第14話:第六支部
「やっぱ上手く魔法陣がつくれねぇ…。まだ序盤の序盤だってのに…!」
ルビアとの決闘から六日。大輝は来る日も来る日も訓練場に足を運び、基礎魔法の習得に勤しんでいた。
一人での習得に難航し、紫苑やベリーローゼンにも付き合って貰ったものの、彼女たちは感覚で物事を捉えるのに優れているらしく、どうにも言語化するのが難しいようだった。
「そもそも、マナを集めるって感覚がよく分かんないんだよな……」
大輝が一人頭を抱えていると、少し前からその様子を遠巻きに眺めていた銀髪の少女が声をかけてきた。
「最近、よく訓練場にいるわよね?もしかして、新入生の子?」
「え?ああ……うん、そうだけど」
振り返った大輝は、思わず言葉を詰まらせた。
彼女は息を呑むほど綺麗な顔立ちをしていた。何より特徴的なのは、その瞳__赤と青のオッドアイがその神秘的な美しさをより際立たせている。
普段は妹以外の異性にあまり関心を示さない大輝ですら、思わず見惚れてしまうほどだった。
「あ!急に話しかけてごめんなさい。私は『ルナリア=エクリプス=コスモブライト』___魔法学校ミシアルの第121期生。よろしくね」
「あ、ああ、よろしく。俺は奇石野大輝__つい一週間前に編入してきたばっかりの新人だ」
大輝の名を聞いたルナリアは驚いたという風に、その美しい目を丸くした。
「大輝って……もしかして、ルビアと決闘したっていう子!?」
「まあ、決闘ていうほどのことはしてないんだけどね…」
大輝が苦笑しながら頷くと、ルナリアは申し訳なさそうに眉を下げ、勢いよく頭を下げて謝罪した。
「ルビアが迷惑をかけて本当にごめんなさい。あの子、宮廷でも態度が悪くって…。どこかケガはしてない?」
「全然大丈夫だよ。パネル先生も診てくれたみたいだし。それに、魔法が使えないのに大口叩いた俺にも非はあったしな」
「優しいのね。……大輝くんはここ数日、ずっと基礎魔法の練習をしていたの?」
ルナリアはホッと胸をなでおろすと、大輝の足元に乱雑に広げられた教本を覗き込んできた。
「ああ、でもどうしても魔法陣の展開ができなくって…。知り合いにコツを聞いたりもしたんだけど、結局何も吸収できずこの有様だよ」
「もしよかったら、どんな風にやってるか見せて貰ってもいい?」
「おう。じゃあ、いくぞ……」
大輝は彼女の前で魔法陣を構築して見せた。最初は滑らかにマナが紡がれていたものの、術式が半ばまで描かれたところで、魔法陣は霧のように薄れ、消えてしまった。
その様子を観察していたルナリアは、人差し指を顎に当てて少し考え込むような仕草をした。
「うーん……マナの集約にまだ慣れていないから、一本の線を長く描こうとすると、形が維持できなくて魔法陣が壊れちゃうんだと思うの。何も、陣を描き始める時に一か所を始点にする必要はないわ。色んな場所を同時に始点にして、繋ぎ合わせてみたらみたらどう?」
「複数の始点……」
確かに、今までは一筆書きのようにつなげようとしていた。
大輝はルナリアの言う通り、魔法陣の完成系を頭に強く思い浮かべ、外側から内側へ向かって術式を構築させるようにイメージした。
大輝が意識を集中させると、紡がれたマナの軌跡が幾つものルートを辿って合流していく。
そのまま途中で途切れることなく__最終的に完璧な魔法陣として出来上がった。
「できた……!!」
大輝は思わず歓声を上げた。
ルナリアも自分事のように、嬉しそうに微笑んでいる。
「もしよかったら、大輝君が基礎魔法を習得するまで、私が練習に付き合おうか?」
感覚派の紫苑やベリーローゼンと違い、ルナリアの指導は的確で分かりやすい。
一人で練習を積むより圧倒的に早く習得ができるのは確実だった。
これ以上に無い申し出だとは分かっていたものの、大輝は申し訳なさを感じ、首を横に振った。
「……そうしてもらいたいのは山々だけど、遠慮しておくよ。ルナリアにはルナリアの勉強や予定があるだろ?」
「ふふっ、それなら気にしないで。私は魔法を磨くためにここに入学したわけじゃないもの」
不思議そうなに首を傾げる大輝を見て、ルナリアは小さく一呼吸置くと、自身がミシアルに入学した理由を語り始めた。
