私の知らない伝説と後輩と結婚式
社会人になって三度目の春、私にもついに後輩ができた。
「本日こちらへ配属されました、山崎 翠です! よろしくお願いします!」
元気よく挨拶する後輩に、自分が入社した頃を思い出す。私は先輩が居なかったからなぁ。気楽で良かったけど、これからは私が先輩として、手本にならなくちゃ。
山崎さんは、オレンジベージュのマッシュショートがよく似合う、元気いっぱいの女性だった。
ちょっと……いやだいぶ、個性的でクセと圧が強めの。
「あたし、三島センパイに憧れてゼミ選んで、就職もココにしました! ずっとファンです! 一緒に働けるなんて光栄です!」
踊るような線で柔和な文字を浮かべる顔は、きっと期待に満ちた、キラキラした顔をしているんだろう。
……え、なんでこんな慕われてるの? すごいグイグイ来る。
「えっと……ありがとう? でも今の私は、三島じゃなくて須藤なので、それだけは忘れないでね」
「ファーーー! 伝説の!! 学生結婚した証!!!」
……なんて?
「山崎さん、挨拶ありがとう。これからよろしくね」
困惑する私を庇うように、彼が助け舟を出してくれた。さすが。
「ヒェッ……須藤センパイだ……ホンモノ……並んだ身長差えぐ……」
彼女は両手を手で覆い、何やらブツブツ言っている。どうしたの?
「ヤバ……死ぬ気で頑張って良かった……これからは毎日この二人を見守ることができるなんて……神様ありがとう……」
目に涙を浮かべながら祈りを捧げるポーズをする彼女は、初日から強烈なファーストインパクトを私たちにぶつけてきた。
「須藤嫁、学生時代から有名だったのかよー」
「いや、そんなこと……」
「す、須藤嫁って、もしかしなくても三島センパイのことですか?! そうですよね?! ヤダ、結婚したから当たり前なんだけど、嫁……! あたしもこれから、須藤嫁センパイって呼びますね!!」
違わないんだけど、なんか、それは違くない???
山崎さんは私と彼の、出身大学の後輩であり、ゼミの後輩であり、職場の後輩でもある。もちろん偶然などでは、ない。
聞くところによると、どうやら私は大学ではかなり有名な伝説になってるらしくて、彼女のように強烈な憧れを抱いてくれてる人がまぁまぁ居ると聞いて、震え上がった。
本人の知らないところで、勝手に伝説にしないで!!
「あっはっははははは〜!!!」
「笑い事じゃないよ! 本当に驚いたんだから!」
久しぶりにユミと食事をしながら、強烈な後輩から聞いた伝説について話す。愚痴っぽくなってしまうのは、許してほしい。
社会人になってからもこうして、たまに二人で食事していた。それぞれ職種は違うけど、近況報告だったり、仕事の悩みや愚痴であったり、同性ならではの話をしたり。職場の同僚や同期とはこんなふうに気兼ねなく話せる仲ではないので、学生時代の友人は貴重だ。
職場で仲良い人を増やせば良いのだろうが、仲良くなれる人とは頑張らなくても仲良くなるはずだから、やっぱり頑張る必要がある人とはそこまで仲良くしなくても良いかな、なんて思ってしまう。
「いや〜、ユイ、知らなかったんだと思って〜。ユイと須藤先輩は、かなり有名な伝説を打ち立てたからね〜」
「何なの、その伝説って? 知らないんだけど……」
「あ〜。まぁ、ユイは在校生との接点とかほぼ無いもんね〜。まだ連絡取り合ってるの、教授くらい〜?」
「うん……そうかも。教授とも、滅多に連絡取らないくらい」
「じゃあ情報入手の方法が無いから仕方ないか〜。よ〜し、私が教えてあげるから、有り難く拝聴するよ〜に〜」
「ぷっ、なにそれ。有難き幸せ、って言えば良い?」
「あはは〜! よきにはからえ〜!」
ユミから聞いた話しをまとめると、私と彼の伝説については、在学時からまぁまぁ有名ではあったらしい。
しかし、普通なら卒業と共にそれも薄れて消えていく。それはそう。居なくなった人物について、知る人も減っていくからだ。
ただ私たちの場合、その伝説を語り続ける人物が居た。
……そう、教授たちだ。
私は学部を超えて難関ゼミに入室しただけでなく、それまでに誘われたゼミを断った話であるだとか、彼との共同研究で特許を取っただとか、卒業式後の謝恩会ではその彼と二人で挨拶したのがまるきり夫婦だったとか、そういったことを後輩たちに語られているらしかった。
当たり前だが、死ぬほど恥ずかしい。穴があったら入りたいどころではない。自分で掘るレベル。シャベルください。
