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「となりの席のアカシックレコード〜全知全能だけど、空気だけは読めません〜」  作者: 源三郎


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第19章 騎馬戦本番は惑星間戦争ではありません

応援合戦は、どうにか外交交渉にならずに済んだ。


青蘭高校は、まだ学校である。


体育祭は、まだ体育祭である。


けれど応援旗には、こう浮かんでいた。


『明日、騎乗型陣形最終照合』


つまり、騎馬戦本番。


凡田一にとっては、ただの土台の日。


宇宙にとっては、なぜか歴史的再照合の日だった。


体育祭当日。


青蘭高校の校庭は、朝から騒がしかった。


テント。

得点板。

入場門。

保護者席。

購買から漂う焼きそばの匂い。


どこを見ても、完全に体育祭である。


ただし、空に薄い円形の光が浮かんでいる。


凡田一ぼんだ・はじめは、それを見上げて言った。


「完全に体育祭じゃない部分が一個ある」


明石コトハ(あかし・ことは)は隣で不明事項記録帳を抱えていた。


「観測窓です」


「窓を閉めろ」


「閉め方を検索しています」


「検索できないんだったな」


「はい。今は、体験で対応します」


「体験で宇宙窓を閉めるな」


白金歌音しろがね・かのんは赤組と白組の進行表を確認している。


「騎馬戦は午後一番です。それまで大きな異常が起きないよう、各自普通に過ごしてください」


不死川勇気ふじかわ・ゆうきは鉢巻きを締め直した。


「普通に全力でいく!」


「その普通が危険」


星宮ミーナ(ほしみや・みーな)は応援席でマイクを調整していた。


「今日は無理なく燃える歌、二番まで作った」


「需要が特殊」


桜庭レイコ先生は校庭の端で、空の光を見ていた。


「明石さん」


「はい」


「今日の目標は、勝利ではありません」


コトハは先生を見る。


「宇宙誤接続の停止ですか」


「それもあります」


桜庭先生は少しだけ笑った。


「でもまず、怪我なく体育祭を終えることです」


その言葉は、先生らしかった。


コトハはうなずく。


「体育祭は、戦争ではありません」


凡田が即座に言う。


「そう、それを今日は最後まで言い続けよう」


午前中の競技は、どうにか普通に進んだ。


五十メートル走では、不死川が勢い余ってゴールテープを持った生徒ごと三歩進んだ。


「ゴールが逃げた!」


「お前が押したんだ」


玉入れでは、ミーナが玉を投げるたびに、空の観測窓が反応した。


『小型投射体、多数』


「玉入れをミサイル扱いするな」


白金は得点板の前で、光の注釈を一つずつ消している。


『赤組優勢』


『白組反撃準備』


『地上側士気変動』


「得点板に余計な実況を入れないでください」


購買のおばちゃんは、空を見上げながら焼きそばを混ぜていた。


「今日は天気が変だねえ」


「天気で済ませてくれるのありがたい」


そして、午後。


騎馬戦の時間が来た。


赤組と白組の騎馬が校庭に並ぶ。


凡田は土台の中央に入った。


上には不死川。


左右にはクラスメイト。


コトハは記録係として、校庭の端に立っている。


本来なら、騎馬戦は単純な競技だ。


相手の鉢巻きを取る。


取られたら負け。


倒れない。


押しすぎない。


先生の笛を聞く。


それだけでいい。


しかし空の観測窓は、今までで一番強く光っていた。


『騎乗型陣形最終照合』

『第七外縁戦役再現率:十二・六パーセント』


凡田は空をにらむ。


「十二パーでもうるさいな」


コトハは記録帳を押さえる。


「再現率が上がっています」


「下げろ」


「方法は」


「体育祭としてやる」


凡田は不死川を見上げた。


「おい、不死川」


「なんだ!」


「戦争するなよ」


「わかった! 体育祭する!」


「それでいい」


不死川は満面の笑みで言った。


「じゃあ相手の鉢巻きを取る!」


「それは合ってる」


笛が鳴った。


騎馬が動く。


赤と白がぶつかる。


歓声が上がる。


空の光が強まる。


『地上側交戦開始』


「交戦じゃない!」


凡田は叫びながら足を踏ん張った。


不死川が前のめりになる。


「右! 右行くぞ!」


