第17話:運命の掌握者
「吾輩に指図するな___くたばれぇぇぇっ!」
ラプラスは大男に向かって一斉に魔法を射撃する。次いで、大輝も闇魔法で加勢した。
しかし驚くべきことに、奴はその図体に反して恐ろしいほど身軽だった。
全ての弾幕を紙一重で避け切って間合いを潰し、ラプラスの頭上へ剛腕を振り下ろす。
ラプラスは咄嗟に甲板を蹴って右方向へ身体を動かした。
空を切り裂く奴の手刀は凄まじかったが、避け切れない速度ではない。
___確かに、彼女はそれを回避したつもりだった。
鈍い音が響いた。
身体を移動させた直後、腹部に強烈な衝撃を感じた。
奴が降ろしたのとは逆の拳が、小さな胴体にクリーンヒットしていた。
弾丸のように吹き飛ばされ、ラプラスの身体は宙を舞う。
「がっ……、」
「ラプラス!!」
ラプラスは身を翻し、辛うじて着地する。……が、すぐに片膝を折り、甲板へ倒れ伏してしまった。
「ほう。この叢匡の一撃を受けてまだ意識があるとは____なかなかタフな奴だ」
「はっ……、吾輩を見くびんな……」
言葉こそ威勢がいいものの、彼女の表情は苦痛に歪んでいた。
察するに、肋骨数本は持っていかれているだろう。横たわった彼女は、未だ立ち上がる様子をみせない。
この状況を、大輝がなんとかしなければならない。
しかし奴は、まるで彼女がそこへ移動すると分かっていたかのように、的確に拳を撃ってきた。その上、あれだけの魔法の嵐を難なく見切る俊敏さを兼ね備えている。
ちょっとした喧嘩すらしたこともない大輝が勝つ見込みなど万に一つもなかった。
「どうした……怖気づいたか?」
「……まさか」
とは言ったものの、その額には汗が浮かんでいる。
そんな大輝を救うかのように聞こえてきたのは、
『大輝さん、もう少しだけ時間を稼いでください!今、白銀さんと鈴華さんをそちらへ先導しています!』
「なるはやで頼むぜ……!」
大輝は誠に短く返事をし、魔法陣を展開しようと、大男___叢匡に手の平を向けようとした。
だが、腕が動くよりも先に、奴は先手を打ってきた。
「また魔法か?もう見飽きたぞ!!」
「ぐっ……!」
大輝は咄嗟に姿勢を低くし、相手の懐へ潜り込もうとした。
しかし奴は、その思考を見透かしていたかのように動きを中断すると、片足で大輝を勢いよく蹴りつける。
サッカーボールのごとく吹き飛ばされた大輝は、濁流の海に放りだされまいと、なんとか船べりに指をかけ、甲板に這い上がった。
だが、上体を起こした瞬間、伸びてきた手が、大輝の首元を掴み上げた。
足は地から離れ、大輝の身体は宙吊りになる。
「がっ……、くっ……」
気道を確保しようと、藻掻く手が叢匡の前腕に触れた時だった。
叢匡の表情が一瞬、困惑に染まる。
そして唐突に、大輝の脳内に『ラプラスの魔法で体勢を崩す叢匡』の映像が流れ込んできた。
直後、叢匡の胴体に無数の魔砲弾が撃ち込まれた。手の力が緩んだ隙に、奴から逃れる。
「吾輩、復活だぁ……!」
回復魔法だろうか。まだ苦悶の表情を隠し切れていないが、先ほどよりも随分と楽そうである。
回復魔法など使えない大輝は、呼吸を整えながら瞬時に今起きた出来事を分析する。
叢匡の腕に触れたことで、未来を視た。そして、腕に触れられた瞬間の奴の表情。
加えて、虚空で仄めかされた、大輝の保有する権能の存在。
そこから大輝は一つの確証を得た。
「なるほど……読めたぜ、お前の力____『未来視』ってところか?」
「………!」
「図星みたいだな」
以前、大輝たちが乗り込むことを知って迎撃してきたのも、叢匡の力によるものなのだろう。
だが、奴の能力が分かったからといって、純粋な戦闘力の差を覆せるわけではない。
「だが……それが分かったとてどうする?さっきみたいに俺に触れて、力を奪ってみるか?」
叢匡は不敵な笑みを浮かべると、甲板を力強く踏みつけ、大輝めがけて拳を振るう。
……だが、大輝にそれが命中することはなった。
「____っ!?」
何が起きたのかもわからずぬまま、大輝の視界が高速で回転した。
それは大輝自ら身を投げ出したまけでも、叢匡に吹き飛ばされたというわけでもない。