「え、なんでそんなこと語られてるの? 後輩には全然関係無いよね?」
「それはあれだよ〜。そんなすごい人も居たぞ〜、諸君も頑張りたまえ〜、みたいな〜」
「いやそれは激励にはならなくない???」
「わかる〜。ウケる〜!」
「タカトさんがすごくて伝説になるのはわかるけど、なんで私?」
「わ〜。息をするように惚気けるじゃん〜」
「だってタカトさんはすごい。入学したときから研究室に呼ばれてたんでしょ? 伝説、わかる。難関ゼミに試験無しでストレート入室でしょ? 伝説、わかる」
「そうだけどさ〜。ユイも十分すごいよ〜? だって学部を超えてゼミ入るのも珍しいけど、それが難関ゼミって〜。しかも入室テストもさくっとパスしちゃうし〜。知らないと思うけど、あのテスト、落ちた人居るんだからね〜?」
「えっ」
「何年も受け続けて、やっと入室する人も居るんだよ〜? 一発合格なんて、伝説になるでしょ〜?」
「そ、そう……なの……?」
「ほらね〜? 伝説になるでしょ〜?」
「そ……そうかも……?」
「は〜〜〜〜。ユイ、いつまでもそのままで居てね〜」
突然、涙ぐんだユミに両手を握られ、驚きつつも頷くと、彼女の顔は丸みを帯びて柔和な文字になった。きっと、満面の笑みを浮かべていることだろう。
「それより、今日はもっと別の用件があったんじゃないの?」
「あ、そうだった。これを渡したくて……」
私は鞄から一通の封筒を取り出し、ユミに手渡す。封筒を見た彼女の顔が、ぱっと踊るような文字になった。
「わ〜! ついに結婚式か〜!!」
「う、うん。なんか、今更って言われそうだけど……」
「そんなことないよ〜! いや、まだだったな〜とは、思うけどね〜」
「自分でも、不思議な感じなんだよね。入籍して、一緒に住んでて、もう夫婦だし……」
「いいじゃん〜! 人生で一回あるかないかなんだし、盛大に挙式しよ〜!」
「せ、盛大には、ちょっと……」
「あれ、そうなの〜? 教授たちは〜?」
「ゼミの教授は招待するけど、それ以外の教授は呼ばないつもり。職場は、同じ部署の同僚は招待する予定だけど、それ以外は報告だけにしようかと思ってるんだ。本当は、親族と友人のみで考えてたんだけど……」
「あっ! わかった〜! いつものパターンでしょ〜?」
「うぅ……そうです……」
ユミの指摘通り、親族と友人のみでひっそりと挙式を考えていたら、おじいちゃんからの強い要望が届いた。
『支援が必要ならいくらでもするので、なるべく盛大に挙式してほしい』と。
今まで散々お世話になってきたおじいちゃんからの要望を、断るような不義理はできない。ただ、こぢんまりとした式を考えていた私からすると、盛大に、というのがよくわからないため、とりあえず直接関わりがある人は呼ぶようにすることで、勘弁してもらったのだ。もちろん、支援については丁重にお断りした。
私も彼も二馬力で働いていて、きちんと挙式資金を貯めてきたのだ。これを使わなくて、いつ使うというのか。
「可愛がられすぎるのも、考えものだよね〜。そりゃ助かるだろうけど、ユイの性格で考えると、気を遣うし〜」
「有り難いことなんだけどね。たしかにちょっとだけ、感覚の違い? みたいなのに、戸惑うことはある……かな」
「や〜、可愛がる気持ちわかるわ〜。これは可愛がるしかないな〜!」
「ユミどうしたの? 飲みすぎた?」
「須藤先輩、めちゃくちゃ良い嫁貰ってるじゃん〜! 羨ましい〜!」
「ねぇ、お水飲みなよ、酔っ払ったの?」
「このぐらいじゃ酔いません〜!」
酔っぱらいはみんな、そう言うんです。
「その……良かったら、参列してくれると、嬉しいです」
出社して皆が揃ったのを確認し、彼と二人で封筒を配る。皆は温かい目で頷いてくれた。……一人を除いて。
「えっ、み……須藤嫁センパイ、挙式まだだったんですか?! あたしも参列できるんですか?! 招待してもらえるんです?! ほんとに?!」
ぐっと身を乗り出してくる山崎さんに気圧され、思わず後ろに仰反る。今日も元気で圧が強い。
「挙式は働きながら資金を貯めようって決めてたからね。参列してくれると嬉しいよ」
私を後ろから支えた彼がフォローしてくれた。頼りになりすぎる。
「はわ……推しカプの結婚式に参列……生きてて良かった……」
目に涙を浮かべて封筒を捧げ持つ様子は、控えめに言っても少し狂気を感じてしまう。おしかぷって何?
