第13話:洗礼
魔法学校ミシアルに入学した大輝は、深くため息をつきながら机に突っ伏していた。
明け方まで必死に教本を読み込んでいたおかげで、何とかテストを攻略することはできたことに安堵しつつ、彼はいよいよ基礎魔法習得に向けて教室の片隅で勉強に励んでいた。
静まり返った部屋には大輝以外にも数名の生徒たちの姿があった。
皆、黙々と分厚い魔導書や教本をめくっている。
勉強の片手間、大輝はテスト後に受けたマナの適性検査を思い出していた。
検査の結果、彼には、闇と光という相反する二つのマナに適性があることが判明した。
灾胡によれば、そもそもどのマナにも適正がない者もいるらしく、魔法使いになれるかどうかは生来から決まっているのだそうだ。
「えーと……なになに?『手を前に突きだし、大気中のマナを集めて基礎魔法の術式を組み込んだ魔法陣を形成します』___続いて『魔法陣の中心に体内のマナを集中させ、詠唱と共に放出します』___って、フィーリングがすぎるだろ!」
思わず声を大にしてしまい、慌てて口を塞ぐ。
この手の教本にはよくあることだが、手元にある魔導書は初学者にとってちっとも優しくなかった。
というより、感覚が重視されるものを文面だけで理解するには限界がある。
いくら文字を読み込むよりも、実践した方が早いに違いない。
そう思い、大輝が地下の訓練場へ向かおうと席を立とうとした時だった。
「アンタが奇石野大輝?」
目の前に現れたのは、艶やかな薄紫の長髪に、月のように光る黄色い瞳を持った魔法使いの少女だった。
ダークパープルのローブを纏い、同じ色の大きなつばあり帽を被っている。
口調からして大輝の先輩にあたるのだろうが、その小柄な容姿はどこか幼げだ。
「ああ、そうだけど……君は?」
「ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけどー」
何か面倒事に巻き込まれそうだと感じた大輝は丁重にお断りしようと思ったのだが、大輝が口を開くよりも前に、彼女はすぐさまその選択肢を封じてきた。
「まさか、こんなに可愛い先輩の頼みを断るなんて、言わないよねぇ?」
距離を詰めてジッと見つめてくる彼女に気圧され、大輝は引きつった笑みを浮かべるしかなかった。
「……ははっ、そんなまさか」
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押し切られるような形で行動を共にすることになったその魔法使いの名は『宵待 紫苑』と言った。
彼女は昨年この学校に入学し、同時期にファイナルレベルにも入団したらしい。
そのため、新入りである大輝のこともを事前に聞かされていたという。
「それで、何を手伝えばいいんだ?」
「実は魔導書を落としちゃってさ。探すのを手伝ってほしいんだよね」
「それなら俺じゃなくて、他の人に頼めばいいだろ……。そっちの方が早く見つかるんじゃないか?」
紫苑は大輝のもっともな指摘に対し、足をピタリと止め、バツが悪そうに視線を泳がせた。
指先をいじりながら、あからさまに不機嫌そうなオーラを醸し出す。
「...まさか、友達いないのか?」
「いるもん!……一人は」
「……ひとり?」
第一印象の堂々とした態度とは程遠く、意外にも彼女の交友関係は狭いようだった。
かくいう大輝も、この学校の顔見知りなど灾胡とベリーローゼンくらいしかいないので、あまり強いことは言えないのだが。
そうして二人で話しながら廊下を歩いていると、大輝は前から歩いてくる人影に気づかず、そのまま衝突してしまった。
「あ、悪い!ぼさっとしてて___」
「どこ見て歩いてんのよ」
ぶつかった相手は、これまた立派なつばあり帽子とローブを身を包んだ魔法使いだった。