船に乗り込むや否や、黒いチャイナドレスの少女___鈴華が、即座に彼の腕を取り、海岸へと放り投げたのだ。
「ここはうちに任せてもらうで!」
「鈴華!そいつは未来が視える!気をつけろ!」
放物線を描きながら叫ぶ大輝の声が届いたかは定かではなかったが、彼女は自信に満ち溢れた表情をしていた。
砂浜に叩きつけられる寸前で大輝を受け止めたのは、鷺だった。
「無事か、奇石野」
「なんとかな……」
彼は次いで、同じく鈴華に投げ飛ばされたのであろうラプラスを受け止めた。
「ここは迫に任せて、手分けして攫われた奴らを探そう。お前たちは東側を頼む」
「了解!」
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
大輝は立ち並ぶ樹木の間を抜けながら、誠に先ほど得た知見___自己の権能について共有した。
「誠……多分、俺の持つもう一つの権能は『触れた相手の権能を一度だけコピーする』ってのだと思う」
『なるほど___制約が強いものの、切り札としては申し分ないですね。一体何の言雫魔によるものなのか気になるところですが……。また何か分かったら教えてください』
「そういや、他の皆はどうなってる?」
大輝たちと同様、敵意を持つ鬼達と遭遇しているかもしれない。
特に吹雪と澪は、誠からの連絡手段が無いためかなり心配だ。
『海夏さんと氷さん、クロアさんと紫苑さんがそれぞれ主力と交戦しています。鷺さんから聞いた話では、島内の殆どの鬼たちは、マナ切れを起こし戦意を喪失しているそうですが、この先まだ敵意を持つ鬼と遭遇するかもしれません。警戒は怠らないでください』
「ああ。ありがとう」
感謝の言葉を聞くと、誠は通信を切断した。
「せっかく権能が分かったことだし、名前くらいあってもいいよな……」
ふと、隣を懸命に走るラプラスに視線を向ける。
どうせなら、彼女に付けて貰おうか。大輝よりはネーミングセンスがあるかもしれない。
「なあ、俺の権能にいい感じの名前付けてくれまいか?」
「む?さっき貴様が機械に向かって話していたヤツか?……いいだろう!」
彼女は嬉しそうに答えると、途端に立ち止まり、両眼を瞑って腕を組んだ。
そのいかにも『考えてます』、みたいな仕草をしていた彼女は目を大きく見開くと、
「よし!貴様のその権能___『運命の掌握者』と名付けよう!」
「気に入った!」
てっきり普段の彼女の発言から「暗黒」だの「最強」だのいかにも厨二病くさい単語を入れてくると思っていたのだが、意外にもしっかりと考えてくれたようで、悪くない響きだ。
厨二心の片鱗は窺えなくもないが、少しはカッコつけたいくらいの男心は、大輝にもあった。
真の意味で権能を己のものとした大輝は、ラプラスと共に島の奥地へと足を進めた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
「おいおい……何してくれてんだ?せっかくの獲物だったのに」
「逆によかったんやない?こんな可愛い子が相手してくれんねんで?」
鈴華は涼しげな顔で言った。
それは、彼女の圧倒的な自信からくるものだった。
だがそれは、大輝が直前に『叢匡が未来視の権能を持つこと』を教えてくれたからではない。
「フン、なら今のうちにその面を拝んでおくとするか!」
叢匡は地を蹴り、鈴華の顔を目掛けて高速の拳を叩き込む。
彼は確かに、その拳が少女の頭部を破壊する未来を視ていた。
だが、その拳が肉を潰す感触は訪れなかった。叢匡がそれを知覚したときには、鈴華は叢匡の背後に立っていた。
「馬鹿な……!?貴様、どうやって……!?」
振り向いた叢匡の顔には、先ほどまで微塵も見せなかった動揺が表れていた。
対照的に、余裕の表情で佇む鈴華。
彼女は奴の疑問に答えるように微笑むと、
「単純な話や。あんたの攻撃が当たる直前に避ければええ」
相手は未来が視えるというのなら、その未来が確定する直前のさらに細分化された時間軸__瞬間で動けばいい、というのが鈴華の理論だった。当然、常人に可能な業ではない。
