第23話:水槽の魚たち
放送の声の主は、先ほど大輝に封印の在処を問うてきた、あの男で間違いなかった。
大魔教会――――魔族側の宗教的組織だろうか。
立ち尽くす大輝の下に、荒立たしい足音が近づいてきた。
「鷺! さっきの放送聞いたか!?」
「ああ! 一先ず、時計塔に向かった方がよさそうだ」
ふたりは直ちに身を翻し、白亜の時計塔を目指して石畳の上を走りだした。
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14:51
二人が時計塔を目指して間もなくのこと。
大輝の耳元、インカムに通信が入った。
『第六支部! お前たちに緊急任務を与える――――都市を選挙する大魔教会を撃退しろ。……あいつらは生物だと思うな。殺しても構わねぇ』
「殺す、って……」
イヴから引き継いだ、種族同士の共生する世界の実現―――それを目指す者として、理由はどうあれ、魔族を殺害するという行為は到底受け入れがたいものだ。
大輝の胸中を知ってか、霜月は再度、念を押した。
『俺は都市内の雑魚どもを一掃する。お前たちは使徒を名乗る男を探せ! 何度も言うが、あいつらは生物じゃねぇ……一種の呪いだ。殺すことを躊躇っていたら、本当に大切なものまで失うぞ』
言い捨てると、雑音と共に通信は一方的に切断された。
「……くそ、何だってんだよ!」
「急ぐぞ、奇石野」
鷺は一切の動揺を見せることなく冷静に、大輝の手を引いた。
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15:01
都市庁舎―――。
ボロス=サーペンタインによる放送の直後、職員たちは慌ただしく知事室に押し寄せた。
この都市の自治を担う『アクリア=プレッシィ』は、次々と舞い込んでくる凶報の対応に追われていた。
「アクリア様! 都市にも大魔教会の手先と思われる者たちが現れたみたいです」
「――すぐに衛兵を向かわせろ! 水路を封鎖して市街地への被害を抑えてくれ!」
「報告します! 時計塔の警備にあたっていた衛兵は全滅、中央区は完全に占拠されたようです……!」
「アクリア様……! これ以上被害を拡大させないためにも、奴らの望み通り『蛇神』の封印を一時的にでも渡しては――」
「馬鹿を言うな!」
一瞬にして、部屋が静まり返る。
『影傑』たちの解放は、世界そのものを破滅へ導きかねない――――奴らの要求を受け入れるようなことは、万に一つでもあってはならない。
「お前たちは市民の避難誘導を優先させろ。……俺は世界政府に増援を要請する」
「「はっ!」」
一斉に退室していく職員を見送り、アクリアは世界政府へと通信機を起動させた。
「こちら水上都市_ドレイン=ウォルス都知事――アクリア=プレッシィ」
『――どうかしたか?』
「大魔教会の襲撃を受けている。至急、援軍をお願いしたい」
ノイズの向こう、長い沈黙の末、相手が出した答えは――――NOだった。
『そいつは無理な相談だな。SOCも暇じゃないんだ』
「何だと……!?」
『まあそう怒るなよ。援軍は送れないが、しっかり対処してやるからよ――――十分だ。十分後、トリガーを引く』
男の発言に、アクリアは顔を強張らせた。
「全員が避難し切れなかったらどう責任をとるつもりだ……!」
アクリアの言葉に返ってきたのは、無機質な機械音だけだった。
まるでカウントダウンするタイマーかのように、繰り返し、繰り返し、音を鳴らしている。
「クソどもが……っ!」
拳を激しく机にたたきつけるアクリアの怒声が、それを掻き消すよかのように響き渡った。
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15:05
悲鳴と狂気が渦巻く市街地。逃げ惑う群衆の中を、大輝と鷺は駆け抜けていた。
どうやら市民たちは、皆一様に、同じ方角を目指して走っているようだった。
道中、黒いローブを纏った、大魔教会の手先と思われる存在から助け出した者から聞き出した話では、中央区付近にある大聖堂に転移魔法陣が設置されており、それが都市外部の避難所へと繋がる唯一のルートなのだという。
「正直、魔族にしては弱かったな」
「そうなのか……?」
本格的な戦闘経験の乏しい大輝には、魔族の戦闘能力の相場というものがよくわからない。
だが確かに、黒ローブたちもそれなりの魔法や戦闘技術は持っていたものの、鬼ヶ島の鬼たちや、ナイトネアを襲った漆黒の武将に比べれば、あまりにもあっけなかった。
大輝が魔法陣を構築する前に、鷺が一太刀で仕留めてしまった。
霜月が『雑魚』と表現していたのも頷ける。
――――そして、『生物だと思うな』という言葉の意味も。
傷を負った黒ローブたちは、痛みに悶えることすらなく、自ら傷口に魔法を放ち、迷いなくその命を絶ったからだ。
生に執着する者の行動ではなかった。
まるで、何かからずっと解放されたかったかのように、不気味な笑みを浮かべて散っていった。
「あそこが教会のようだな」
鷺の視線を辿ると、青々とした芝生と色鮮やかな花壇に囲まれた広場の中央に、それらしい屋根が見えた。
その前方には、押し寄せた市民で足の踏み場もないほどの人だかりができている。
その前を走り去ろうとしたところで、二人は足を止めさせられた。