「山崎すごいな。強火通り越して烈火」
「もはや信仰じゃん」
「一方的にここまで狂うことある?」
「み……須藤嫁センパイのファンから始まりましたけど、今は須藤夫妻推しです! 崇拝してます、結婚式に参列できるなんて光栄の至り、絶対祝福に馳せ参じます!!」
山崎さんは今日も、ちょっと……いやかなり、強烈だった。
それからは結婚式に向けての、最終準備に追われた。
招待状を出した人たちからは幸いにも、全員が参列で返事をしてくれた。思っていたよりも参列者が多くなってしまったので、席配置に少し悩んだ。
約一年前から準備をし始めたものの、やはり予定通りにはいかない。
まず、ゼミの教授を招待したら、他の教授が参列したがっていると連絡が来た。意味がわからない。
「ごめんね、招待されたことを自慢したら、何やら話が大きくなっちゃってー。学内で二人は有名人だったし、他のやつらも君たちを祝福したいんだよ」
全く悪びれない様子で形だけ頭を下げる教授は、どんな自慢したんだろう?
でも、彼が優秀であちこちの教授に引っ張りだこだったのは理解しているので、参列希望の教授は招待することになった。
そして、所属部署だけを招待するつもりだったのに、どこからか私たちの結婚式の話が広がり、参列希望者が直談判しに来た。なんで?
「ぜひ参列させてほしいの」
熱心に懇願する白瀬さんが参列希望したことにより、その他同期まで殺到してしまい、断るのが面倒になって彼に対応を丸投げしてしまった。
人の結婚式に参列するのが趣味なのかな。そんなに接点もない人間の式に参列して楽しいんだろうか。
気づけば招待客が六十名を超えてしまい、私の想像を遥かに超えた人数に気が遠くなった。
「ど、どうしよう、タカトさん……こんなに知り合い居た?」
「ユイちゃん落ち着いて。半分くらいはユイちゃんの知り合いでもあるんだよ」
「うそ……私こんなにたくさん知り合い居ないよ」
「本当だよ。僕もユイちゃんも、同じ大学の同じゼミで、職場も同じなんだから」
「そ、そうだけど。でも、私こんなにたくさんの人、覚えてない」
「まぁ、そうだろうね……でも向こうはユイちゃんのこと覚えてるし、僕も相手のこと、把握してるから」
「……えっ?」
「まず教授がベラベラと吹聴したのが良くなかったね。僕たちと少しでも接点を持ちたい教授はたくさん居るから。あわよくば、自分にも特許の使用許可が欲しいんだろう」
思ったよりシビアな理由だった。いや、むしろ純粋に祝福したいと言われるより納得できる。
「あとは白瀬さんが参列希望したのが大きいね。白瀬さん狙いの男たちが、あわよくば仲良くなるチャンスを掴みに来てる」
こっちも普通に納得できる理由だった。白瀬さん人気すごい。でもそしたら、白瀬さんは純粋に祝福しに来てくれる……のかな?