「私は、『月光都市_エクリプス』の出身なの。数百年前までは人間と魔族が手を取り合って一緒に暮らしていた、平和な街だった。でもある時、反共生派の弾圧に遭って、都市は一夜で転覆しちゃったの…。共生派は都市を追われ、もともと生活していた人間たちは今では強制的に労働させられているわ。___私は前のエクリプスみたいに、皆が仲良く笑い合える世界をつくりたい色々な種族の子たちが通うミシアルなら、そのためのヒントが得られると思って入学したの」
そこまで語ると、彼女は改めて大輝の目を見つめ、優しく微笑んだ。
「それに、一人より二人の方が退屈しないでしょ?」
ルナリアの口から語られたその想いは、かつてイヴが夢見て、大輝に託した想いと重なるものがあった。
彼女が大輝にここまで親切に接してくれるのも、その優しく、気高い信念があってこそなのだろう。であれば、その好意を無下にすることなど大輝にはできない。時に、遠慮は不要であるということを大輝は直感的に理解していた。
「じゃあ、これからよろしくお願いします、ルナリア先生!」
「せ、先生ってそんな大袈裟な……。でも任せて!一応これでも魔女だし、魔法を教えるのには自信があるんだから」
そう言って彼女は小さな拳を握り、自身気に胸を叩いて見せた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
それからといもの、ルナリアとの二人三脚の特訓の日々が始まった。
二人は毎日決まった時間に訓練場に足を運び、基礎魔法の練習をストイックに繰り返した。
魔法の発動は魔法陣の構築とは違い、自分の体内からマナを放出する必要があった。
故に、そのイメージを持つのがかなり困難だった。
さらに大輝は光と闇の二属性に適性があり、そのことがより習得を鬼畜なものにしていた。
体内に蓄えられたマナのうちから特定のマナのみを抽出する必要がるのだ。
だが、ルナリアの指導は教本に比べて何倍も解りやすく、大輝は日に日に少の成長を感じていた。
そして、特訓が始まって一カ月が過ぎたころ______
「___『グロリアス』!!」
大輝が詠唱すると、彼の前に展開された黄色く輝く魔法陣から眩い光が放たれ、訓練用のターゲットに直撃した派手な爆発を引き起こした。
大輝は先日、遂に最後の基礎魔法を習得した。
ルナリアは最後まで練習に付き合ってくれ、魔法が成功した時には大輝以上に喜んでくれた。
彼女には感謝してもしきれない。
「基礎攻撃魔法も合格だ。よく一か月で習得したな、大したものだ」
灾胡は大輝の訓練の成果を見届けると、満足そうに頷きながら学生証を手渡した。
「ひとまずは、これで任務に参加しても問題ないだろう。……とは言っても、お前はまだ基礎魔法しか扱えないということを忘れるな__時間を見つけて自学するなり、勉強を怠るなよ」
「ああ、分かってる。ありがとう、先生」
「それと___『今日の夜、櫻神社に来るように』___鬨からの伝言だ。達者でな」
灾胡は去り際にそう言い捨て、颯爽と訓練場を後にした。
櫻神社というのは、おそらく大輝が鬨と邂逅を果たした、あの神社の事に違いなかった。
大輝は日が落ちるまで、教養のための教本を読んで、静かにその時を待った。
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その日の夜、大輝は再び学生証の紋章に手を触れた。
刹那、足元に巨大な転位用の魔法陣が起動し、彼の身体が淡い光に包み込まれる。
行き着いた先は、鬨に学生証を渡された地下室だった。
どうやらこの学生証の魔法陣は、転位元に戻る仕組みのようだ。
「よっ、新人」
「おう」
片手を上げて気さくに挨拶してきたのは、紫苑だった。
その隣には海夏もいて、相変わらず小動物のように縮こまっている。
彼女は大輝と目が合うと、大輝に向かって何度もお辞儀をしてくれた。
彼女たちの対角には、すでに誠と鷺の姿があった。
大輝は苦笑しながら二人のもとへ歩み寄る。
「俺がいない間に、随分と親密度が増したみたいじゃねぇか?」
「……別にそんなことはないが?」
大輝のからかうような台詞を、鷺は表情一つ変えずに軽く受け流す。