それを可能にしているのは、生来の戦闘センスと、彼女の保有する言雫魔『馬力』だった。
「そろそろラプちゃんの権能の効果も薄れてきたみたいやし____さっさと決着つけさせて貰うで!」
言い終えないうちに、鈴華はツインテールを揺らしながら一息に距離を詰める。
叢匡は自信の出せる全速力で、瞬時に彼女の胴体に前蹴りを入れる。
今度は彼女に脚が触れたのを感じ、そのまま跳ね上げようとする。
しかし、鈴華の身体はその勢いを殺すかのように、奴の脚から跳ね返り、そのまま背後をとった。
まるで高所から着地する猫を彷彿とさせる動きだ。
肉弾戦における鈴華の勝率を底上げしている、『馬力』の言雫魔。それが彼女にもたらした恩恵は、『超反発力』____あらゆる物体と反発する権能であった。
その物理法則に反するような奇怪な挙動を察知した叢匡は、すかさず振り向きざまに手刀を叩き込もうとする。
だが彼女はまたも、振り下ろされる左手が皮膚に直撃する手前、小さく跳躍して難なくかわしてみせた。
そしてその体勢のまま、空中から叢匡の胴体目掛けて、
「『速度乗衝』______!!」
脅威の速度で蹴りを入れる。
未来視を持つ叢匡も反応しきれず、彼女のすらりと長い脚が胴体にめり込む。
「ぐあ、っ……!」
爆竹が破裂するような音と共に叢匡の巨体は船から弾き飛ばされ、黒く渦巻く濁流の中へと消えていった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
「……本当にこんな所から地上が見えるの?」
ホークニオの背中に掴まり、ベリーローゼンは鬼ヶ島の遥か上空を飛行していた。
島からの攻撃が止み、攫われてしまった都市の人々の捜索を始めたところだった。
「ああ。私の『鷹の眼』はお前たちの十倍離れた景色まで正確に視認できるからな________いたぞ!振り落とされるなよ!」
ホークニオは翼を畳んで急降下し、ほんの数秒足らずで地上へと舞い降りた。
そこには動物の骨で組み上げられた檻が点在しており、中には大勢の人間が収容されていた。その多くは骨の形が分かるほどまでにやせ細っており、ちらほら衣服を纏ったまま腐敗、白骨化した遺体まで転がっていた。
「た、助けてくれ!!」
「ここから出してください……!」
彼らは二人に気が付くと、口々に掠れた声を張り上げた。
「離れていろ。すぐに出してやる」
ホークニオは風魔法を放ち、骨の柵を切断した。
ざっと数十人の生存者たちが、そこから姿を見せた。久方ぶりの自由を手に居れ、お互いに抱き合う者、ひたすら感謝を伝える者、感極まって天を仰ぐ者も居た。
ホークニオが隣の柵を切断しようと、再び魔法の詠唱を始めた直後だった。
「あら。一体誰がそこから出ていいと許可したでありんすか?」
先ほどまでの自由への歓喜が一瞬で静まり返った。
声の主は、額に一本の角を持つ、着物姿の美しい、糸目の女であった。
「何者だ」
「あちきは『麗鷲 匡欐』____この餌たちの大目付でありんす」
「餌……だと?」
ホークニオは獲物を狙う鷹のごとく、鋭く女を睨みつけた。
匡欐はそんな眼光に気圧されず、気味が悪いほどに微笑んでいる。
「厳密にはちと違いんすが____なしてそんな顔をしてござんすの?お主らが獣を食らうのと、さして変わりはいたせんでしょうに……」
匡欐の悪意の欠片も感じられない口調に、ベリーローゼンは怒りを滲ませる。
その様子を感じ取ったのか誠は、
『ベリー、致命傷になるような攻撃は避けてくださいよ。僕たちは戦争をしにきたわけではありません。被害者たちの救出が済んだら、和解するつもりなんですから……ちょっと、聞いてますか!?』
ベリーローゼンは、誠の忠告には頷かなかった。
代わりにその髪を逆立て、
「いい性格してるじゃない……、顔が良いだけの女は嫌われるわよ!」
「お主も別嬪さんどすぇ___せやけど、せっかく集めたものを横取りされるのは好かんよ」
先手必勝、匡欐が何らかのアクションを起こす前に、ベリーローゼンは槍のように鋭く束ねた髪を彼女目掛けて突き出した。同時に、ホークニオも魔法陣を展開する。