片手には年季の入った魔導書を抱えている。
彼女は鋭く睨みつけると、そのまま大輝たちが歩いてきた方へと去って行った。
大輝が呆然とその背中を見送っていると、紫苑が大輝の腕を掴み、耳打ちしてきた。
「大輝!アイツが持ってたの、私の魔導書だ…!」
「本当か?似たようなデザインの本とかじゃなくて…?」
「間違いない!よりにもよってアイツが持ってるなんて…!」
紫苑は普段の軽いノリを完全に消し去り、険しい表情で奥歯を噛みしめた。
「あの感じ悪そうな奴、一体誰なんだ?」
「アイツは『ルビア=デルフィーニ』___入学してたった2カ月で『魔術師』の称号を会得した天才で、安寧都市の宮廷魔法使い。多分、ミシアルの中だとトップクラスに強い」
「宮廷魔法使いってのがどんだけ凄いのかは知らねぇけど、普通に頼めば返してくれるんじゃないか?」
「無理無理。ルビアはかなり性格が捻くれてて…、自分より強い奴の言葉にしか従わないの。まあそれでアイツは一匹狼なんだけど…。あのプライドの塊から魔導書を取り戻すためには___決闘で勝たなきゃいけない」
魔法使い同士が、お互いの力を見せつけるために行ってきたという、決闘。
紫苑の話が本当ならば、大輝は言わずもがな、紫苑ですら学内でトップクラスに強い彼女相手に挑んで勝ち目があるかは分からない。
大輝が案じていると、紫苑は彼の肩を叩き、いたずらっぽくウインクしてみせた。
「もちろん無策じゃないよ。いい考えがあるんだ」
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大輝と紫苑がルビアを探して校内を歩き回っていると、二階の開放的な中庭に彼女の姿はあった。
彼女は白い大理石のベンチに腰掛けており、その傍らには数冊の魔導書が積み上げられている。
その山の中央には、先ほど彼女が携えていた紫苑のものもしっかりと混ざっていた。
「それじゃ、作戦通りに!」
紫苑はそれだけ言い残すと、駆け足で大輝のもとを去っていった。
一人残された大輝は深く息を吐きだして腹をくくると、中庭で熱心に魔導書を読んでいるルビアへと近づき、声をかけた。
「あの、ちょっといいか?」
「何?雑魚に構っている暇はないんだけど」
彼女は大輝の方を見向きもせず、ページをめくった。
その徹底した塩対応にめげず、大輝は本題を切り出す。
「そこにある魔導書、俺の知り合いのものらしくてさ。めっちゃ探してたんで、持ち主のところに返してあげてほしいんだけど……」
「ふーん。でも、これには名前が書いてなかったのよ。だから貰っちゃったわ」
「いや、暴論すぎんだろ!」
大輝が全力でにツッコみを入れると、彼女は開いていた本を閉じ、ゆっくりと立ち上がった。
「私に対してその口の利き方……いい度胸ね。まあ、どうしても返してほしいって言うなら____私と決闘しなさい。アンタが勝ったら、言うこと聞いてあげるわよ」
「…望むところだ」
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中庭の中心に移動し、二人は一定の距離を取って対峙する。
紫苑の言っていた通り、ルビアは迷わず決闘を持ち掛けてきた。
当然、基礎魔法すら使えない大輝に勝機はない。
そのため、彼が取れる戦術はただ一つ__ひたすらルビアの攻撃を回避し続けることだった。
「身の程を知らせてやるわ___『ガイザー!』」
ルビアが詠唱を紡ぐと、水色に発光する魔法陣が幾つも展開され、大輝めがけて水のレーザーが次々に噴出された。
ただの水とは異なり、それは少しかすっただけで地面の石畳を抉り取るほどの威力で、殺傷能力は銃弾と何ら遜色がない。
「おいおいマジか!」