「いや、僕としては仲良くなれているつもりだったんですけどね……」
誠は分かりやすくガッカリとした様子で肩を落とした。
「それはすまない。俺が思わせぶりな態度をとって、勘違いをさせてしまっていたのかもしれないな」
鷺はフォローのつもりで言ったのだろうが、その天然気味の一言で、誠の心の傷はより一層抉られたみたいだった。
大輝はこれ以上誠に傷を負わせまいと、慌てて話題を切り替えた。
「そういえば、二人はなんでファイナルレベルに入ったんだ?理由を聞いてなかったなと思って」
「僕は、父が失踪した原因を突き止めるためです。父は世界政府の役員だったので、ここに居れば何か情報を得られるんじゃないかと……。僕が探偵事務所を始めたきっかけでもあるんですけどね」
「俺は、祝典の日に団長に勧められた」
鷺の思った以上に淡泊な動機に大輝が意表を突かれていると、部屋の扉が開き、少し遅れて、氷とベリーローゼンがやってきた。
すると、全員が場に揃った瞬間、突然室内が暗転し、大輝たちの和の中に一人の男が忽然と現れた。
頭から黒色のフードを被り、その顔には不気味な紫色の仮面を張り付けている。
その異様な気配に、鷺は本能的に抜刀しようと身構えたが、慌てて誠がその手を制止した。
「白銀さん、この人は敵じゃありません!ファイナルレベルの仲間です」
仮面の男は誠の言葉に同調し、重厚な声で語りかけてきた。
「そういうこった。そう警戒しなさんな……俺は『霜月 閡喇』__お前たち第六支部の支部長だ」
「第六、支部…?」
大輝が聞き返すと、霜月は腕を組んで解説を加えた。
「ファイナルレベルには現在六つの支部がある。設立以後、任務遂行部隊として存在する第一支部のほか、各国の騎士団の連絡網となっている第二支部、各地の神主たちの連絡網となっている第三支部、各学校の教師たちの連絡網となっている第四支部、特殊部隊である第五支部、そして今回新たに任務遂行部隊として発足した第六支部だ」
霜月は仮面の奥の瞳を光らせ、人差し指を立てる。
「俺たちの目標は大きく四つだ。一、夜影壁の破壊__これには膨大な量のマナが必要となる。ニ、世界政府の解体___これは世界政府が総裁選出馬者の募集を同盟各国に行っているから、一先ずはそれが終わってからだな。三、種族間の対立の解消__コイツが鬼門だ。現状最も有効な手立ては大聖霊ナヴナとの契約。そして四、奇石野星羅の症状の原因であるクトゥルの撃退__これも有力なのは大聖霊ナヴナとの契約だ」
「でも大聖霊ナヴナなんて、世界中に認知されているでしょ?私たちより先に誰かが契約したらどうするのよ。それこそ政府の関係者とか」
ベリーローゼンが当然の懸念を口にする。
「いや。その心配はない」
霜月の発話を遮るようにして。いつの間にか姿をみせていた鬨が答えた。
「ナヴナに関する手がかりを遺書として残したのは、奇石野灯輝___奇石野大輝の実父であり、かつてファイナルレベルに在籍していた男だ。そして興味深いことに、彼が遺書を残す直前に設立されたのが第四支部だった。……これはその遺書の写しだ」
鬨が懐から取り出したのは、一枚の古びた紙だった。そこには、
『遺書_
当家にはナヴナという精霊が仕えていた_彼女は契約者の願望を叶えてくれる神秘である。僕は彼女の力が世の今後の発展に寄与されることを願い、その在処をここに示そう__騎士の国、大和の国、水上の都、零極の地、混血の村、鬼の孤島、蜘蛛の巣窟、精霊の渓谷、天使の楽園、悪魔の牢獄、天空の城、皇血の庭、魔王の慰霊にて魂を捧げ、門を開いた先でナヴナは救世主を待つ』
と記されていた。
「おそらく遺書が政府によって世界に公開された時点で、多くの者が記載されている地名について大方の検討がついただろう…。だが、『魂を捧げる』の文言の真意を彼らが理解することは決してできない。なぜならこれは___我々に向けた遺書なのだから」
「先に述べた通り、第四支部は緊急的に誕生した。そして支部長である桜良に確認をとったところ、構成員たちはそれぞれ、この遺書に載っている各都市国家の神社の神主たちだった。それが意味するのは___」
