第18章 応援合戦は外交交渉ではありません
青蘭高校は、臨時観測点として登録された。
解除申請は審査中。
体育祭本番は明日。
そして応援旗には、なぜか星図が浮かんでいる。
応援とは、味方を励ますものだ。
少なくとも、他文明との外交交渉ではない。
そのはずだった。
体育祭前日の放課後。
校庭では、赤組と白組の応援練習が行われていた。
太鼓。
旗。
声出し。
手拍子。
青蘭高校らしい、少し騒がしくて、少し雑で、かなり熱い準備風景である。
凡田一は、騎馬戦の土台練習から逃げるように応援席へ来ていた。
しかし、逃げ場はなかった。
明石コトハ(あかし・ことは)が応援旗を見つめている。
旗には、昨日から星図のような光が走っていた。
「凡田くん」
「言うな」
「応援旗が、外交信号として解釈されています」
「言うなって言った」
コトハの不明事項記録帳には、光の文字が浮かぶ。
『地上側感情波形』
『陣営別声援信号』
『外交意図解析中』
凡田は旗を見た。
赤組の応援団が叫ぶ。
「燃えろ赤組ー!」
光の文字が出る。
『燃焼要求を確認』
「確認するな」
白組の応援団が返す。
「白組、絶対勝つぞー!」
『絶対勝利宣言を確認』
「外交として最悪だろ」
白金歌音は、応援台本を抱えて青ざめていた。
「このままでは、ただの応援文句が宣戦布告に見えます」
星宮ミーナ(ほしみや・みーな)が手を挙げる。
「じゃあ、もっと平和的なコールにしよう」
「例えば?」
ミーナは少し考えた。
「今日もみんなで、ほどほどにがんばろう」
不死川勇気が叫ぶ。
「燃えない!」
「燃やすと外交が荒れるんだよ」
コトハが真剣に言う。
「応援とは、味方の内面温度を上げる儀式です」
「言い方」
「しかし外部観測者には、攻撃意思に見える可能性があります」
白金はすぐにノートへ書いた。
『応援文言修正案』
一、燃えろは禁止。
二、倒せは禁止。
三、ぶっちぎれは禁止。
四、勝つぞは要注意。
凡田はのぞきこんだ。
「体育祭の応援、ほぼ消えるぞ」
ミーナがリズムを取りながら言う。
「赤組、合意形成ー」
「応援じゃなくて会議」
不死川も続く。
「白組、議事録ー!」
「勝負する気がなくなった」
そのとき、応援旗の星図が強く光った。
校庭の上空に、薄い光の円が浮かぶ。
そこから、聞いたことのない電子音のような声が流れた。
『地上側外交信号を受信』
校庭が静かになった。
凡田は空を見上げる。
「受信するな」
コトハは記録帳を押さえた。
「第七外縁戦役の周辺文明が、応援を和平交渉または宣戦布告として解釈しています」
「どっちだよ」
「文脈により変化します」
「一番困るやつ」
桜庭レイコ先生が校庭に出てきた。
「全員、落ち着いて。体育祭の応援は、地球内の学校行事です」
『地球内学校行事:照会中』
先生は空へ向かって言った。
「照会しなくて大丈夫です」
『根拠を提示してください』
桜庭先生の目が一瞬だけ元魔法戦士のそれになった。
「根拠は、私が担任だからです」
光の円が少し揺らいだ。
凡田は小声で言う。
「先生の担任権限、宇宙に効いてる」
「効かせます」
ミーナはマイクを手に取った。
「ちょっと歌っていい?」
白金が身構える。
「星宮さん、今は刺激を」
「大丈夫。地下で鍛えた平和営業」
ミーナは深呼吸し、応援マイクに向かって歌い始めた。
勝ちたい。
でも、怪我はしない。
負けたら悔しい。
でも、終わったらパンを食べる。
赤も白も、明日も同じ学校に来る。
歌というより、ほとんど体育祭の注意事項だった。
しかし、不思議と耳に残る。
不死川がうなずいた。
「燃える! でも燃えすぎない!」
「初めてちょうどいい」
空の光に文字が浮かぶ。
『敵対意思、低下』
白金が目を見開く。
「効いています」
コトハはミーナを見た。