大輝は必死に身体を翻し、文字通り死に物狂いで左右へ飛び退いた。
頬をかすめる風圧だけで肌がヒリヒリと痛む。
「逃げてばっかりじゃ私には勝てないわよ、雑魚!」
ルビアの罵声が響く。
彼女の言う通り、このまま防戦一方で逃げ続けていれば、先に大輝の体力が尽きるのは目に見えていた。
だが、大輝が惨めに逃げ回ることには、ルビアから「周囲への警戒」と「反撃への意識」を削ぐという、囮としての明確な意味があった。
いつの間にか、中庭周辺には二階の回廊からも含めて、大勢の生徒たちが集まり人だかりができていた。
「あのルビアと決闘している命知らずがいる」とでも聞いて、面白半分で見物に来たのだろう。
だが、野次馬たちの様子は意外なもので、彼らは皆ルビアの態度に反感を持っているのか、必死に逃げ回る大輝を鼓舞するばかりで、ルビアへの声援は微塵もなかった。
水流の弾幕をギリギリでかわしながら、大輝は群衆の端に紫苑の姿があるのを捉えた。
彼女は片手を胸の前に突きだしており、いつでも魔法を放てる大勢にある。
大輝はいきなり立ち止まると、大げさに両手を掲げた。
「はっ、もう降参?魔法の一つも使わないで鼠みたいに走り回って。とんだ大雑魚ね!」
「いいや、まだだね」
次の瞬間、ルビアの死角__群衆の隙間から、紫色の火花を散らす強力な光線が放たれた。
紫苑が放った魔法である。
「大輝に意識を向けさせておき、警戒心が薄れたところを紫苑の一撃で仕留める」というのが、二人の計画だった。
だが、彼女の攻略はそう甘くはなかった。ルビアの力は、二人の生ぬるい予想を遥かに超えていた。
「魔力が隠しきれてないわよ、ひよっこ」
彼女はマナの流れを察知し、信じられない速度で身体を捻って、すんでのところで直撃を回避した。
目標を失った紫苑の魔法は、そのまま中庭の装飾用の巨大な岩を直撃した。
凄まじい衝撃波と共に、岩の破片が勢いよく空中へ吹き飛んだ。
「しまっ___!?」
紫苑が悲鳴を上げる。
弾け飛んだ岩の塊は、放物線を描きながら、決闘の様子を少し離れたところから見物していた一人の少女の頭上へと落下していった。
彼女は直ぐにその場から走り去ろうとしたのだが、運の悪いことに足が縺れ、転倒してしまった。
「危ないっ!」
大輝の身体は、考えるより先に動いていた。
地面を強くけ蹴り、少女のもとへと全力で滑り込む。必死に手を伸ばし、彼女の華奢な身体を力任せに押しのけた。
直後、大輝の頭上に重い衝撃が加わり、視界が火花を散らす。
意識が遠のいた行く中、少女に怪我がないことを辛うじて確認した。
「よかった、無事で…」
安堵の言葉を最後に、大輝はゆっくりと目を閉じ、意識は深淵へと落ちていった。
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うっすらと目を開けると、電光の眩しい光が大輝の視界に飛び込んできた。
背中から伝わる柔らかい感触からして、どうやらベッドの上に寝かされているらしい。
「目を覚ましたみたいね。ここがどこか分かるかしら?」
すぐ目の前から大輝の顔を覗き込んできたのは、赤い髪に黒い角を二本生やした妖艶な女性だった。
大輝が戸惑いながら上体を起こすと、彼女はさらに黒い蝙蝠のような羽をもっていることが分かった。
姿から察するに、魔族であろう。
「えっと…ミシアルの医務室……?」
「正解!あなた、名前は?」
「奇石野…大輝」
「よかった、意識に問題はなさそうね」
その言いぐさや腰に白衣を巻いていることからして、ミシアルの専属医なのだろう。
「ああ、申し遅れたわね。私は『パネル=インシュラス』魔法学校ミシアルの専属医よ。よろしくね、大輝くん♡」