群衆の中から、断末魔に等しい、耳を刺すような悲鳴が次々に上がったのだ。
そして、巣を破壊された蜜蜂のように、何百人もの人々が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い始めた。
大勢の人によって隠されていた光景が露わになり、大輝は息を呑み、いつぞやぶりかの、激しい吐き気に襲われた。
草花は黒ずみ、赤く染まっていた。
それらを押しつぶすように、何十人もの人間、いや、人間だったものが重なり、転がっているのが分かる。
遅れてやってきた避難民たちもその異様な光景に気が付くと、喚きながら来た道を引き返していった。
血染めの広場の中心、教会の重厚な扉の前には一人の男が立っていた。
緑色の髪を後ろで束ねたその男の服装は、ボロスや黒ローブたちとよく似ている。
足元には、不気味に明滅する魔法陣が敷かれていた。
大魔教会の者だろう、こちらに気が付くと、ゆっくりと近づいてきた。
距離が縮まったことで、奴の右手には、血で錆びた短剣が握られていることも分かった。
「蛇神の封印の在処を……知っているか?」
「―――さあな」
間髪入れずに鷺が剣を構え、臨戦態勢に入った時、再び放送が流れた。
今度は、時計塔からではなかった。
『大魔教会に告ぐ! これ以上占拠を続けるつもりならば、お前たち諸共、都市を水没させる! 命が惜しければ直ちに退却しろ!』
都市の水没というワードに釣られたのか、動揺した様子の人々が避難場所を求めて、再度教会付近へと押し寄せてくる。
だが、中央で睨み合う鷺と大魔教会の男を前に、彼らはそこから一歩も踏み出せないでいた。
大輝はその群れに駆け寄り、混乱する群衆の一人に駆け寄った。
「おい、さっきの放送は何だ!? 都市を水没させるって――――」
「あ、あれは都知事の声です……。早く非難しないと――うわぁぁぁ!」
男の言葉は、背後から突き立てられた刃によって途切れた。
人だかりができたことで、街中に潜んでいた黒ローブたちに気取られたようだ。
次々と血しぶきが上がり、悲鳴の渦が再び街へとなだれ込んでいく。
敵の数はざっと、数十名。
「やれるか……!?」
大輝は、魔法陣を展開した。
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15:13
鷺の言っていた通り、黒ローブ自体はそこまで強くはなかった。
大輝の基礎魔法の組み合わせだけでも難なく対処できたのだ。
彼らもまた、一度でも魔法を喰らえば、自らの手でその命を終わらせた。
何か、そういう戒律があるとしか思えなかった。
一方、鷺と緑髪の男の戦闘は想像以上に長引いていた。
何度か鷺の剣撃が男に命中したが、大魔教会の男は血の一滴すら流さず、何事もなく立ち向かっていく。
大輝が援護しようにも、激しく動き回る相手を狙うのは容易ではなく、鷺も巻き込みかねない。
ただ見守ることしかできない大輝の下に、誠の声が飛び込んできた。
珍しくも、焦った様子だった。
『現在、時計塔で紫苑さんたちがボロス=サーペンタインと交戦しているんですが……まるで攻撃が通用しません。見てる限り、鷺さんの相手も――』
「そっちもか……権能だろうな。なんとかあの間に入って、無敵状態を破りたいんだが――っ!?」
そう、返答している最中のこと。
地鳴りのような重低音が響いてきたかと思えば、突如、広場に大量の濁流が押し寄せてきた。
激しい水しぶきが容赦なく大輝の身体を叩く
緑髪の男の表情を見るに、どうやら大魔教会の仕業ではなさそうだ。
激しい水音に加え、故障した機械のノイズ音が、耳に入る。
まずった。先の水しぶきでインカムがやられたようだ。
そして、今度は街の全域に地響きが鳴り渡り、都市を囲うようにして佇んでいた巨大な外壁が激しくせり上がる。
「なん……だ、これ……!?」
外壁が動きを止めると、煙突の穴を塞ぐかのように巨大な魔法陣が広がり、青空を塗りつぶすように石の円盤が構築されていく。
都市を照らしていた陽光が目に見える速さで狭まり、失われていく。
完成したのは、完全な密閉空間だった。
この都市は瞬時に、円柱状の水槽と化した。
一体どこから入り込んでいるのか、水の勢いは留まる所を知らない。
このままでは都市が沈んでしまう。
大輝は先ほどの放送を思い出した。
これが、都知事の所業だというのか。
上流から流されてきたのであろう人々の悲鳴がそこら中から聞こえる。
中には都知事を呪う言葉もあった。
やがて視界は完全に失われ、立っていられないほどに水位は上がっていった。
大輝の身体も攫われ、何かに掴まろうとするも、視界は暗黒の中だ。
あるのは、身体の大部分に押し寄せる圧倒的な質量と、濁流に飲み込まれ、流されているという感覚だけだ。
遂には全身が水の中に沈んでしまった。
見えなくても、分かった。
身体の穴という穴から、いきなり水が入り込んできたからだ。
これは……死んだな。
死因は、溺死だ。
まさかこんな死に方をしようとは思いもしなかった。
抵抗すら許されない水の暴威の中で、意識が遠のいていく。
数分と経たないうちに、ドレイン=ウォルスは水没した。
冷たく光の無い海中には、無数の人体が、力なく揺らめいていた。




