第15章 体育祭の種目は選べません
委員会は、自分で選べた。
明石コトハは図書委員を選び、凡田一もなぜか巻き込まれるように図書委員になった。
役割は、見出しだけで決めない。
押しつけず、本文を見て、自分で選ぶ。
そう学んだばかりだった。
しかし学校生活には、自分で選べる役割ばかりではない。
体育祭の種目決め。
そこでは時々、空気と多数決と欠席者の都合が、人の運命を決める。
ホームルームの黒板に、白金歌音が大きく書いた。
『体育祭 種目決め』
凡田一は、その文字を見て静かに目を閉じた。
来た。
高校生活における、避けようとしても避けきれない行事。
運動が得意な者は輝き、苦手な者は目立たない種目を探し、普通の者はだいたい人数合わせになる。
凡田は、普通の者だった。
だから、人数合わせになる予感がした。
不死川勇気は朝から立ち上がっている。
「騎馬戦! リレー! 棒引き! 全部出たい!」
「体は一つだぞ」
「気持ちは三つある!」
星宮ミーナは机に突っ伏している。
「私は玉入れ希望。できれば後方支援」
白金が名簿を持って言う。
「後方支援という種目はありません」
「じゃあ心で応援」
「それも種目ではありません」
明石コトハは、不明事項記録帳を開いている。
『体育祭』
『役割選択可能性』
凡田は横目で見た。
「嫌な予感しかしない」
「委員会は選択できました」
「できたな」
「体育祭の種目も、自分で選べますか」
「一応希望は出せる」
「一応」
「人数とかバランスとかあるから、全部は通らない」
コトハは真剣な顔で黒板を見る。
「つまり、個人の希望と集団の必要が衝突します」
「体育祭の種目決めを社会問題にするな」
白金が進行する。
「まず、リレー希望者」
不死川が両手を挙げた。
数名の運動部も手を挙げる。
すぐに枠が埋まる。
「次に、玉入れ」
ミーナがゆっくり手を挙げる。
「平和そう」
「平和な種目とは限りません」
コトハが真顔で言った。
「大量の球体を敵陣上方へ投入する競技です」
「戦争に寄せるな」
「騎馬戦」
白金が言った瞬間、教室の空気が変わった。
男子の一部が盛り上がる。
運動が苦手な者は、目をそらす。
不死川は当然のように手を挙げている。
「騎馬戦は、四人一組の移動式戦闘単位です」
コトハが言った。
凡田は即座に言う。
「だから戦闘単位って言うな」
「上部個体がはちまきを奪取し、下部三個体が機動力と安定性を担保します」
「説明が怖い」
白金が名簿を見る。
「騎馬戦、あと一名足りません」
凡田は視線を机に落とした。
委員会決めのときと同じだ。
視線を消す。
しかし、今回は不死川が叫んだ。
「凡田! 一緒に騎馬やろうぜ!」
「絶対嫌だ」
「普通の安定感が必要なんだ!」
「俺を土台扱いするな」
コトハが凡田を見る。
「普通の安定感」
「そこ拾うな」
「騎馬戦において、君の平均的体格、平均的筋力、平均的危機回避能力は、土台として高い汎用性を」
「やめろ。平均を資材みたいに言うな」
白金が困ったように言う。
「凡田くん、無理にとは言いません。ただ、人数が」
ミーナが小声で言う。
「委員会は選べたけど、体育祭は空気もあるよね」
凡田はため息をついた。
確かに、ここで断ってもいい。
選ぶ権利はある。
でも、誰かがやる必要もある。
役割は押しつけるものではない。
けれど、全部を避け続けることも、たぶん少し違う。
凡田はゆっくり手を挙げた。
「……土台なら」
不死川が叫ぶ。
「よっしゃ!」
「喜びすぎるな」
コトハは不明事項記録帳に書いた。
『選択には、希望以外の要素が混入します』
「混入って言うな」
種目決めが終わった放課後、校庭では騎馬戦の練習が始まった。
不死川が上。
凡田、男子二人が土台。
そしてなぜか、コトハが横で記録係をしている。
「何でいるんだ」
