タイトル未定2026/06/05 17:42
反証資料は集まった。
白金の整理。
ミーナの歌。
不死川の勇気型。
鬼塚の花。
桜庭先生の言葉。
そして、凡田の証言はまだ残っている。
最終査定当日。
コトハは、全宇宙の言葉を知っている。
それなのに、自分が残りたい理由だけが、うまく言えなかった。
放課後の視聴覚室が、最終査定の会場になった。
机がコの字に並べられ、中央に明石コトハ(あかし・ことは)が座る。
監査官アルシヴは正面。
凡田一は、少し離れた席にいる。
白金歌音、星宮ミーナ、不死川勇気、桜庭レイコ先生も同席していた。
アルシヴが端末を開く。
「最終査定を開始します」
その声は、いつもより硬かった。
「提出された反証資料を確認しました」
白金が姿勢を正す。
ミーナは落ち着かない。
不死川はなぜか拳を握っている。
アルシヴは続ける。
「明石コトハは、現地生活において複数の変化を示しました」
コトハは静かに聞く。
「秘密保持。誤答後修正。現地名称の受容。非効率な安定への反応。現地体験者としての記録訂正」
凡田は思う。
硬い。
でも、ちゃんと見ている。
アルシヴは端末を操作した。
空中に文字が浮かぶ。
『最終査定案』
『帰還推奨、維持』
教室の空気が落ちた。
ミーナが立ち上がりかける。
白金が手で制した。
アルシヴは言う。
「理由。明石コトハの現地残留は、記録存在としての安定性をさらに低下させる可能性が高い」
「また安定性かよ」
凡田が小さく言う。
アルシヴは聞こえていた。
「安定性は重要です」
「人間はだいたい不安定だ」
「明石コトハは人間ではありません」
その言葉が、また刺さる。
コトハは顔を上げた。
「アルシヴ」
「はい」
「私は、残留を希望します」
視聴覚室が静かになる。
アルシヴはコトハを見る。
「理由を提示してください」
コトハは口を開いた。
「理由は」
言葉が止まる。
全宇宙の言語。
古代文明の記述。
失われた星の詩。
数学式。
法的文書。
謝罪文。
恋文。
すべて知っている。
なのに、今ここで使える言葉が見つからない。
「私は」
コトハの指が震えた。
「メロンパンが」
それだけでは足りない。
「昼休みが」
それでも足りない。
「隣の席が」
声が小さくなる。
アルシヴは待っている。
白金も、ミーナも、不死川も、桜庭先生も待っている。
凡田は、立ち上がりそうになって、まだ座っていた。
コトハは必死に言葉を探す。
「記録として保存されるだけでは」
そこで、また止まる。
涙は出ていない。
でも、泣きそうな顔だった。
全知だった存在が、言葉を失っている。
アルシヴが静かに言う。
「理由提示不能」
コトハは目を伏せる。
「はい」
その一言が、重かった。
不死川が立ち上がった。
「待て! 言えないと負けなのか!?」
アルシヴは答える。
「査定では、理由提示が必要です」
ミーナが言う。
「言えないけど本当って、あるじゃん」
「監査上は扱いにくい情報です」
白金が唇を噛む。
「扱いにくいから切り捨てるのですか」
アルシヴは沈黙する。
桜庭先生が静かに言った。
「明石さん」
コトハは先生を見る。
「言葉が出ないことも、答えの途中です」
コトハの目が少し揺れた。
凡田は、そこで立ち上がった。
椅子が小さく鳴る。
全員が見る。
凡田は自分でも驚いていた。
何を言うか、決めていなかった。
でも、座っていられなかった。
アルシヴが言う。
「凡田一。発言しますか」
「する」
「証言として扱います」
「勝手に扱え」
コトハが凡田を見る。
「凡田くん」
凡田は、少しだけ息を吸った。
「言えないなら、俺が言う」
その声は、平凡だった。
でも、視聴覚室の空気を変えるには十分だった。
読んでくださってありがとうございます。
今回は、コトハが言葉を失う回でした。
全知でも、自分の本当の理由だけはすぐに説明できない。
次回は、凡田の証言です。




