第22話:兄
10:10
「ここが……水上都市――――」
眼の前の景色に、大輝は思わす感嘆の声を漏らした。
『魔術王国_ジギーベース』を目指す一行は、黎明都市から丸一日かけ、隣国である『ドレイン=ウォルス』に足を踏み入れたのだった。
水上都市の名を冠するこの都市だが、その実態は海中都市と呼ぶ方が適しているように思える。
この都市国家は、海の一部を巨大な円盤状にくり抜くようにして、街全体が海面より数段低い位置にあるのだ。
海上には都市を囲むように石レンガの柵が張り巡らされており、大輝たちはそこから水中を穿つ、ガラス張りのエレベーターへと案内された。
青く透き通る海中を下降していくにつれ、ガラス越しに都市の全貌が明らかになる。
そこに広がっていたのは、密集して立ち並ぶ白亜と赤レンガの洋風建築群と、蜘蛛の巣のように張り巡らされた水路を行き交う数多の小舟だった。
見た限り、陸上を走る馬車や自動車の姿は見当たらない。
水路がこの都市の主要な交通手段と言ったところだろう。
『無事到着しましたね。ここからは自由行動とします。各自、最低限食糧と……水着の確保をお願いします』
「み、水着!?」
唐突な要求に、氷が声を大にした。
ただせさえ着替えの持ち合わせが少ないというのに、何で水着なのだろうか。
まさか、海水浴でもするつもりではあるまい。
『別に遊びに行くわけじゃないですよ、この先――――魔術王国に向かう際、『プレッシィリゾート』という海岸を抜ける必要があります。どうもそこの領主が、「リゾート内は水着の着用以外認めない」という法を定めているようで……』
「何だその阿保みたいな法律!」
いくらリゾート地とはいえ、通行人にまで水着の着用を強制するのは正気の沙汰ではない。
推察するに、その領主はとんでもない変態のようだ。
そんなものがよしとされていること自体、意味が分からないが。
『本当ですよね……。法改正を求める署名が集まって、現在は裁判中らしいんですが。判決が出るまで法は有効なので、大人しく従ってください』
まあ、仕方がないか。
大輝は男だし、水着を着る程度で減る物があるわけでもない。
初めは文句を垂れていた女子たちも、一緒に水着を選びに行くことになったらしく、なんやかんやで前向きな様子だった。
『皆さんもお気づきだと思いますが……ドレイン=ウォルスでは交通手段が水路か徒歩しかありません。日が落ちる前には出発したいので、時間には気を配っておいてください。小船は街の各地に停泊所があるので、そこから乗船してくださいね。荷物の運送もしてくれるみたいです。それと、ナヴナに関する神社の位置は公になってませんので……霜月さんに確認をとっています。分かり次第、お伝えしますね』
誠からの説明が一段落したところで解散し、各々で街を散策することにした。
女子たちは水着を買いに、鷺は都市の視察へ出かけた。
大輝も買い物がてら、涼やかな水音に包まれた街を観光することにした。
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12:28
食料品を揃え、水着を売る店を探して石畳の歩道を歩いていると、すれ違いざま、青い長髪の男から、不躾に声を掛けられた。
「失礼。蛇神の封印がどこにあるか知ってるかい?」
神経を逆撫でするような声だった。
かつて対峙した『黯神紗亡』を彷彿とさせる声の響きに、大輝の全身の皮膚が粟立った。
即座に警戒の眼差しを向ける。
だが、その男は特に何かを仕掛けてくるわけでもなく、ただ薄ら笑いを浮かべながら大輝の返答を待っているのみだった。
「……いや、知らないな」
封印と、というワードに思考が跳ねる。
つい先日、『鬼王』が封印されていると聞いたばかりだ。
鬼ヶ島のように、到底、魔族とは縁もゆかりもなさそうなこの都市にも、その『蛇神』なる存在が眠っているのだろうか。
「……そうか。ところで、兄弟はいるかい?」
突拍子もない質問に、大輝の警戒心は跳ね上がった。
それは、星羅のことを知ったうえでのの質問なのか。
もしや、この男もネメシスのように、奇石野兄妹を狙っているのか。
凶兆のような疑問が、高速で頭を駆け巡る。
「あ、ああ……」
大輝は恐る恐る、事実を述べた。
「そうか、そうか。大切にしろよ――――いつ居なくなっても、後悔しないようになぁ」
耳元でそう囁くと、男は大輝の肩をかすめるようにして横を通り抜けていった。
背中を冷たい汗が伝う。
ただの通行人であるはずがない。
今の発言からして、大輝と星羅のことだけでなく、星羅を蝕む病――クトゥルの呪縛のことすら知っている可能性が高い。
―――すぐに誠に共有しなければ。
大輝は振り返り、男の姿が見えなくなったのを確認すると、胸のざわめきを抑え込みながら、急いでその場を後にした。
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14:42
食糧も確保し、荷物を輸送船に預けた大輝は、水路沿いのベンチで息をついていた。
誠に先ほどの出来事を伝えると、『魔族の刺客かもしれませんね……こちらで調査してみます。大輝さんは、なるべく一人にならないよう、鷺さんと合流してください』と言われたので、こうして鷺を待っているところだった。
また、神社の位置は霜月が把握しているらしく、彼が都市まで直接足を運んでくれることになったよいう。
水面に反射する陽光を見上げ、大輝が深く息を吐きだした、その時――――耳を劈くような金属の擦れ合う音と、マイクがハウリングしたような不快な高音が、都市全体に鳴り響いた。
音の発生源は、都市の中心にそびえ立つ白亜の時計塔のようだ。
静まり返る街に、スピーカー越しの、ノイズ交じりの声が響き渡る。
『あ、あー……俺は、蛇神の使徒――――ボロス=サーペンタイン。この都市は大魔教会が占拠した……直ちに、蛇神の封印の解放を要求する』
辺りの空気を一瞬で塗り替えたのは―――神経を逆撫でする声だった。