「ユイちゃんはあちこちでいろんな人間に好かれるから、気が気じゃないよ。早く挙式して、僕のお嫁さんだって知らしめたい」
「私まだタカトさんのお嫁さんじゃないの?」
「名実共に僕のお嫁さんなんだけど、挙式すれば目に見えてわかりやすいからね。正直、卒業前に急かすように入籍してしまったのは、申し訳ないと思ってるんだ。ごめんね、待てなくて」
「え、全然! むしろ嬉しかったよ?」
私が首を傾げると、彼は困ったように笑った。
「僕はこの通り地味な男だ。昔から周囲には、兄さんのオマケとしか見てもらえないことが多くて。兄さんの知り合いには、本当に弟なのかと笑われ、兄さんと繋がりたい連中には足がかりとしか見られなかった。僕を見てくれる人間なんて、居ないと思ってたんだ。でも、ユイちゃんが、ユイちゃんだけが、僕を真っ直ぐ見てくれた。懸命に僕を見上げて、必ず僕の目を見てくれた。それがすごく、嬉しかったんだ。絶対に離れたくなかった。なんとしても結婚しようと思った。だから僕にできる限りの全てを尽くして、付き合う権利を貰った。結婚は卒業してからと思ってたけど、待ちきれなくて。入籍と挙式に間が空いて、ごめん。僕の責任だ。だけどどうしても、余計な横槍が入る前に入籍して、僕の妻になってほしかったんだ」
情熱的で熱烈な告白に、胸が熱くなって、目頭まで熱くなった。じわりと滲んだ視界に、困ったように、けれどとても幸せそうに笑う彼が居る。あぁ、私はこの人が好き。
我慢できずに、思い切り彼に抱きつくと、揺らぎもせずに抱きしめてくれる。大きな体、温かな腕、落ち着く匂い。
「ごめん、なんて、言わないで。私は、タカトさんと結婚できて嬉しいし、とっても幸せなの。これからも、もっと幸せになるの」
私が精一杯背伸びすると、彼が少し身を屈めてくれる。優しい。
近づいた顔の、唇めがけてキスをした。触れるだけの、児戯めいたキスだけど、私の気持ちは伝わったようだ。
一瞬目を瞠った彼は、ゆるりと口端を持ち上げ、嬉しそうに、幸せそうに笑った。
「うん、そうだね。ありがとう、ユイちゃん」
よく晴れた佳き日、私は大好きな人と結婚式を挙げた。
参列者は総勢八十名を超えて、当初の予定を遥かに超える人たちに祝福されることになった。
ステンドグラスの美しいチャペルで、正装した彼と並んで司祭さまに向き合う。
「新郎タカト、あなたはユイを妻とし、病めるときモ健やかなるときモ、愛をもって互いに支えあうコトを誓イマスカ?」
「誓います」
「新婦ユイ、あなたはタカトを夫とし、病めるときモ健やかなるときモ、愛をもって互いに支えあうコトを誓イマスカ?」
「はい、誓います」
司祭さまの言葉がやや片言なのは、マニュアルなんだそうだ。たしかにこの、いかにも欧米っぽい見た目で日本語を流暢に話されたら、驚いてしまうかも。
でも打ち合わせのときは、普通に日本語ペラペラだったんだよね……。片言の方がウケが良いからって、マニュアルになってしまうのは、どうなんだろう。考えると笑いそうになってしまう。
「デハ、誓いのキスを」
やはりところどころ片言に、わざとらしく大袈裟なアクションで行動を促される。マニュアルだってわかってるのに、笑いそうになってしまう。片言やめてって言えば良かった。
笑いそうになるのを堪えながら、彼へ向き直る。マニュアルだとここで屈むようになっているが、私と彼だと身長差がありすぎて、屈む必要は無いと言われた。むしろ私が屈むと彼も屈む必要が出てきてしまい、格好がつかないから止めようとなった。
目を伏せると、彼がベールを上げる気配がする。綺麗に整えてくれるのは、やっぱり彼の性格が出てる。優しい。
彼がそっと私の肩を抱き、ゆっくりと近づく。私は目を伏せたまま、キスがしやすいよう、ほんの少し顔を上げた。
すぐに唇が触れ合う。柔らかくて、温かくて、幸せなキス。
「ココに、新たナ夫婦の成立を、宣言シマス!」
参列席から、わっと歓声が上がった。囃し立てるような口笛も聞こえる。
そろりと瞼を上げると、幸せそうな彼の笑顔。私はその笑顔だけで胸がいっぱいになってしまって、涙がこみ上げてきた。あぁ、幸せだ。
その後は彼に抱き上げられて、フラワーシャワーを受けた。参列者が多いから、びっくりするくらいの花びらを浴びることになった。
ひらひら、ひらひら、色とりどりの花びらが、祝福の証として二人に降り注ぐ。全員から受けるために、ゆっくりと階段を降りなければならないと言われて、私を抱えた彼が疲れないか心配になった。ドレスのためにダイエットもしたし、そこまで重くはないはずなんだけど……心配だ。
