第53章 三角形は安定しません
コトハは、凡田が、好き。
レテも、凡田が、好き。
ただし、レテのは、たぶん、なつく方の、好き。
それでも。
三人の、距離は、毎日、すこしずつ、ぎくしゃくしていた。
その日のホームルームで、桜庭レイコ(さくらば・れいこ)先生が、言った。
「来週の、調理実習、二人一組です。ペアを、決めてください」
その瞬間。
明石コトハ(あかし・ことは)が、立ち上がった。
ものすごい、速さで。
「凡田さん。わたしと、組みましょう」
凡田一が、振り向く、より、早く。
反対側から、忘川レテ(わすれがわ・れて)も、立ち上がっていた。
「ぼんだ、いっしょに、やろ」
二人の声が、ぴったり、重なった。
教室が、しん、と、した。
凡田は、両側を、見た。
右に、コトハ。
左に、レテ。
どっちも、こっちを、見ている。
「……なんで、俺、なんだよ」
「料理は、前に、いっしょに、やりました。実績が、あります」
コトハが、言う。
「ぼんだの、卵焼き、おいしいから」
レテが、言う。
凡田は、頭を、抱えた。
「いや、お前ら、料理、二人とも、できるだろ。なんで、俺と──」
「できません」
コトハが、即答した。
「わたしは、レシピは、完璧ですが、手が、たどたどしいです。補助が、要ります」
「私は、すぐ、忘れるから。横で、言ってくれる人が、要る」
二人とも、もっともらしい理由を、並べた。
でも、本当の理由は。
たぶん、料理とは、関係なかった。
教室の、すみで。
白金歌音が、ノートに、何か、書き込んでいた。
「明石さん、攻めますね……」
その隣で、星宮ミーナ(ほしみや・みーな)が、ジュース片手に、解説していた。
「でも、忘川さんが、無自覚なのが、強いんだよね。あれ、本人、ぜんぜん、勝負してる気、ないもん」
「無自覚は、最強です。対策が、できません」
さらに、その隣。
なぜか、未明学園の二人も、教室に、いた。
宵島カケル(よいじま・かける)が、腕を、組んで、うなずいている。
「これは、熱いな。男を、取り合う、女の、戦い」
白河ナギ(しらかわ・なぎ)が、冷静に、訂正する。
「カケル、たぶん、片方は、戦ってる自覚、ないですから。正確には、一人相撲です」
「一人相撲でも、白熱してりゃ、いいんだよ」
「あんたの、その、適当さが、わたしの胃を、削るんです」
凡田は、その、全員の視線の、まんなかで。
ぐったり、していた。
「……なあ。俺の、意思は」
誰も、聞いていなかった。
結局。
桜庭先生が、ぱん、と、手を、叩いた。
「では、三人一組で、いいでしょう」
「「えっ」」
コトハと、レテの声が、また、重なる。
「料理は、三人でも、できます。仲よく、どうぞ」
桜庭先生は、にっこり、笑った。
その目は、完全に、面白がっていた。
こうして。
調理実習の、ペアは。
またしても、凡田を、まんなかに、した、三人組に、なった。
「……俺、また、はさまれてんな」
凡田が、つぶやく。
コトハが、すかさず、言う。
「安心してください。次の、席替えでは、わたしが、確実に、隣を、取ります」
「席替えは、くじ引きだろ」
「対策を、検討中です」
「くじ引きに、対策すんな」
レテが、その横で、のんびり、言った。
「コトハ、最近、がんばってるね」
「……何を、ですか」
「わかんない。でも、なんか、必死な感じ、する」
コトハの顔が、すこし、赤くなった。
「必死では、ありません。計画的です」
「ふうん」
レテは、それ以上、追わなかった。
でも。
ほんの、一瞬。
レテの目が、コトハと、凡田を、交互に、見た。
なにか、考えるみたいに。
それから、また、ぼんやりした顔に、戻った。
「……ねえ、コトハ」
「はい」
「ぼんだのこと、好き?」
教室の、時間が、止まった。
コトハの手から、シャープペンが、落ちた。
かしゃん、と。
「な、なぜ、それを」
「なんとなく」
レテは、首を、かしげた。
「コトハ、ぼんだのこと、見るとき。なんか、目が、ちがう」
全知の、コトハが。
読めない子に。
いちばん、読まれたくないものを、読まれていた。
「……記録上、平熱です」
「まっかだよ」
「観測誤差です」
「それ、便利な言葉だね」
レテは、けらけら、笑った。
凡田は、その会話を、半分、聞いていて。
なぜか、自分まで、顔が、熱くなって。
あわてて、教科書に、目を、戻した。
「……俺は、何も、聞いてない」
三人の、三角形は。
今日も、まったく、安定しなかった。
でも。
なんだか、悪くない、ぎくしゃくだった。
三角関係、というには、すこし、ゆるい三角形です。
コトハは、本気で、凡田が、好き。
レテは、たぶん、なつく方の、好き。
でも、その、ゆるさが、コメディとして、ちょうどいいと、思っています。
無自覚なレテが、いちばん強い、というのも、書いていて、楽しいところです。
そして、最後に、レテが、コトハの気持ちに、気づきかけました。
忘れる子が、忘れる前に、何を、思うのか。
それは、次の編で、すこしずつ、効いてきます。
次回、コトハと凡田が、なぜか、二人きりに、なります。




