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「となりの席のアカシックレコード〜全知全能だけど、空気だけは読めません〜」  作者: 源三郎


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第54章 デートは予習できません

調理実習の、買い出し。


なぜか、その役目が、明石コトハと、凡田一の、二人に、なった。


白金歌音の、にやにや顔から、すべては、始まった。


「明石さんと、凡田くん。買い出し、お願いしますね」


放課後、白金歌音しろがね・かのんが、にこやかに、言った。


明石コトハ(あかし・ことは)は、首を、かしげた。


「三人組なら、忘川さんも、いるはずです」


「忘川さんは、たぶん、来ても、すぐ、何を買うか、忘れます」


「……否定、できません」


「だから、二人で。リスト、ここに」


白金は、買い物リストを、コトハに、押しつけると。


「では、よろしく」


ものすごい、速さで、去っていった。


その後ろで、星宮ミーナ(ほしみや・みーな)が、親指を、立てていた。


「がんばれー」


コトハには、何を、がんばるのか、わからなかった。


凡田一ぼんだ・はじめが、めんどくさそうに、鞄を、持つ。


「行くか」


「はい」


二人は、教室を、出た。


並んで、廊下を、歩く。


放課後の、商店街まで、買い出しに、行く。


ただ、それだけの、はずだった。


なのに。


コトハの、胸が、さっきから、変だった。


ちくっ、ではない。


どきどき、だった。


「……これは」


コトハは、こっそり、自己診断した。


心拍数、上昇。


体温、わずかに、上昇。


発汗、軽度。


そして、思考が、いつもより、まとまらない。


照合する。


該当する、状態。


『緊張』。


「なぜ」


コトハは、こまった。


ただの、買い出しだ。


なのに、なぜ、緊張する。


理由は、すぐ、わかった。


予習が、できないからだ。


全知だった頃なら。


このあと、何が起きるか、ぜんぶ、知っていた。


凡田が、何を言うか。


自分が、何を、答えるか。


商店街で、何を、買うか。


ぜんぶ、わかっていた。


だから、緊張なんて、しなかった。


でも、今は。


何も、わからない。


次に、凡田が、何を言うかも。


自分が、どう、答えるかも。


「わからない」


コトハは、小さく、つぶやいた。


「わからないと、こんなに、どきどき、するのですね」


「ん? なんか、言ったか」


「いえ。なんでも、ありません」


商店街は、夕方の、買い物客で、にぎわっていた。


コトハは、リストを、見ながら、歩いた。


「卵、小麦粉、牛乳、バター」


「ふつうの、材料だな」


「はい。ふつうです」


八百屋の、前を、通る。


魚屋の、前を、通る。


夕日が、商店街のアーケードから、ななめに、差し込んでいた。


凡田が、ふと、立ち止まった。


「あ、ここ、卵、安いぞ」


「詳しいですね」


「母さんの、買い物、よく、頼まれるからな」


コトハは、その横顔を、見た。


なんでもない、横顔だった。


宇宙で、いちばん、平凡な、少年の。


でも、コトハには、その平凡が。


なぜか、いちばん、見ていて、飽きなかった。


「凡田さん」


「ん?」


「あなたは、毎日、こういう、ふつうのことを、しているのですね」


「まあ、そうだな。買い物とか、めし作りとか」


「わたしには、ぜんぶ、初めてです」


コトハは、卵のパックを、そっと、持った。


「買い出しも。誰かと、夕方の、商店街を、歩くのも。──全部、初めてで、ぜんぶ、どきどき、します」


凡田は、すこし、照れたように、頭を、かいた。


「……お前、たまに、変なこと、言うよな」


「変ですか」


「変だよ。買い物で、どきどき、するやつ、いねえよ」


「わたしは、します」


コトハは、まじめな顔で、言った。


「あなたと、一緒だと、特に」


凡田の、手が。


卵のパックを、持ったまま、止まった。


「……お、おう」


なんとも、言えない、間が、流れた。


コトハは、自分が、いま、何を言ったのか、すこし、遅れて、気づいて。


ぼっ、と、赤くなった。


「い、いまのは、観測結果です」


「また、それかよ」


「事実の、報告です」


二人とも、なんだか、急に、卵のことしか、見られなくなった。


帰り道。


買い物袋を、片手に。


二人は、また、並んで、歩いた。


来たときより、すこしだけ、距離が、近かった。


理由は、お互い、言わなかった。


夕焼けが、二人の、影を、長く、伸ばしていた。


「凡田さん」


「ん?」


「今日のこと、わたしは、たぶん、ずっと、覚えています」


「……買い出しを?」


「はい。記録ではなく。体験として」


凡田は、すこし、黙ってから。


ぼそっと、言った。


「……まあ。俺も、わりと、悪くなかった、けど」


コトハは、その言葉を、聞いて。


ふわっと、笑った。


データには、ない笑い方だった。


その、二人の後ろ姿を。


商店街の、角から。


こっそり、白金と、ミーナが、のぞいていた。


「……尾行、成功です」


「やるじゃん、明石さん。最後、ちょっと、いい感じ、だったね」


「はい。あとは、本人たちが、気づくのを、待つだけです」


二人は、満足そうに、うなずいて。


そっと、引き返していった。


商店街の、夕焼けは。


まだ、しばらく、続いていた。


コトハと凡田の、買い出し回でした。


デート、と呼ぶには、地味すぎる、ただの、買い物です。


でも、全知を失ったコトハには、それが、人生で、いちばん、予習できない、こわい、楽しい時間でした。


「あなたと一緒だと、特に、どきどきします」を、本人が、事実報告のつもりで、言ってしまう。


そこが、コトハの、不器用で、かわいいところです。


告白には、まだ、遠いです。


でも、二人の距離は、たしかに、すこし、近づきました。


そして、この、しあわせな回の、すぐあとに。


レテの、忘却が、おかしくなり始めます。

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