パネルは妖しく微笑んで自己紹介すると、なんと大輝のベッドの上にゆっくりとのし上がってきた。
至近距離まで顔が近づき、彼女の身体からは、甘い香りがふわりと漂ってくる。
「しかしあなた…近くで見ると、すっごく可愛い顔してるわねぇ。その神秘的に輝く黄色い瞳も、少し紫がかった金髪も、とっても綺麗だわ♡どう?今夜先生と、とってもたのしいこと、してみない?」
「え、いや、あの……遠慮させていただきます!」
パネルは背中の羽を嬉しそうにばたつかせ、大輝の困惑を愉しむように迫ってくる。
大輝が完全にうろたえていると、パネルの脳天に拳骨が容赦なく叩き込まれた。
「なに生徒を誘惑してんだお前は…!だからサキュバスを雇うべきじゃなかったんだ」
「もう、冗談だってばぁ~」
いつの間にか部屋に来ていた灾胡に咎められ、パネルは頭をさすりながら大人しく引き下がった。
相変わらずの威圧感を放つ灾胡は、大輝の方を向いて呆れたように腕を組んだ。
「人を助けようとする精神は素晴らしいが…あまり無茶はするなよ、奇石野。今日一日は安静にしておけ」
灾胡はそう言い残すと、医務室を出て行った。
パネルも大輝のベッドから腰を上げると、
「じゃあ、私も退勤するわぁ。何かあったらナースコール押してちょうだいね」
彼女は医務室の扉の前まで向かうと、何かを察したように大輝の方を振り返り、いたずらっぽく微笑んだ。
「ちょうど、可愛いお客さんが来たみたいよ♡」
パネルと入れ替わりで部屋に入ってきたのは、不安そうな顔をした紫苑と、大輝が身を挺して守った薄い金髪の少女だった。
紫苑は大輝が大事には至らなかったと分かると、ホッと胸をなでおろし、すぐに彼に向かって頭を下げた。
「巻き込んでごめん!まさかこんな事になるなんて思わなくて…。怪我は、大丈夫?」
「ああ、ノープロブレム、問題なし!それよりそっちの子が無事でよかったよ」
大輝が笑って答え、少女の方へ視線を向けると、目が合った彼女は驚いたように肩をびくりと跳ね上げた。慌てて周囲を見回し、最終的に目線を下に逸らすと、小さな声で口を開いた。
「あ、あの…助けてくれて、ありがとうございました…。わ、私は『照星 海夏』って、言います……。よ、よろしく…おねがいします…っ」
顔を真っ赤に染めた彼女は、極度の人見知りであった。
しどろもどろになりながら、なんとか大輝と目を合わせようとしては、すぐに視線を逸らすという挙動をを繰り返している。
「ウミカちゃん、初対面の人にはこんな感じだけどめっちゃいい子だから」
「ちょっ、紫苑ちゃん!変なこと言わないで!」
急に大きな声を出して紫苑に抗議する海夏。
どうやら一度心を開いた相手には普通に話せるらしい。典型的な内弁慶というか、人見知り特有のほほえましい特徴だった。
「そうだ、肝心の魔導書は返してもらえたのか?」
「お陰様でね。サイコせんせーも間に入ってくれたし」
どうやら大輝が気絶して医務室に運ばれた後、事の発端となったルビアと紫苑は灾胡に呼び出され、こっぴどく叱られた挙句、三日間の停学処分を言い渡されたらしい。
ルビアもそこまで意地が悪いわけではなく、紫苑の魔導書が旧友から譲り受けたものだと分かると、気まずそうにしながらも潔く返してくれたという。
「よかったな」
「うん。ありがとうね」
紫苑はそう言って、嬉しそうにはにかんで見せた。
「じゃあ、私たちはこれで。また3日後に会おうね。早く寝ろよっ」
紫苑は手を振りながらそう言うと、医務室から出て行った。
海夏も彼女の後を追うように、大輝に向かって何度もお辞儀をしながら部屋を後にした。
二人を見送った大輝は、静まり返った部屋の明かりを消し、今日一日の出来事を頭に思い浮かべながら、紫苑の助言通りに目を閉じることにした。




