第15話:黎明都市の神隠し
一行はナイトネアからほぼ丸一日かけて歩き、黎明都市に着いたときには辺りはすっかり暗くなっていた。
「まさかこんなに時間がかかるとはな…」
大輝が肩を落としてぼやくと、
「ナイトネア周辺は道が整備されていないからな。仕方がない」
鷺の言う通り、ナイトネア郊外は木々が鬱蒼と生い茂る獣道ばかりで、車はおろか、馬車での通行も困難だった。
そんな虫の声ばかりが響き渡っていた夜道とは打って変わり、目の前に広がるアウローラの街並みは、まさに『黎明都市』の名に相応しく、夜とは思えないほど活気に満ち溢れていた。
家々からは温かみのある明りが漏れ出ており、遅い時間にもかかわらず、多くの人々が行き交っている。
「とてもじゃないけど、神隠しが起きている風には見えないわね…」
ベリーローゼンが怪訝そうに呟く。
すると、耳元のインカムから誠の通信が流れ込んだ。
『今日のところはひとまず身体を休めましょう。その通りを抜けたところに宿があります』
誠の道案内に従い、大輝たちはこぢんまりとした宿へと滑り込んだ。
「こちらが部屋の鍵になります。……おや、そちらのお連れ様は、どこか体調を崩されているのですか?もしよろしければ、常備している薬をお持ちしますが……」
受付の若い男は鷺に鍵を渡しながら、紫苑におぶさっている海夏を心配そうに気遣った。
「あ、大丈夫です…。来る途中に、ちょっと足を挫いただけなので」
紫苑が慌てて説明すると、男は納得したように軽く会釈した。
部屋を二つ貸してもらえたため、今夜はここで解散し、また明日受付で合流することになった。
道中は一切泣き言を言わなかった鷺は、部屋に入って真っ先にベッドに倒れこんだ。
長い間歩きっぱなしで流石に疲労がたまっていたのだろう。
大輝も、一人だけ男連中と同室にされたベリーローゼンの文句を聞き流しながら、深い眠りに落ちていった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