「神社の灯籠に、マナで火を灯すってこと。ちなみにうちのにはもう点いてる」
いつの間にか地下室にやってきていた桜良が、鬨の言葉を継いだ。
普段なら彼女が一切噛むことなくドヤ顔で語ったことににツッコんでいたところだが、今の大輝はそれどころではなかった。
ミシアルに留まらず、またしても父の名前が出てきた。しかも彼もまた、ファイナルレベルに所属していたという。
一体、父は何者なのか。
「これが遺書ってことは……俺の父さんは、死んだのか?」
大輝が恐る恐る尋ねると、鬨は少し痛ましそうな表情を浮かべ、静かに答えた。
「恐らくね…。だが、真実は私にもわからない。ダークリス家の者たちによると、ある日忽然と姿を消したらしい。もしかしたら、任務の道中で何か情報を得られるかもしれないね」
長い沈黙の後、霜月が話を切り出した。
「てなわけで第六支部__お前たちは取りあえず夜影壁の破壊を第一に考えてもらう。そのためにはまずマナを集めなきゃならねぇ。第一目標地点はすぐ隣の『黎明都市_アウローラ』___ここ数日神隠しが発生しているらしい。何でも衛兵すら消えてるって話で、ただの誘拐沙汰じゃねぇのは間違いない。お前たちにはその元凶を見つけ出し、対処してもらう。特に奇石野__お前は戦闘経験が浅い。死なねぇ程度に実戦で感覚を掴め。何かあったら直ぐに桧垣に連絡しろ」
そう言って霜月は全員に小型のインカムを渡した。
「誠君は一緒に行かないの?」
氷が不思議そうに尋ねるとに、誠は苦笑いで首を振った。
「僕は戦闘スキルがないですから…。基礎魔法も習得していませんしね。……あ、言い忘れてました!第六支部の皆さんには、出発前に僕と契約を結んでもらいます」
「契約?」
「はい。僕は『観察』の言雫魔を持っていて、権能が使えるんですよ。僕はそれを『監視投影』と呼んでいるんですが____契約した相手の視界を右目で観察し、逆に自分の視界を左目で共有できるんです」
「へぇ、やるじゃない!」
ベリーローゼンに珍しく褒められ、誠は照れ臭そうに頭を掻いた。
「とは言っても、酷使し続けると失明してしまうので、あまり長時間の使用はできないんですが…少しでも皆さんのサポートが出来ればと思いまして」
誠が遠隔からの司令塔代わりになってくれるということであれば、大輝としてはかなり心強かった。
全員も同じ考えだったらしく、二つ返事で契約に了承した。
誠の言っていた契約とは、虚空での契約のように何かを誓うといったものではなく、ある種の儀式に近かった。彼は全員の腕から少量の血液を採血すると、採った血を自身の眼球に目薬のように一滴ずつ垂らしていった。
あまりにも狂気じみたその光景に、紫苑やベリーローゼンをはじめ、女子たちは完全にドン引いていた。
大輝もさすがに引き気味だったが、隣の鷺だけは澄また様子だった。
「……これで契約完了です。それじゃ、インカムを着けるのを忘れないでくださいね」
鷺を筆頭に、第六支部の面々が次々と地下室を後にする。
彼らを見送った誠は、最後に残った大輝に近寄り、彼の耳元で囁いた。
「大輝さんの権能についての説明はなるべく濁しておいてください。もし魔族側にばれてしまった場合、最悪の事態になりかねませんので」
「…分かった」
大輝は静かにうなずくと、部屋の扉を開けた。
「気をつけろよー」
「健闘を祈る」
桜良と鬨に見送られながら、大輝はふと部屋の奥に目をやった。
「……てか、アンタは行かないのかよ?」
支部長であるはずの霜月は、桜良たちと共に部屋に直立したまま、動く気配がなかった。
「……お前たちの活躍の機会を、俺が奪ったら悪いからな」
「……なんじゃそりゃ」
大輝が呆れて階段を上ろうとしたその時、霜月が不意に呼び止めてきた。
「奇石野___この仮面に見覚えはあるか?」
霜月が指差したのは、自身がつけている仮面だった。
目元がくり抜かれた紫色の下地に、黒い装飾が施されており、一度見たら忘れはしなそうな奇抜なデザインだ。
「いや、ないな。何で?」
「……そうか。ならいいんだ」
霜月は少しだけ間を空け、感情の読めない声で短く答えた。
大輝はその質問の真意を探ることはせず、振り返って階段へと足を踏み出した。




