第4話 違和感の正体
訓練場の空気が、妙に重かった。
原因ははっきりしている。
「……もう一回、やるぞ。」
王国騎士団の教官が、低い声で言った。
その視線の先には――
久我泰玄が、面倒くさそうに立っている。
「まだやるのか……」
小さくぼやく。
「当然だ。さっきのは偶然かもしれん」
「はいはい」
気のない返事。
だが――
周囲の空気は、誰一人そんな風には思っていなかった。
先のゴブリン戦、
あれは明らかに異常だった。
だから今、こうして再検証が行われている。
「模擬戦を行う。相手は騎士団三名。」
ざわめきが走る。
「三人!?」
「いくらなんでも……」
だが教官は構わない。
「始めろ。」
合図と同時に。
三人の騎士が一斉に踏み込んだ。
連携は完璧。
死角からの斬撃、牽制、拘束。
素人なら一瞬で詰む布陣。
だが――
「……あー」
泰玄は、軽くため息をついた。
(またか)
視界が、妙にクリアになる。
相手の動きが、線で見える。
踏み込み、軌道、重心、次の選択。
全部がわかる。
(なんなんだこれ……)
内心でぼやきながら、身体はすでに動いていた。
一歩。
ほんの半歩ずれるだけで、斬撃は空を切る。
そのまま手首を軽く払う。
「え?」
騎士の剣が弾かれた。
次の瞬間、肘が鳩尾に入る。
「がっ……!」
二人目。
背後からの突き。
振り向きもせずに、身体を捻る。
槍が空振り。
そのまま足を払う。
「うわっ!」
三人目。
距離を取って魔法詠唱。
「火よ――」
「遅い」
踏み込む。
詠唱が終わる前に、喉元に手刀を止める。
数秒だった。
静寂。
「……は?」
誰かの間の抜けた声が響く。
教官ですら、言葉を失っていた。
「今の……見えたか?」
「いや……全く。」
「動きが速いとか、そういう次元じゃないぞ……。」
ざわめきが広がる。
一方で。
「……だから言ったのに。」
泰玄は肩を回しながらぼやく。
「弱いって。」
「弱いわけがあるか!!」
教官が怒鳴った。
「今のは王国騎士団の精鋭だぞ!」
「そうなの?」
本気で知らなかった顔。
そして少し考えて、
「じゃあ、この世界の平均が低いのか?」
「……。」
場が凍った。
完全に認識がズレている。
その時だった。
「――もういいでしょう。」
静かな声が割り込む。
振り向くと、数人の文官が立っていた。
いつの間にか、観察していたらしい。
その目は、明らかに戦士のものではない。
もっと冷たい、測る側の目だ。
「訓練はここまでに。」
淡々と告げる。
教官が眉をひそめる。
「しかし、まだ検証が――」
「十分です。」
即答だった。
そして、その視線が泰玄に向く。
まるで、珍しい標本を見るように。
「……君、名前は?」
「久我泰玄」
「そうですか。」
短く頷く。
「君は今後、単独での行動を制限します。」
「は?」
素っ頓狂な声が出る。
「現時点では危険因子と判断しました。」
あまりにもあっさりと。
まるで事務的に言われた。
「いやいや、ちょっと待て。」
泰玄が手を上げる。
「俺、何もしてないぞ?」
「それが問題です。」
「は?」
「あなたの行動は、全て理解の範囲を超えています。」
文官は静かに断定する。
「魔法の痕跡がない。技術体系にも属さない。」
一歩、近づく。
「再現性がない力は、制御不能と同義です。」
空気が変わる。
騎士たちも、言葉を失っている。
強いからではない。
扱えないから恐れている。
「……いや。」
泰玄は少しだけ考えて、
「別に普通に動いてるだけなんだけど。」
「その普通が問題なのです。」
即答だった。
文官は一切ブレない。
「王国としては、あなたを管理下に置く必要があります。」
「面倒くさいな……。」
素直な本音が漏れる。
その言葉に、周囲がざわつく。
普通なら恐れる場面だ。
だがこの少年は違う。
「――拒否したら?」
軽い調子で聞く。
その瞬間、空気が一段階冷えた。
騎士たちが一斉に構える。
だが――
「その場合は」
文官は一切動じず、
「より強い制限措置を取ります。」
淡々と告げた。
脅しではない。ただの事実として。
「……へえ。」
泰玄は小さく息を吐く。
(なるほどな)
少しだけ理解する。
この世界、思ったより面倒くさい。
「……まあ、いいけど。」
とりあえずそう答えた。
別に争う理由もない――今は。
ただ一つだけ、はっきりしたことがある。
(ここ、自由に動ける場所じゃないな)
そして、それは王国側も同じだった。
彼らもまた、理解してしまった。
この少年は――
扱える戦力ではない。
“枠の外にいる存在”だ。