翌朝。
一行は各自で手分けして情報収集をすることになり、大輝は大通り周辺での聞き込みをすることになった。
早速、通りを歩いていた中年の男性に狙いを定め、声をかけてみる。
「なあ、ここ数日この都市で神隠しが起きてるって話を聞いたんだが…」
「ああ……その話か。最近急に行方不明になる奴らが増えているんだとよ。ウチの家内も、昨日から友達と連絡が取れなくなったらしくてな」
「そうなのか…。そんな物騒な事が起きてるわりには、この町は活気が良すぎやしないか?」
「まあ結局は噂に過ぎないからな。神隠しだって怯える奴もいれば、家族揃って夜逃げしただと笑う奴もいる。これでも、前よりは人通りが少なくなったんだぜ?」
大輝は男に感謝の意を伝えると、聞き込みを再開した。
その後も通り行く人々に話を聞いたものの、得られる情報はどれも噂や憶測の域を出ず、これといった手がかりは掴めずにいた。
「こんだけ聞いて目撃者がいねぇなんてことあるか……?都市内に監視カメラの一つでもあればなぁ…」
歩き疲れた大輝が通りのベンチに腰を下ろしてため息をついていると、
「あら、貴方。ちょうどいいところに!」
鈴を転がすような高飛車な声に、大輝は顔を上げた。
そこに立っていたのは、きめ細やかなクリーム色の長髪に、黒いカチューシャを上品に飾った小柄な少女だった。
その背後には、武装した大人の男が三名、足を揃えて立っている。その統一された装いから、大輝は彼らが白銀聖騎士団のような、都市を守る衛兵であること見抜いた。
「私のお買い物に、少し付き合ってくださらない?どうにも彼らには審美眼というものが無いみたいで…」
彼女は困ったように片目を閉じ、衛兵たちを見やる。
苦笑いを浮かべた衛兵の一人が、申し訳なさそうに口を開いた。
「お嬢様がそうおっしゃっているので……。よろしければ、ご同行願えませんか?」
「……お嬢様?」
大輝が首を傾げると、少女は自慢げに胸を張り、
「申し遅れましたわ。私、ラピュタ=エントーフと申しますの。この黎明都市国家アウローラの国王__ラピュタ=バルッセの娘ですわ」
エントーフは橙色の瞳を大輝に向け、白いワンピースの裾をつまんで綺麗に一礼した。
___国王の娘……!
大輝は一瞬驚いたが、すぐに頭をフル回転させた。
彼女に同行すれば、神隠しについて国が把握している情報を得られるかもしれない。
「…奇石野大輝だ。俺でよければお供しますよ、お嬢様」
「ふふっ、無理に敬語を使わなくても構いませんのよ。素の貴方の方が好ましく思いますわ、大輝」
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それから、大輝はエントーフに連れ回され、嵐のようなショッピングをする羽目になった。
訪れる店はどれも高級な衣料品店ばかりで、大輝は行き着く先で彼女の試着を見せられ、感想を求められた。
衛兵たちが気を遣って「お美しいです!」「よくお似合いですよ」などと褒めちぎっていた中、大輝は「なんか子供っぽくね?」「こっちのが似合うだろ」と容赦なく率直な感想を投げた。
エントーフは初めこそ頬を膨らませ怒る素振りを見せていたものの、徐々に「意外と真剣に選んでくださるのですね」と、彼の飾らない意見をむしろ好意的に受け取るようになっていた。
気づけば、通りの向こうは綺麗な夕焼け色に染まり始めていた。
「貴方のおかげで有意義なお買い物ができましたわ。私、あそこのお店でまだ見たいものがありますの。あなた方はここで待っていてくださる?」
付いていこうとする衛兵たちの申し出を断り、大輝と一緒にベンチに座らせると、彼女は商店へと小走りで向かって行った。
「てっきり尾行すんのかと」
大輝が冗談交じりに言うと、衛兵は苦笑しながら答えた。
「私どもも心配ではありますが……目の届く範囲ですし、大丈夫でしょう。それに、お嬢様に過干渉過ぎるのもよくないですしね」
「なるほどね。……ところで、アンタたちはこの都市で起きている神隠しについて何か知ってることはないか?」
エントーフが居なくなった隙に、大輝は本来の目的である聞き込みを仕掛けた。
衛兵たちは視線を交わし、声を潜めて答えた。
「……実は、巡回に出ていた我々の同僚も数名、被害に遭いました。奇妙なことに、突如目の前が暗転したと思った次の瞬間には、姿を消していたのです。魔族の仕業ではないかと思い、世界政府に調査をお願いしているのですが、まだ時間がかかるようでして……」
「本来は今日も可能な限りの護衛を配備したかったのですが、お嬢様のご意向で我々三人しか動向を許されず……」
霜月の言っていたように、衛兵も被害に遭っているのは事実のようだ。
どうやら衛兵たちも神隠しの犯人は魔族と睨んでいるらしいが、突如消えるとなると、足取り追うのはそう容易ではない。
インカム越しの誠も、同意するようにため息交じりに呟いた。
『これは……思っていた以上に捜査が難航しそうですね。皆さんにも共有しておきます』
「……ああ」
大輝が衛兵たちと話していると、買い物を終えたエントーフが手に紙袋を携えて嬉しそうに歩いてくるのが見えた。
無事に買い物を終えた彼女の姿に、衛兵たちが安堵したのも束の間、突如大輝の視界から光が消え、闇に包み込まれた。
「な、なんだ!?」
「お嬢様!ご無事ですか!?」
衛兵たちが慌てふためいた様子で声を上げる。
彼らもまた、視界を奪われているのだろう。
___これは闇の基礎魔法『シャドウ』…!?
大輝は咄嗟に、この一カ月ルナリアと共にその身に叩き込んだ魔法を思い出した。
意識を集中させ、己の内から光のマナを抽出する。
素早く右手を空にかざし、その手の平を中心に、光り輝くマナの軌跡が魔法陣を展開した。
「___グリーム!!」
大輝が詠唱すると、彼の手から眩い光が放たれ、周囲を支配していた闇を一気に払った。
視界が開けた瞬間、大輝たちの目の前には黒いフードを深く被った男たちが立っていた。
