第29章 宇宙で一番平凡な証言
コトハは、残りたい理由を言えなかった。
全宇宙の言葉を知っているのに。
自分の言葉だけが、見つからなかった。
だから凡田一は立ち上がった。
宇宙で一番平凡な証言をするために。
視聴覚室は静かだった。
監査官アルシヴは端末を構えている。
明石コトハ(あかし・ことは)は、凡田一を見ている。
凡田は立っていた。
正直、逃げたい。
こういう場面は苦手だ。
発表も苦手。
目立つのも苦手。
宇宙情報管理局の監査官に証言するのは、当然もっと苦手だ。
でも、隣の席が空いていた朝を思い出した。
メロンパンを買ってしまった自分を思い出した。
おかえりと言った声を思い出した。
凡田は言った。
「コトハは、最初は本当に迷惑だった」
コトハがまばたきする。
ミーナが小声で言う。
「そこから?」
「そこからだろ」
凡田は続ける。
「パンをくわえて転校してきて、自己紹介で先生の過去を言いかけて、クラスメイトの秘密も全部知ってて、空気は読めないし、購買では作戦立てるし、黒板や宇宙まで巻き込むし」
アルシヴが入力する。
「迷惑行為一覧」
「一覧にするな」
凡田は一度息を吐いた。
「でも」
そこからが、本題だった。
「メロンパンを食べて泣いた」
コトハの目が少し開く。
「友達を作ろうとして失敗した」
ミーナが笑う。
「秘密を言わない練習をした」
白金が静かにうなずく。
「掃除当番で、わからなくても水をやるって覚えた」
鬼塚源蔵が教室の後ろで腕を組んでいる。
いつの間にか来ていた。
「宿題を自分でやって、わからないって言った」
桜庭先生が微笑む。
「小テストで六十四点を取って、悔しいって言った」
コトハの手が少し動いた。
「図書委員になって、隣に行くことも選べるって言った」
凡田は、自分でも思っていたより覚えていることに気づいた。
「体育祭で、宇宙戦争じゃなくて体育祭だって訂正した」
アルシヴの端末に、文字が増えていく。
「昼休みを、なんで楽しいのか説明できなくなった」
ミーナが小さく笑った。
「やりたいことリストに、放課後アイスを入れた」
コトハの目が揺れる。
凡田は、最後に言った。
「それ、全部、記録存在としては不安定なのかもしれない」
アルシヴは黙っている。
「でも、俺たちから見たら、普通に学校生活してるだけだ」
言葉は派手ではない。
宇宙を納得させる理屈でもない。
でも、凡田は続けた。
「帰ったら、その全部は記録として保存されるんだろ」
アルシヴが答える。
「はい」
「でも、コトハはいない」
「統合されます」
「いないんだろ」
アルシヴは答えなかった。
凡田はコトハを見た。
「隣の席が空く」
その一言だけで、コトハの目に涙が浮かんだ。
凡田は慌てて視線をそらす。
「いや、泣かせたいわけじゃなくて」
「涙腺反応」
アルシヴが小さく言う。
凡田は振り向いた。
「今それ言うな」
アルシヴは端末を見つめたまま、少しだけ言い直す。
「涙です」
教室が静かになる。
それは、アルシヴにしては大きな訂正だった。
凡田は続けた。
「コトハが残る価値を、俺はうまく説明できない」
ミーナが言う。
「凡田も言えないんじゃん」
「うるさい」
凡田は少し笑った。
「でも、いないと困る」
白金が目を伏せる。
不死川が鼻をすすった。
「困る!」
「お前は大声すぎる」
凡田はアルシヴを見た。
「宇宙にとって必要かは知らない。でも、この教室には必要だ」
アルシヴの端末が、静かに光る。
「教室単位の必要性」
「また硬いな」
「ですが、記録しました」
コトハが震える声で言った。
「凡田くん」
「何」
「私は」
今度は言葉が出た。
「帰りたくありません」
視聴覚室に、その言葉が落ちた。
大きくはない。
でも、はっきりしていた。
「私は、明日もここに来たいです」
アルシヴはコトハを見る。
「理由は」
コトハは少しだけ涙を拭いた。
「全部は説明できません」
凡田は小さく笑った。
コトハは続ける。
「でも、説明できないままでも、明日ここに来たいです」
アルシヴは長く沈黙した。
端末の光が何度も揺れる。
『帰還推奨』
『反証資料』
『現地体験者』
『教室単位の必要性』
『本人意思:残留希望』
アルシヴは顔を上げた。
「最終判断を保留します」
不死川が叫ぶ。
「勝ったのか!?」
白金がすぐに言う。
「まだです」
ミーナは息を吐く。
「でも、止まった」
アルシヴはコトハへ向き直る。
「明日、最終結果を通知します」
凡田は思わず言った。
「今じゃないのかよ」
「宇宙情報管理局の承認が必要です」
「最後まで役所」
コトハは、涙を拭きながら少しだけ笑った。
「明日」
凡田はうなずく。
「明日も学校来い」
「はい」
今度の返事は、前よりずっと強かった。
読んでくださってありがとうございます。
今回は、凡田の証言回でした。
派手な理屈ではなく、隣の席が空くと困るという、平凡な言葉が中心です。




