



「じゃあ、私たちは水着を――――」


「ちょっと待ってくれ!」



 連れ立ってその場を後にしようとする女子たちを引き留め、大輝は再度、情報を共有することとした。



「……これから先で起こることに、まずは対処しなきゃならねぇ」



* * * * * * * * * * * * * * * * * * 


10:20


 大輝はその場の全員に、大魔教会の襲撃があることと、都市水没の危機とを伝えた。

 前回同様、紫苑には教会付近で待機してもらい、海夏と氷は市街地の警戒を任せた。

 加えて、ベリーローゼンには時計塔へ乗り込み、放送設備を破壊するように頼んだ。

 ボロスの放送で、都市全体が混乱に陥らないようにするためだ。


 もし都市の水没が都知事の判断だとすれば、ボロスの放送がきっかけになっている可能性が高い。

 いずれ大魔教会に襲撃されていることは認知されるだろうが、少しでも時間的猶予があった方がいい。


 可能であれば霜月にも協力してほしかったのだが、誠曰く『連絡がつかなかった』のだという。

 この場に居る者たちで解決を図るしかなさそうだ。 



「俺たちは都市庁舎に行こう。確かめたいことがある」



* * * * * * * * * * * * * * * * * * 


12:53


 ボロスの足止めを諦め、大輝は『都市水没が都知事によるものなのか』を確かめることとした。

 市民を守らなければならない立場の者が、本当にそのような決断を下すのか。

 都知事もまた、大魔教会と繋がっている可能性すらある。

 いくら可能性の話をしても仕方ないため、 敵か否か、この目で見極めたい。


 だが、都市庁舎の職員たちは、必死に訴える大輝の言葉に断固として頷かなかった。



「だから……この都市が魔族に襲撃されるんだよ! 既に何人か都市にも潜んでる! そいつらは攻撃が通用しないんだ! だから都市を水没させても死なない! それを都知事に伝えろ!」


「申し訳ありませんが、客観的な証拠がないようでしたら、応じることはできません。アクリア様もお忙しいので……」



 証拠は、ある――――この目で見たからだ。

 だが、それは主観でしかなく、どう説明しようと証明にはなり得ないことは大輝にも分かり切っている。

 『未来を視る加護を持つ』と言ったところで、大輝がその加護を持つことを証明することもまた不可能だ。



「奇石野、一旦引き下がろう」



 鷺に肩を叩かれ、大輝は歯噛めしながら都市庁舎を後にした。



* * * * * * * * * * * * * * * * * * 


13:02

 

 今までが異常だっただけで、これが普通のはずなのだ。

 ナイトネアのキルギスや黎明都市のバルッセが、異様なまでに寛容で、大輝を信頼してくれただけなのだ。

 見ず知らずの男の訴えを真面に聞き入れてもらえると思っていた考え自体が、甘えだった。



「くそっ……! どうすればいいんだ……!」



 水路沿いのベンチで、大輝と鷺が途方に暮れていたその時――都市全体にノイズが響き渡った。

 時計塔の設備は破壊されているはずなので、都市庁舎からだろう。



『緊急避難勧告。緊急避難勧告。現在、本都市は魔族による襲撃を受けています。市民の皆様は至急、大聖堂へ避難してください。繰り返します――――』


 

 機械的な音声だった。

 だが、それは今までのどの世界線でも耳にしなかったものだ。

 まさか、自力で大魔教会の襲撃に気が付いたのだろうか。

 

 しかし、仲間から奴らに関する連絡は入っていない。 

 まだ本格的な占拠は始まっていないはずだ。

 ボロスの放送があるはずの時間からも、まだ随分と早い。

 