フードの隙間から覗く奴らの頭部には角が生えており、足元には禍々しい紫色に発光する巨大な魔法陣が描かれている。
その中心で、紫色の角を二本生やした男が、エントーフの身体を抱えていた。
彼女は必死に助けを求めようとしていたが、男の腕に口を塞がれ、くぐもった悲鳴しか上げられない。
「お嬢様___っ!!」
大輝の魔法で光を取り戻した衛兵たち激昂し、剣を抜いて切りかかろうとするも一歩及ばなかった。
男たちはエントーフ諸共、魔法陣の中へと姿を消し、魔法陣もまた跡形もなく消え去った。
「おい誠!今の見てたか!?」
『はい。どうやら相手は___鬼のようですね。衛兵たちに話をして、海図と船を貸してもらってください。他の皆さんへの連絡は僕が』
「了解!」
通信を追えると、大輝は絶望に打ちひしがれている衛兵たちに叫んだ。
「俺を国王のところまで連れて行け!アイツを助けに行く!」
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「____なるほどな。迅速に駆けつけてくれたこと、感謝する」
アウローラの都市庁舎にて大輝を出迎えた国王__ラピュタ=バルッセは、エントーフと同じ橙色の瞳が印象的な男だった。
愛娘が攫われたという報告を受けた直後こそ動揺していたものの、すぐに冷静さを取り戻し、彼は大輝の説明を聞き終えると、すぐさま衛兵たちに海図を持ってこさせた。
「確かに、鬼族の仕業だというのなら合点がいくな…。奴らの拠点である『鬼ヶ島』周辺の海域では以前、漁船が行方不明になる事案が発生していた。それ故、現在は運航禁止となっているのだが…。それが原因で標的が漁船の乗組員から都市の住民に変わったのかもしれぬ」
「都市には俺の仲間たちもいる。エントーフ嬢の奪還、そして被害者たちの救出___俺たちに引き受けさせてくれ」
大輝は、国王から正式な依頼を引き出せるよう言葉を選んだ。
国からの正式な依頼となれば成果報酬が発生し、今後の旅費や活動資金に充てられると誠に言われていたからだ。
「……そうだな。鬼族相手では、一般の衛兵では対処できないだろう。ぜひ君たちに、連れ去られた者たちの救出をお願いしたい」
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都市庁舎を出た大輝は、バルッセと数名の衛兵と共に、港へ向かった。
そこには誠の誘導で集結した第六支部の面々に加え、見慣れない二人の獣人の姿があった。
彼女たちは頭部から狐の耳を生やし、毛並みのいい尻尾を揺らしている。
その服装や出で立ちは実に対照的で、一人は雪のように純白、もう一人は闇のように漆黒という表現が似ぴったりな容貌だ。
「…こいつらは?」
大輝が尋ねると、黒髪の狐が不愛想に口を開いた。
「俺は『阜玄 澪』」
「フブキは『守白 雪吹』です。よろしくお願いしますです!」
白い方の狐はぺこりと丁寧にお辞儀した。
「俺は奇石野大輝。よろしくな。……二人はどうしてここに?」
話を聞くと、彼女たちはアデミカにある学校の一つ、『ジパング和学園』の生徒なのだという。
黎明都市を訪れたきり連絡がつかなくなってしまった同胞を探しに来たところ、東自治区で聞き込みを行っていた氷、鷺と偶然出会ったらしい。彼女たちも鬼ヶ島に乗り込む大輝たちに協力してくれることになった。
雪吹と澪が事の経緯を話している間に、バルッセたちは海域偵察用の船を一隻用意してくれ、出港準備が整った。
船の定員を超えてしまうため、海夏と氷は都市に残ることになった。
いよいよ出港というその瞬間、バルッセは衛兵たちを遠ざけ、一人、大輝たちに向かって深く頭を下げた。
「……どうか、娘を頼む」
その表情には先ほどまでの威厳は微塵もない。
それは、愛する娘の無事を祈る、一人の父としての懇願だった。
「任せとけ!」
大輝の力強い返答に、バルッセは再び深く頭を下げ、船を見送った。
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海図に従い、鬼ヶ島を目指す一行は、出港から三十分経ち、鬼ヶ島の全貌を視界に捉えきれる距離まで来ていた。その外見は至って普通の、緑豊かな島であった。
ただ、大輝たちが上陸を予定している海岸沿いに、無数に煌めく不自然な光が見えるのを除いては。
「……何だあれ?」
紫苑が身を乗り出してその正体を確認しようと、双眼鏡を覗き込んだ瞬間だった。
『紫苑さん、伏せてくださ____!!』
インカムから、鼓膜が破れんばかりの大きさで、誠からの警告が響いた。
だが、それよりも早く。
風切り音と共に、高速で飛来した鋭利な岩塊が双眼鏡のレンズを貫き、紫苑の顔面に突き刺さった。
彼女が悲鳴を上げる間もなく、続けざまに飛んできた岩石が華奢な身体にも直撃し、その勢いのまま、紫苑は甲板へと叩きつけられ、頭部から血を流して意識を失った。
「紫苑!!」
大輝が咄嗟に駆け寄るが、攻撃は止まなかった。
海岸正面から無数の魔砲弾が、大輝たちの船目掛けて一斉に掃射される。
「っ、この量は受けきれないわよ…!」
ベリーローゼンの咄嗟の抵抗も空しく、展開した防御魔法陣は一瞬で砕け散ってしまった。
炎魔法の着弾で船体には炎が回り始め、激しく傾きながら沈みゆく。
「海へ飛び込め!」
『海へ飛び込んでくださいっ!船体を盾に逃げましょう!』
鷺と誠の指示が飛び、一行はすぐさま激しく波打つ海中に身を投げた。船を盾に島から遠ざかろうと試みる。
だが、鬼たちはその退路を完全に塞ぎに来た。
先ほどまでの魔砲弾の嵐とは比較にならないほど広範囲にわたる魔法が、船を目掛けて放たれた。
夜の海を白昼のように照らす白い炎が、全てを飲み込まんと襲い掛かる。
「が、はっ___」
大輝の視界が、一瞬にして白い光熱と、逆流する海水に支配される。
彼らの身体は、成す術もなく海の藻屑へと化した。




