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「となりの席のアカシックレコード〜全知全能だけど、空気だけは読めません〜」  作者: 源三郎


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第26章 消える前にやりたいことリスト

帰還推奨。


その言葉は、教室に静かに残った。


コトハはまだ、帰りたいのか残りたいのかわからない。


だから彼女は、いつものように記録帳を開いた。


ただし今回書いたのは、宇宙の記録ではない。


学校生活で、まだやりたいこと。


とても小さなリストだった。


翌日の朝。


明石コトハ(あかし・ことは)は、いつもより早く教室に来ていた。


凡田一ぼんだ・はじめが入ってくると、彼女は不明事項記録帳を開いている。


「おはよう」


「おはようございます」


返事は普通だった。


けれど、机の上に置かれたページは普通ではなかった。


『帰還前に実施したい項目』


凡田は足を止めた。


「タイトルが重い」


コトハはまばたきする。


「不適切ですか」


「朝イチで見るには、ちょっと胃にくる」


コトハは少し考え、上から線を引いた。


『やりたいことリスト』


「軽くなりました」


「だいぶ」


凡田は隣に座る。


リストには、すでにいくつか項目が書かれていた。


一、放課後にアイスを食べる。

二、友達に自分からおはようと言う。

三、宿題を自分で終わらせる。

四、購買で迷ってから買う。

五、図書室で本を借りる。

六、凡田くんに、わからないことを聞く。


凡田は最後の項目で止まった。


「六番、今まで散々やってるだろ」


「はい」


「じゃあリストに入れるほどか?」


「入れます」


コトハは真面目な顔だった。


「わからないことを聞けるのは、今の私の機能ではなく、生活です」


凡田は言葉に詰まった。


星宮ミーナ(ほしみや・みーな)が教室に入ってきた。


「おはよー……何してんの?」


コトハは少し姿勢を正す。


「おはようございます、星宮さん」


ミーナは目を丸くした。


「お、おはよう」


コトハはリストに丸をつける。


『二、友達に自分からおはようと言う』


「実施完了」


ミーナは一瞬だけ照れた。


「そういう実施完了、面と向かって言われると照れるね」


白金歌音しろがね・かのんが続いて入ってくる。


「おはようございます」


「おはようございます、白金さん」


「おはようございます、明石さん」


コトハはまた丸をつけた。


「複数実施」


白金はリストを見る。


表情が少しだけ柔らかくなった。


「よいリストだと思います」


「帰還前行動計画です」


「その表現は重いです」


「やりたいことリストです」


「はい。それでお願いします」


不死川勇気ふじかわ・ゆうきが元気よく飛び込んできた。


「おはよう!」


「おはようございます、不死川さん」


「おう! 今日も勇気型でいくぞ!」


コトハは丸をつけようとして止まった。


「勇気型への返答は、項目外です」


「増やせばいい!」


「増やします」


七、不死川さんの勇気型を一度だけ肯定する。


凡田が即座に言う。


「一度だけなのか」


「安全のためです」


不死川は胸を張った。


「一度で十分だ!」


「そういうところだぞ」


昼休み。


コトハは購買に行った。


目的は四番。


購買で迷ってから買う。


凡田は隣についていた。


「メロンパンでいいだろ」


「今日は迷います」


「迷うことを目的にするな」


購買には、メロンパン、焼きそばパン、クリームパン、コロッケパンが並んでいる。


コトハは真剣に見る。


「全知だった頃なら、最適解を即時に選択しました」


「メロンパンだろ」


「はい」


「今もほぼ即答じゃないか」


「しかし、クリームパンの可能性を検討しています」


購買のおばちゃんがにこにこしている。


「今日は迷ってるねえ」


「はい。迷う練習です」


「じゃあ、ゆっくり迷いな」


後ろの生徒が少しざわつく。


白金が列を整理する。


「明石さん、迷い時間は一分以内でお願いします」


「迷いにも制限があります」


「購買ですので」


コトハは最後に、メロンパンとクリームパンを見比べた。


そして言った。


「メロンパンにします」


凡田は笑う。


「結局」


「はい。でも、迷ってから選びました」


それは、前と同じ選択だった。


けれど、同じではなかった。


放課後。


コトハは宿題を自分で終わらせようとしていた。


凡田は隣で、聞かれるまで何も言わないことにした。


五分。


十分。


十五分。


コトハは鉛筆を止めた。


「凡田くん」


「何」


「ここが、わかりません」


「うん」


凡田はノートをのぞきこむ。


「ここ、符号が逆」


「また場所を変えた結果、性質の把握に失敗しました」


「まだ席替えを引きずるな」


コトハは小さく笑った。


リストの六番に丸をつける。


『凡田くんに、わからないことを聞く』


「実施完了」


凡田は言った。


「そんなに大事か、それ」


「はい」


コトハは鉛筆を置いた。


「わからないと言える場所は、少ないです」


凡田は黙った。


帰還すれば、コトハはまた大きな記録へ戻るのかもしれない。


すべてを知っているものとして。


わからない、と言わなくていい場所へ。


でも今、彼女は隣でわからないと言っている。


そして凡田は、それに答えている。


放課後の帰り道。


コトハはコンビニの前でアイスを買った。


バニラのカップアイス。


凡田は棒アイス。


二人は店の前の小さな段差に並んで座った。


「リスト、一番」


コトハはアイスを持ち上げる。


「放課後にアイスを食べる」


「達成だな」


「はい」


夕方の風が、少し冷たい。


アイスは甘い。


メロンパンより冷たい。


でも、これはこれで悪くない。


コトハはスプーンを止めた。


「凡田くん」


「何」


「やりたいことは、小さいです」


「そうだな」


「でも、なくなるかもしれないと思うと、小さくありません」


凡田は棒アイスをかじった。


返事に少し迷った。


「じゃあ、明日も増やせばいい」


「リストを?」


「うん」


「帰還前に?」


「帰還前じゃなくて」


凡田は、わざと軽く言った。


「明日用に」


コトハはしばらく凡田を見た。


そして、記録帳に新しい項目を書いた。


八、明日用のリストを作る。


その文字は、少しだけ未来に向いていた。


読んでくださってありがとうございます。


今回は、コトハのやりたいことリストの話でした。


大きな願いではなく、小さな日常をひとつずつ選ぶ回です。

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