しかし匡欐は反撃どころか一歩も動く素振りを見せず、その両目をかっ開いた。
橙色の宝石のような瞳は、ホークニオを注視している。そして、ただ一言、彼を見つめて言うのだった。
「お主___あちきを守りなんし」
「なっ、何…やってるの……!?」
匡欐に従うように、鷹の亜人はベリーローゼンの刺突をその身で受け止めた。
受け止めたといっても、防いだわけではない。
ベリーローゼンは自らの髪がホークニオの肉体を貫いたことに気が付くと、慌てて髪の結束をほどいた。
肉体から髪が抜け、支えを失ったホークニオは血を吐き、地面に崩れ落ちた。
「簡単なことさね。あちきのこの美貌に見惚れ、僕になったのさ」
そうは言うが、実際その姿を見ただけで下僕になるというのならば、ベリーローゼンも今頃は匡欐の駒になっているだろう。
「____それがアンタの権能ってワケね」
「ふふ。いい勘してはりますなぁ____おや、お主……エルフどすか。せやったら、見逃してやってもいいどすえ?エルフの魂は、長年生きているせいで劣化してござんすからねぇ」
ベリーの、少し先の尖った耳を見て、匡欐はただでさえ細い目をさらに細めた。
『ベリー、彼女の目を絶対に見ないでください。恐らくそれが_____』
「そんなこと、分かってるわよ!」
ベリーローゼンはインカム越しに小さな声で怒鳴り返す。
権能と言えど、魔法をさらに応用したようなものをはじめ、周囲の物体に影響を及ぼすもの、言雫魔の魔力に由来するものなど実に様々な種類がある。
だが、周囲に影響を与える権能において、無条件で発動するようなものは極めて少ない。
それは演奏者が打鍵しなければ音色を奏でることのないピアノのように、何かに作用を起こすためにはその原因が必要となるからだ。
例えば誠の『監視投影』は事前に契約が必要であり、大輝の『運命の掌握者』は対象に触れる必要がある。
つまりは、匡欐の他人を奴隷化する能力もまた、『美貌に見惚れた』などという曖昧なものではなく、確実に何らかのプロセスが存在しているはずだ。
そしてその過程というのが、『対象と目線を交わすこと』であるのは、先ほどの匡欐の振る舞いから容易に想像できた。
問題なのは___ベリーローゼンの権能『触髪』は、髪を自由自在に操れるものの、その髪で何かに触れる場合はその標的を視認していなければならない。
彼女が視覚を遮断して匡欐を狙うというのは、目を瞑ったまま射的をするようなものだ。
『……人の話は最後まで聞いてください。この勝負、僕が居れば勝てます」
「あたしが見てなきゃアンタも視えないでしょ……。相手を見ないで攻撃を当てるなんて無理よ!」
『大丈夫ですよ、________』
誠との通信を終えるまで、匡欐が攻撃を仕掛けてくることはなく、ただベリーローゼンを見て不気味に微笑んていた。
恐らく、彼女には攻撃手段がないのだ。
マナに適性があるにもかかわらず、魔法を習得していない者というのもまた存在する。
特に言雫魔や加護、呪恩を有している者に顕著な傾向だった。それは単に、必要がないから。
「悪いけど、そこの人たちを見捨てて帰れるほど薄情じゃないのよ」
「それはお生憎様____じゃあ、あちきのモノになりなんし」
「死んでも御免よ!_____『一触即髪』!!」
匡欐が言い終える前に、ベリーローゼンは詠唱と共に、前方に巨大な魔法陣を展開した。
細部まで術式で構成されている普通のものとは違ってその中心部には大穴が開いており、魔法陣というよりもリングに近い。
だがベリーがその指先を匡欐に向けようとした瞬間、奴は目を見開き、
「お主、動きを止めなはれ」
言われるがまま、ベリーローゼンの腕は完全に動きを止めた。
「ふふ、良い子どすえ……どれ、そのままそこの男に止めを刺しなんし」
ベリーローゼンは匡欐の忠実な僕のように、地面に横たわるホークニオへ向かって新たに魔法陣を展開した。
洗脳こそ解かれたものの、腹部を穿たれたホークニオは身体を動かすことも適わず、当然、魔法を紡ぐ余裕などなかった。
「ぐっ……」
魔法陣が淡く緑色に発光し、ホークニオは死を覚悟して目を閉じた。
「がはっ……!」