私の心配を余所に、彼は何でもないように、ゆっくりと一段ずつ階段を降りる。フラつくこともなく、安定感のある腕の中で、私は少しでも彼が抱えやすくなるようにと、首元にしがみついていた。
フラワーシャワーの後は、プレゼントトス。ドライフラワーの中にギフトカードを入れたものをトスした。
ブーケは部屋に飾ろうと思っているので、トスするのは躊躇われたのだ。それに、ブーケトスだと参加したくない人も多いらしい。たしかに未婚者に限られたトスなんて、面白くないのかも。
その点、プレゼントトスなら誰でも挑戦することができるし、受け取ることができる。きちんとアドバイスしてくれたプランナーさんに感謝だ。
そのまま披露宴会場であるゲストハウスまで、ずっと彼が私を抱えたまま移動してくれた。チャペルからすぐとは言え、まさか本当にずっと抱えられるとは思わなかったので、とても驚いた。
「タカトさん、疲れてない? 腕、大丈夫?」
「全然平気だよ。ユイちゃん軽いから。むしろずっと抱きついてもらえて、役得」
にっこりと笑いながら腕を振る彼は、無理してるようには見えなくて、ほっとした。
「ありがとう。タカトさんが抱えてくれたから、階段怖くなかったよ」
「それは良かった」
二人並んで腕を組み、新郎新婦の入場。
ずらりと並んだ参列者を見ると、本当にたくさんの人が来てくれたんだなと思う。こちらを見つめる顔には、柔和な文字が浮かんでいる。きっと笑顔で迎えてくれてるんだろう。
温かな拍手に迎えられて、テーブルの間を縫うように移動する。テーブルを通りかかると、必ず祝福の声をかけてくれる。
あぁ、私たちはこんなにたくさんの人たちに祝福されてるんだと、嬉しくなった。
披露宴は穏やかに恙無く進行した。
たくさんの人が入れ代わり立ち代わり、私たちの座るメインテーブルへ挨拶と祝福を告げに来てくれた。
中にはお酒を提げて来る人も居て、どうしようと悩む私に「愛しい花嫁に献杯して良いのは僕だけなので」と、盃を全て私の分まで受けてくれた。
心の狭い花婿を演じながら、私を守ってくれたのだ。優しい。
おかげで私は、大量のアルコールを受けることもなく、酔っ払うリスクを回避できた。ずっと人が退かないので、私も彼も、美味しそうな料理を一口も食べていなかった。
プランナーさんが挙式の前にたくさんの軽食を差し入れてくれたのは、このためだったのか……。
軽食なのにモリモリ食べても驚かれなかったし、怒られなかったのは、挙式や披露宴の間は何も食べられないことを見越していたんだろう。
ゼミの教授も、その他の教授も、白瀬さんも、同期たちも、部署の同僚も、後輩である山崎さんも、ユミも、鈴木さんも、私の家族も、彼の家族も。
皆が口を揃えて、おめでとうと言ってくれた。幸せになってねと。言祝いでくれた。
私は彼と二人、笑顔で返事をした。
人の波が落ち着いたので、二人で会場を見渡す。
「素敵な式になったね」
「うん。一生の思い出になったよ」
「僕もだ。今日のこと、絶対忘れない」
「写真楽しみだね! 家にもたくさん飾ろうね」
「そうだね。海外ドラマに負けないくらい飾ろう」
二人で笑い合いながら、この光景を目に焼き付ける。幸せの象徴となる風景。
「ユイちゃん」
彼が私を呼ぶので顔を向けると、ちゅ、と軽いリップ音。
私が目を瞬いてる間にも、何度も唇が触れ合う。参列者からは、黄色い声に混じって野太い声が聞こえる。
「こんなに可愛い人が僕のお嫁さんだと思うと、嬉しくて」
いたずらっぽいセリフなのに、そんな幸せそうに笑われたら、怒ったりできない。私は一生、この人に勝てない気がする。
思い切って、彼の首に飛びついてキスをしかけた。唇を重ねてから、ほんの少しだけ、ぺろりとその唇を舐める。
予想通り、目を丸くしている彼に嬉しくなる。私だって、やられっぱなしじゃないんだから。
満足して離れようとした私の後頭部を、大きな掌が捕まえて、また唇が重なる。今度は触れ合うだけでなく、唇を割り開いて舌が差し込まれた。ぬるりと歯列をなぞられ、舌を絡めて、擽られて、吸われた。
角度を変えながらずっとキスをされた私は、息も絶え絶えになりながら、ただ彼にしがみつくことしかできない。
長いことキスをされて、開放された頃には、やや酸欠でぼんやりしていた。
私たちのキスを見せつけられた参列者は、あちこちから口笛と歓声が上がっていた。うぅ、恥ずかしい……けど、私から仕掛けたことだし、文句は言えない。
「これからもよろしくね、僕のお嫁さん」
「私こそよろしく、私の旦那様」
私は彼の腕に抱きしめられながら、胸を満たす幸せを噛み締めた。




