第20話:鬼哭啾啾
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19:15
あれから小一時間ほど歩き続け、大輝とラプラスは、島の中心部へと到達した。
森林地帯を抜けた先には、石造りの、祭壇のような建造物があり、その中央の玉座に、一人の鬼が腰かけていた。
筋骨隆々な匡欐と違って、体型そのものは大輝とさして変わらなかったが、その男の存在感は明らかに異質なものだった。
漆黒の長髪と、鹿のように長い二本の赤い角が醸し出す風格は、ただ鎮座しているだけだというのに、肌を刺すような圧迫感を呼び起こす。
ラプラスもそのただならぬ気配をを感じ取ったらしく、いつになく真剣な表情をみせた。
「……まさかまだ生きていたとは」
「貴様、何者だ?」
「我が名は『魑魅 栬』――――鬼ヶ島の当主なり」
栬と名乗った男は、足を組み替え、椅子の肘掛に頬杖をついた。
叢匡のように好戦的なタイプではなさそうだ。もしかしたら、話し合いで場を収められるかもしれない。微かな期待を胸に大輝は、
「当主のあんたに聞きたいことがある……黎明都市の人たちを攫ったのは何のためだ?」
「なるほど……その言い草からしてお前たちは、人間どもを救いにきたというわけか」
「質問に答えろよ……!」
栬のすかした態度に苛立ちを覚え、大輝の語気は次第に強くなる。隣に立つラプラスも栬を鋭く睨み続けており、話し合いが成立しそうな穏やかな空気感ではなかった。
そんな様子を知ってか知らずか、栬は大輝の言葉を軽くあしらい、
「知る必要もないことだ。お前たちも、他の侵入者どもも皆―――我が魂の糧となるのだからな」
強く言い放つと同時に、二人に向かって右手を突き出す。
もう見慣れた、魔法発動のための魔法陣を展開する動作だ。
彼の掌から、今まで見た中でもかなり大きい部類の陣が広がった。勾玉模様が幾つも円環を成し、淡く白い光を振り撒くそれは、次第に輝きを増していく。
発動まで時間を要するタイプの魔法は高威力、高範囲のものが多い。
そして、そのような魔法を得意とする相手にとるべき戦略は一つ、先手を取ることだと、ミシアルの教本で読んだことを思い出す。
大輝とラプラスは瞬時に魔法陣を展開し、闇魔法で先制攻撃を仕掛けた。
だが、放たれた魔法弾たちは栬の陣に吸い込まれるかの如く軌道を歪め、消滅してしまった。
「なっ……!?」
栬の陣はよりいっそう強く輝いている。
大輝が反射的にラプラスの手を取り、可能な限り距離を取ろうと足を動かし始めた時、禍々しい光線が放たれた。
闇魔法とは違う、もっと黒く、汚れた、狂気的な色だった。
苦痛、憎悪、怨嗟、復讐といった、ありとあらゆる負の情動を混ぜ合わせたような色だった。
大輝は咄嗟に目を瞑った。
痛みを感じる間もなかったが、あの位置なら間違いなく直撃しただろう。
また、やり直しか。
そう思って恐る恐る目を開けた先は、虚空ではなかった。
薄紫色の結晶が煌めくあの神秘的な空間とは対照的に、視認できるものは何も存在しない、果てしない無が広がったかのような世界。
いや、何も存在しないというのは語弊があった。
大輝の右手にはラプラスの小さな手が握られていたからだ。
「いやぁー、間一髪だったな」
「間一髪って……ここはどこなんだ!?」
「ん? ああ、ここは吾輩の術式の中……そうだな――『暗黒界』と名付けよう!」
いつもの調子の彼女を見て、大輝は胸を撫で下ろした。
どうやら二人は死なずに済んだらしい。
「ここが術式の中って……いったいどういう絡繰りなんだ?」
「はっはっは!いい質問だ!吾輩に触れたことで、貴様は大魔法『陰我王法』の効果範囲に取り込まれたのだ」
ラプラスはドヤ顔で大輝を見上げる。
「いんが…おうほう?」
「吾輩が編み出した最強の回避魔法だ。吾輩と、吾輩が触れているモノを闇に取り込む。この闇……いや、暗黒界の中では外界の如何なる攻撃、権能、領域、加護の効果一切を無効化できるのだ!」
またしても彼女の馬鹿げた力に助けられたというわけか。
彼女が味方でいてくれて、本当によかった。