 不安に駆られる大輝の下に、誠から切迫した通信が入った。



『皆さん! 大聖堂前に大魔教会の者が現れました! 早急に向かってください!』


「誠! 敵の容姿は分かるか!?」


『青い長髪の男です! 蛇神の使徒を名乗っています!』


『アタシの方は衛兵ばっかり集まってて、直ぐには行けそうにないわ! 敵襲だと勘違いされてるみたい……!』



 誠とベリーからの報告が、大輝の脳内で一つの仮説を生み出した。


 前々回、教会前に居たのは、恐らくウロスという名の、緑髪の男だ。

 だが、今回はボロスが現れた。

 奴らが探しているのは蛇神の封印だ。

 その在処を探るのに、人々に逃げられてしまっては意味が無いから、教会に向かった。

 そして、市民が避難することを彼らにも伝えたのは―――先の都市庁舎からの機械音声である。


 つまり、まだ大魔教会の本格的な占拠は始まっていなかった。

 否、始まる予定ではなかった。

 例の避難勧告により、始めざるを得なくなったのだ。

 

 にもかかわらず、時計塔に集結した衛兵たち―――。

 


「やらかしたっ……!」


「何してんだ奇石野! 俺たちも大聖堂へ―――」


「もう……手遅れなんだよ!」



 突然大声を上げた大輝に、普段は感情を表立って見せない鷺が、目を見開いた。



「手遅れ……だと?」


「そうだ。この都市は水没する……そう言ったろ」


「だが、それは―――」



 大魔教会への対処として、都知事が宣告するはずだった。

 そのタイミングを、大輝たちにも聞こえるように放送してくれるはずだった。

 だが、今回の放送の主は違ったのだ。



「さっきの機械音声……あれが、合図だ」


 

 大魔教会に対してではない。

 いや、大魔教会だと勘違いしたのか、大輝が余計な情報を職員に与えていたせいで―――ベリーローゼンが襲撃者だと、彼らは誤認したのだ。



「なら、今すぐに避難を……」


「……いや、俺はいい」


「何、ふざけたことを言っているんだ」



 鷺が無理やりにでも連れて行こうと、大輝の手を引っ張った。

 大輝はそれを勢いよく振りほどくと、



「全部俺のミスだ! ベリーローゼンを時計塔に向かわせたのも! 都市庁舎に駆け込んだのも! こうなるって予想できなかったのも、全部!」


「……だから、死んで責任を取ろうというのか?」



 大輝は、答えなかった。

 その行動にはそういう意味も勿論あったが、死んで責任を取るのではない。

 死んで、全てを解決し、都市を救うことが自分にできる責任を取り方だと考えたからだ。


 それが――――英雄のあるべき姿だと、考えたからだ。


 その沈黙を肯定とみなしたのか、鷺はまた、らしくもなく声を荒げた。



「自分の命を軽く考えるな! お前が死んだら……残された妹はどうなる!!」



 ある意味、自分の力に毒されているのだと思った。

 自分が死んでも、またやり直せるから問題ない、と心の中で冷めた自分が答えた。


 こんな誤解を生むなら、自分の力についてちゃんと説明しておくんだった、とも思った。

 いや、今からでも遅くないか。

 言ったところで、次の世界では鷺の記憶からは消えることだ。

 それでも、彼の気持ちを鎮めるには些か有効だろう。



「鷺……実は、俺の本当の力は―――」



 顔を上げ、そう言いかけたところで、口をつぐんだ。

 いや、次の言葉が出なかった。

 鷺の白い隊服が、胸元から赤く染まり始めたからだ。

 彼も今初めてその状況に気が付いたかのように、できたばかりの傷口に視線を落とすと、そのまま膝から崩れ落ちた。

 

 普段から冷静な鷺なら、敵の気配に気づかないことなどあり得ない。

 大輝に全力で向き合っていてくれたからこそ、普段の彼では居られなかったのだろう。


 これもまた、大輝のせいである。

 


「まだ街にヒトが居たとは。やはり残っていて正解だったな」



 鷺を突き刺したのは、緑髪の男が握る短剣だった。



「ウロス……ッ!」


「ほう……俺の名を知っているとは。以前、どこかで会ったか?」


「ああ……あと何回、その面を見れば済むんだろうな……っ」



 怪訝な顔をするウロスの背後から、獰猛な地鳴りを上げ、濁流が迫り来ようとしていた。



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