「上が急に言うな!」


「左もいる!」


「情報量を整理しろ!」


コトハは校庭の端で記録帳を握りしめていた。


彼女の目には、二つの風景が重なっている。


青蘭高校の校庭。


そして、古い宇宙戦役の記録。


古い記録のほうは、整っていた。


勝利条件。


損耗率。


陣形。


撤退線。


どの騎馬がどこへ進めば、何秒後にどちらが勝つか。


すべてが、わかりやすい。


わかりやすいぶん、怖かった。


青蘭高校の校庭は、もっとぐちゃぐちゃだった。


不死川は叫びすぎている。


凡田は土台で文句を言っている。


ミーナの応援は少し音程が揺れている。


白金は得点板と空の注釈を同時ににらんでいる。


桜庭先生の笛は、記録にはないタイミングで鳴る。


でも、コトハは知っている。


今、自分が守りたいのは、整ったほうではない。


でも、前よりはっきり違いが見えた。


ここには、誰かを滅ぼす目的はない。


勝っても、明日また同じ教室に来る。


負けても、購買でパンを買う。


転んだら、先生が笛を吹く。


「違います」


コトハは小さく言った。


記録帳の光が揺れる。


『再照合継続』


「違います」


今度は、少し強く。


「これは第七外縁戦役ではありません」


空の観測窓がざわめく。


凡田の騎馬が、相手の騎馬と正面からぶつかりかけた。


凡田は叫ぶ。


「止まれ! 止まってから取れ!」


「止まるのか!?」


「倒れたら終わりだろ!」


不死川は一瞬だけ驚き、そして笑った。


「了解!」


凡田たちの騎馬は、相手の直前で踏みとどまった。


その間に、不死川が腕を伸ばす。


相手も腕を伸ばす。


二本の手が、ほとんど同時に鉢巻きへ届いた。


歓声。


砂ぼこり。


笛の音。


空の光。


コトハの記録帳に、文字が走る。


『再現率:十八・九パーセント』


「上がっています」


白金が叫んだ。


「明石さん、記録を訂正してください!」


「訂正」


「これは戦争ではなく、体育祭です!」


ミーナの声がマイクから響く。


「赤も白も、終わったら同じ校門から帰るよ!」


桜庭先生の笛が鳴る。


「危ない動きは禁止! 騎馬を保って!」


不死川が叫ぶ。


「体育祭だー!」


凡田も叫ぶ。


「体育祭だって言ってんだろ!」


その声に、コトハは顔を上げた。


凡田の声。


ミーナの歌。


白金の訂正。


桜庭先生の笛。


不死川の全力。


それぞれの声が、戦争の記録に上書きされていく。


コトハは不明事項記録帳を開いた。


『第七外縁戦役』


その下に、震える手で書く。


『青蘭高校体育祭』


さらに一行。


『同一ではありません』


文字を書いた瞬間、記録帳の奥から強い光が押し返してきた。


『訂正権限を確認できません』


コトハの指が止まる。


訂正権限。


かつての彼女なら、必要なかった言葉だ。


すべてを記録する側だった。


記録の外から、ただ世界を見ていた。


しかし今の彼女は、校庭に立っている。


砂ぼこりを吸っている。


声援を聞いている。


凡田が土台で踏ん張っているのを見ている。


コトハは、もう一行を書いた。


『現地体験者として訂正します』


光が大きく揺れた。


『現地体験者』


その文字が、記録帳の中で何度も点滅する。


コトハは息を吸った。


「私は、ここで見ています」


凡田の声が飛ぶ。


「見てるだけじゃなくて、言え!」


コトハは顔を上げる。


「はい」


空の観測窓が、大きく揺れた。


『照合矛盾』


凡田たちの騎馬が、最後の一歩を踏み出す。


不死川の指が、相手の鉢巻きをつかむ。


同時に、相手の手も不死川の鉢巻きにかかった。


どちらが先か。


誰もわからない。


笛が鳴る。


空の光が、校庭全体を白く染めた。


コトハは叫んだ。


「これは、体育祭です!」


その声は、校庭に響いた。


そして、宇宙情報管理局の古い記録が、初めて迷った。


読んでくださってありがとうございます。


今回は、騎馬戦本番の話でした。


体育祭と宇宙戦争が重なりかける中で、コトハは初めて自分の手で記録を訂正しようとします。

決着はまだ途中です。


次回、日常へ戻れるかどうかの回になります。

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