「だがしかし……あの栬とかいう奴の魔法はかなりヤバいな。デンジャーだ、デンジャー。吾輩の窮極奥義でも打ち消せるかわからん」
「ここに来た時みたいに、マナを全部闇属性に変えられないのか? あの、かいざーなんちゃら」
大輝は上陸時にラプラスが発動させた権能を思い出す。その効能により、島からの攻撃の手を弱めることができたのだった。
あの力だったら、栬の魔法も封じることができるかもしれない。
「『闇の帝王』だっ! 胸に刻んでおけ!」
「そう、それ」
「別に使えんことはないが……あの魔法は多分、無属性だから意味ないだろうな」
「――――!?」
灾胡からは、自分に適した属性のマナを使うことで魔法が発動できるようになると教わった。であれば、無属性の魔法など理屈上、存在するはずがない。
「何だ、その顔は」
「いや、無属性の魔法なんてあり得るのか!?」
「あーいや、語弊のある言い方をしたな。吾輩たち魔族の中では外界からのマナを一切使用せず、契約や加護、権能の力で発動する魔法は無属性魔法と呼ばれているんだ。栬の魔法も、たぶん権能によるものだろう」
なるほど、魔族の業界用語だったようだ。
そういうものこそ、本来は教本に載せておいてほしいものだが。
「ん……? ってことは……あいつ、マナ切れを起こさないのか……!?」
「そうだろうな。権能由来だとマナを使わないし……だが、発動回数に制限があるかもしれん! 吾輩から手を離すなよ!」
ラプラスはそう言うと、大輝と手を繋いでいる方とは逆の手で地面を触れた。
たちまち空間が歪んだと思えば、まるで瞬間移動したかのように、先ほどまで立っていた鬼ヶ島の土の上へと戻ってきていた。
足元の地面は抉れており、付近の地表より一段低くなっていた。
その壊滅的な破壊痕の中、土埃ひとつ被らず仲良く手をつなぐ二人の姿を見た栬の顔には、動揺が滲んでいた。
「馬鹿な……どうやって回避した……!?」
「はっ、その頭で考えてみるんだなぁ! ほれほれ、もう一度試してみるか? 次は当たるかもしれんぞ~?」
ラプラスはここぞとばかりに栬を煽り倒す。
そんな安い挑発に乗る奴がいる者か、と思っていた大輝だったが、
「図に乗るなよ……!」
青筋を立てた栬は、再度魔法陣を展開した。
先ほどよりさらに陣は大きく広がった。あんなものを撃たれたら、この島の地盤そのものが吹き飛びかねない。
「お前が、図に乗るな――――――栬っ!!」
栬の言葉を跳ね返すように辺りに響いたのは、聞きなれない少女の声だった。
声と同時に、栬が背を預ける玉座の背後から、桃紫色の火柱が立ち上る。
栬は目を見開き魔法陣を閉じると、すぐさま祭壇から飛び退いた。
噴き上がった火柱は辺り一帯を包囲するように広がっていき、円環を成した。
そして、その猛火の渦を割って現れたのは、栬と同じ、鬼族の娘だった。
彼女の左右には、雪吹と澪が刀を携えて立っている。
二人は大輝たちに気が付くと、安堵したように歩み寄ってきた。
「二人とも、無事で何よりだ」
「そっちこそ、無事でよかった。……あの子は?」
「彼女は『楚巍 百鬼』―――――敵ではないから安心しろ。栬を説得しに来たんだ」
澪はそう言って、炎のリングの中央で殺気を漂わせる、二人の鬼へと視線を移す。
「どういうつもりだ、百鬼……!」
「もう、お前には従わないという意味だ。余は、他の皆のために――――人間たちと共存する道を歩む! 当主の座を賭け、決闘しろ!」
凄まじい剣幕で言い放つと、百鬼は刀を抜いた。
そしてどこからともなくもう一本の刀を取り出すと、栬に両刀の剣先を突きつける。
「はっ……残念だ、百鬼。惜しい奴を亡くすな」
栬は冷たく言い捨て、手元に小さな魔法陣を展開した。
そこから、刀のような形状をしたものを取り出す。
それは先ほどの禍々しい光線とよく似ており、怨念の塊のような、なんとも悍ましい風貌だった。
栬もまた、剣先を百鬼に向けると、
「『惨鬼』――――『魑魅 栬』」
「『媛鬼』――――『楚巍 百鬼』」
互いに名乗りを上げ、爆発的な踏み込みで地を鳴らし、両者は急接近した。
――――勝負は、一瞬だった。




