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「となりの席のアカシックレコード〜全知全能だけど、空気だけは読めません〜」  作者: 源三郎


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第25章 コトハがいない朝

アルシヴの中間判断は、帰還推奨だった。


最終査定まで、三日。


反証資料を集めることはできる。


けれどその前に、コトハは一日だけ、監査用の個別確認を受けることになった。


つまり。


隣の席が、空く。


翌朝。


凡田一ぼんだ・はじめは、いつも通り教室に入った。


いつも通り、窓際の後ろから二番目の席へ向かう。


いつも通り、自分の席に鞄を置く。


そして、いつも通りではないものを見た。


隣の席が、空いている。


明石コトハ(あかし・ことは)の席。


机の上には何もない。


不明事項記録帳もない。


メロンパンの袋もない。


変な予測を書いた紙もない。


ただの机だった。


凡田は、自分の席に座る。


「静かだな」


自分で言って、少し嫌になった。


静か。


前は、それが普通だった。


コトハが来る前の朝は、だいたいこうだった。


誰にも宇宙規模で巻き込まれない。


黒板もしゃべらない。


購買列も銀河標準時にならない。


隣から「凡田くん」と呼ばれない。


それは、とても平凡で。


思っていたより、落ち着かなかった。


星宮ミーナ(ほしみや・みーな)が教室に入ってきた。


「おはよ……あれ、コトハは?」


白金歌音しろがね・かのんが答える。


「今日は監査官アルシヴ様による個別確認です。午前中は別室です」


ミーナはコトハの席を見る。


「ふうん」


それだけ言って、自分の席へ向かった。


けれど、いつもより少し静かだった。


不死川勇気ふじかわ・ゆうきが入ってくる。


「おはよう!」


声はいつも通り大きい。


でも、すぐに隣の空席に気づいた。


「明石は?」


「別室」


「そうか!」


不死川はうなずいた。


「じゃあ、今日の俺の勇気型回答は誰が記録するんだ?」


「記録されたいのか」


「されると強そうだろ」


凡田は少しだけ笑った。


でも、すぐに笑いが消えた。


桜庭レイコ先生が入ってくる。


「ホームルームを始めます。明石さんは午前中、別室で監査確認です」


教室が少しだけざわつく。


昨日の帰還推奨の話を、全員が知っているわけではない。


でも、何かが起きていることは伝わっている。


桜庭先生は続けた。


「今日も授業は通常通りです」


通常通り。


その言葉が、やけに広く聞こえた。


一時間目。


現代文。


先生が本文を読む。


作者の心情を考える。


黒板は何も言わない。


コトハも何も言わない。


凡田はノートを取る。


普通の授業だった。


普通すぎて、どこか足りない。


二時間目。


数学。


プリントに余計な宇宙注釈は出ない。


不死川の途中式に「たぶんいける」と書いてあるのを、白金が無言で赤ペン修正する。


コトハなら、ここで「勇気型」と記録したかもしれない。


凡田は思わず隣を見た。


空席。


「……いないんだよな」


小さく言ったつもりだった。


ミーナが後ろから聞いていた。


「寂しい?」


凡田は振り向く。


「別に」


「出た。別に」


「うるさい」


ミーナは少しだけ笑った。


「コトハが来る前は、これが普通だったんでしょ」


「そうだよ」


「戻れてよかったじゃん」


凡田は返事をしなかった。


よかった。


そう言えたら、楽だった。


でも、言えなかった。


昼休み。


凡田は購買へ行った。


列は普通に動いている。


誰も銀河標準時を持ち出さない。


メロンパンは、まだ残っていた。


凡田は一つ買った。


自分で食べるつもりはなかった。


買ってから、気づいた。


「何してんだ、俺」


購買のおばちゃんが言った。


「明石ちゃんの分?」


凡田は固まる。


「いや」


「違うの?」


「……たぶん」


おばちゃんは笑って、袋に入れてくれた。


「じゃあ、たぶんの分ね」


凡田はメロンパンを持って教室に戻った。


隣の席は、まだ空いている。


机の上に置くか迷って、結局、自分の机の中に入れた。


白金が見ていた。


「凡田さん」


「何」


「反証資料として、その行動は有効かもしれません」


「やめろ。証拠にするな」


「ですが、変化の証明です」


凡田は机の中のメロンパンを見た。


変化。


そんな大げさなものではない。


ただ、隣が空いていて。


メロンパンが残っていて。


買っただけだ。


それだけなのに、前の自分なら絶対にしなかった。


放課後前。


教室の扉が開いた。


コトハが戻ってきた。


アルシヴも一緒だった。


教室の空気が少し動く。


コトハは自分の席へ戻る。


凡田の隣。


いつもの場所。


「戻りました」


凡田は、なるべく普通に言った。


「おかえり」


コトハは一瞬だけ止まった。


「おかえり」


「そう」


「帰還ではなく?」


「教室に戻っただけだろ」


コトハは、少しだけ笑った。


「はい。ただいま」


凡田は机の中からメロンパンを出した。


「これ」


コトハの目が、少し丸くなる。


「メロンパン」


「余ってた」


「余っていたものを、私の机ではなく凡田くんの机に保管していたのですか」


「細かく分析するな」


ミーナがにやにやしている。


白金は何かメモを取っている。


不死川はよくわからないまま拍手した。


アルシヴは端末を見た。


「行動記録。凡田一、明石コトハ不在時にメロンパンを購入」


凡田は叫んだ。


「記録するな!」


アルシヴは無表情で答える。


「反証資料候補です」


コトハはメロンパンを両手で受け取った。


「ありがとうございます」


「別に」


「別に、ではありません」


コトハは言った。


「これは、隣の席が空いていた記録です」


凡田は視線をそらした。


空いていた席。


戻ってきた声。


おかえりと、ただいま。


それだけで、朝より少し息がしやすくなった。


アルシヴは端末にもう一行入力した。


『平凡個体にも変化を確認』


凡田は小さく言った。


「その呼び方もやめろ」


でも、否定はしなかった。


読んでくださってありがとうございます。


今回は、コトハがいない朝の話でした。


何も起きない普通の一日が、前と同じには戻らない。

凡田側の変化が、少しだけ形になりました。

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