「図書委員として、記録の分類能力を活用します」
「図書委員は体育祭の記録係じゃない」
「役割は、本文を見て拡張できます」
「変な応用するな」
不死川が上で拳を上げる。
「行くぞ、凡田騎馬!」
「俺の名前を騎馬につけるな」
練習は、想像以上に騒がしかった。
不死川は前しか見ない。
土台の二人は左右で意見が割れる。
凡田は真ん中で必死にバランスを取る。
一回目の突進で、騎馬は三歩進んで横にずれた。
二回目の突進で、なぜか校庭の白線をまたいで隣の練習区域に入った。
三回目の突進で、不死川が上から叫んだ。
「敵はどこだ!」
凡田は土台の真ん中で叫び返した。
「まだ練習だから敵はいない!」
「じゃあ俺たちは何と戦ってるんだ!」
「バランスだよ!」
校庭の端で、ミーナが玉入れのかごを見上げていた。
「あれ、思ったより高い。後方支援じゃなかった」
白金は種目表を抱え、人数の調整に追われている。
「星宮さん、玉を投げる意思を持ってください」
「意思はある。筋力が相談中」
不死川の騎馬がふらつくたび、周囲の生徒が笑い、少しだけ距離を取る。
それでも誰も本気で危ないとは思っていない。
青蘭高校の体育祭練習は、昔の漫画みたいに騒がしく、けれどなぜか大けがはしない。
コトハは真顔で言う。
「凡田くんの平凡な修正力により、移動式戦闘単位は崩壊を回避しています」
「実況するな」
「これは、委員会とは違います」
「何が」
「自分だけの希望では成立しません」
凡田は、不死川の重さに耐えながら言った。
「まあ、見ればわかるだろ」
「はい」
「右! 右行くぞ!」
不死川が叫ぶ。
土台の一人が左へ行こうとする。
凡田が悲鳴を上げる。
「話し合え! 上と下で民主主義しろ!」
その瞬間だった。
コトハの不明事項記録帳が、ぱらぱらと勝手にめくれた。
風はない。
ページの上に、薄い光の線が走る。
コトハの表情が変わった。
「待ってください」
「待てない! 今、騎馬が割れる!」
「この配置」
コトハは、校庭を見た。
赤組と白組。
はちまき。
騎馬。
声援。
移動する集団。
彼女の目に、何か別の記録が重なった。
「惑星間戦争の縮小再現に、構造が近すぎます」
凡田は叫んだ。
「近づけるな! ただの体育祭だ!」
だが、校庭の砂が一瞬だけ光った。
誰も気づかないほど、ほんの一瞬。
コトハだけが、その光を見た。
不明事項記録帳の端に、知らないはずの文字が浮かぶ。
『第七外縁戦役』
『騎乗型陣形記録』
『再照合開始』
コトハは息を止めた。
読んだのではない。
向こうから、開いた。
全知を失いつつある今のコトハにとって、それは懐かしさではなく、少し怖い感覚だった。
そして、遠く離れたどこかで。
宇宙情報管理局の古い記録が、ゆっくりと目を覚ました。
コトハは、不明事項記録帳を閉じた。
「凡田くん」
「何!」
「次の体育祭は、少し危険です」
「毎回危険だよ!」
「今回は、少し宇宙規模です」
騎馬が崩れかける。
不死川が笑う。
ミーナが校庭の端で動画を撮りかけ、白金に止められる。
桜庭先生が職員室の窓から、なぜか真剣な目で校庭を見ていた。
凡田は土台の真ん中で叫んだ。
「体育祭を宇宙に接続するな!」
その声は校庭に響いた。
しかし、コトハの記録帳の端には、小さな光がまだ残っていた。
第15章の終わりは、ただの体育祭準備ではなかった。
日常は、また少しだけ大きなものに触れようとしていた。
読んでくださってありがとうございます。
今回は、体育祭の種目決めと騎馬戦練習の話でした。
委員会は自分で選べましたが、体育祭では希望だけでは決まらない役割もあります。
凡田は今回、また少しだけ面倒な場所へ足を踏み入れました。
そしてコトハの記録が、ただの騎馬戦を少し危ないものとして見始めています。