「統計上、歌は多文明間の緊張緩和に」
凡田が止める。
「データにしないで、今は褒めろ」
コトハは少し迷ってから言った。
「星宮さんの歌は、応援でした」
ミーナはにやりと笑う。
「でしょ」
凡田はその言い方に少しだけ安心した。
コトハが、正解の理由ではなく、目の前の行為を見ている。
応援は外交ではない。
でも、誰かの声で場が変わることはある。
そのあと、白金は応援文言を調整した。
赤組。
「いけるぞ赤組、転ばず進め」
白組。
「白組、無理なく勝とう」
凡田は頭を抱えた。
「老人会みたいな応援になった」
不死川は全力で叫ぶ。
「無理なく勝つぞー!」
『健全な競争意思を確認』
「宇宙には好評だ」
「それでいいのか体育祭」
ところが、好評だったせいで、空の光が勝手に応援文言を翻訳し始めた。
赤組の旗の上に文字が浮かぶ。
『貴陣営の健全な発展を祈念しつつ、可能な範囲で勝利を希望します』
白組の旗にも浮かぶ。
『無理のない競争関係を維持しながら、当方の優位性を控えめに主張します』
凡田はしばらく読んだ。
「体育祭の応援が、取引先メールになった」
ミーナがマイクを握る。
「赤組ー、平素よりお世話になっておりますー」
「歌うな」
不死川が拳を上げた。
「白組ー、今後ともよろしくお願いしますー!」
「競技前の挨拶としては丁寧すぎる」
白金は真剣にメモを取った。
「ただ、宣戦布告よりは安全です」
「安全だけど燃えない」
『燃焼要求、再検出』
「燃えないって言っただけで拾うな!」
コトハは応援旗を見上げた。
「応援の難易度が上昇しています」
「普通にがんばれって言えばいいんだよ」
「普通にがんばれ」
空に文字が出る。
『通常努力要請』
凡田は頭を抱えた。
「宇宙、全部事務的にするな」
ミーナは少し笑って、マイクに口を近づけた。
「じゃあ、翻訳されても残るやつにしよう」
短く息を吸う。
「赤も白も、今日ここにいる」
空の翻訳文字が、一瞬だけ止まった。
ミーナは続ける。
「走る人も、投げる人も、支える人も、応援する人も、終わったら同じ夕方を見る」
校庭が少し静かになった。
不死川も、白金も、凡田も、声を出さずに聞いた。
『意味変換不能』
光の文字が揺れる。
『地上側情緒として保留』
凡田は小さく言った。
「翻訳できない応援もあるらしい」
コトハはうなずいた。
「はい。よい保留です」
コトハは記録帳に書いた。
『応援は、命令ではありません』
『応援は、相手を燃やすことではなく、隣の人の足を少し前へ出すことです』
凡田はその文字を見て言った。
「いいこと書いてるけど、隣の人の足を勝手に出すなよ」
「はい。本人の意思を確認します」
白金が満足そうにうなずく。
「第14章の復習ですね」
「章とか言うな」
夕方。
応援旗の星図は少し薄くなった。
しかし完全には消えない。
代わりに、旗の中央に新しい文字が浮かぶ。
『明日、騎乗型陣形最終照合』
凡田はそれを読んで、顔をしかめた。
「明日って」
コトハはうなずく。
「騎馬戦本番です」
不死川が拳を握る。
「よし! 無理なく燃えるぞ!」
「混ざってる」
ミーナはマイクを片づけながら言った。
「明日、何か起きそうだね」
白金が冷静に答える。
「起きないようにします」
桜庭先生は空を見上げた。
「全員、今日は早く帰って休んでください」
凡田はコトハを見る。
「明日、普通にやるぞ」
「はい」
コトハは少しだけ緊張した顔で答えた。
「普通に、騎馬戦をします」
空の光は、その言葉に反応するように一度だけまたたいた。
読んでくださってありがとうございます。
今回は、応援合戦が外交信号に誤認される話でした。
ミーナの歌、白金の調整、不死川の全力。
それぞれの普通ではない応援が、少しだけ宇宙の誤解を弱めました。
次回は、いよいよ騎馬戦本番です。




