エピローグ
結婚式をしてからも、私の日常は変わらない。まぁ既に入籍はして結婚していたし、何が変わるということもない。
ただ、結婚式では目に見えてたくさんの人に祝福されている事実を知ることができて、幸せだなと改めて思った。
両親もお姉ちゃんも、私のドレス姿に涙を流して喜んでくれた。
結婚式なんてやらなくてもいいや、なんて思っていたけど、こんなふうに家族を喜ばせたくて挙式するのかも知れないと思い至った。どうすれば孝行になるのかと考えていたが、これはわかりやすく孝行できたと思う。
「私の真似ばかりしてたユイが、私より先に結婚しちゃうんだもんね。成長を感じるよ、嬉しい」
滲んだ柔和な文字を浮かべるお姉ちゃんは、泣き笑いしていた。笑い泣き?
どちらにしても、笑いながら涙を流していた。
お姉ちゃんの模倣ばかりしていたことを、お姉ちゃんも覚えていたんだと少し驚いた。私は自分に自信が持てなくて、長いことお姉ちゃんの模倣しかできなかった。
それを咎められることもなかったので、それが普通になっていたけれど。
いつから、模倣をしなくなったんだっけ……。
「タカトくんは、きっとユイの運命だね」
そう言って笑うお姉ちゃんの顔も声も、優しい色をしていた。
そうだ。彼に会ってから。
彼のために、彼と並んでもおかしくないよう、今までと違う行動を取るようになった。
お姉ちゃんに相談しながら、彼に気持ちを伝えたくて。彼に興味を持ってもらえるように、好きになってもらえるように。
「ユイちゃんが、ユイちゃんの特別な人を見つけられて良かった」
そう言って笑うお母さんも、その隣で頷くお父さんも、本当に幸せそうな顔をするから。
私はこの人たちの家族で良かったと、心から思った。
「おはようございます」
山崎さんが入室すると、部署がざわついた。どうしたんだろう。
「おはよう、山崎さん」
私が返事をすると、更にざわつく。なんで?
「えっ?! あたしのことわかるんです?!」
いつものように、山崎さんがこちらへ身を乗り出してくるので、私もやや仰け反って答える。
「う、うん。普通にわかるよ?」
「ヒェッ……推しがあたしのこと認識してくれてる……」
山崎さんはやっぱり、両手で顔を覆ってブツブツ言っている。この流れも、なんとなく慣れた。
「須藤嫁、ほんとにスゲーな」
「なんでわかんの?」
「さすがシステムの母」
部署のメンバーが首を傾げたり頷いたりしている。これはもしかしなくても、
「み……須藤嫁センパイの識別能力は、本当に神の領域ですね! もう須藤嫁センパイって言いにくいからユイセンパイって呼んでいいですか? リスペクトです!!」
どうやら山崎さんは劇的なイメチェンをしたようだ。たしかに髪色と髪型は違うけど、顔にハッキリと名前が書いてあるからなぁ……どう違うのか、よくわからない。
それからも山崎さんは、定期的に劇的イメチェンをした。
その度に私が言い当てると、感激したように涙ぐみながらブツブツ言っていた。どうして。
「ユイセンパイがすごすぎる……機械より正確に識別できるって、すごい通り越して神。一生ついていきます、センパイ!」
本当に崇拝レベルで慕ってくれてる。喜んでいいのか、遠慮するべきなのか、正直微妙だ。
「でもこうして劇的に変化してくれると、システムの学習にも丁度いいから助かるよ」
私が困っていると、さりげなくフォローしてくれる彼には感謝しかない。実際、そのとおりだ。
「たしかになー。山崎のおかげで、システムも同一人物への解像度が劇的に上がったよな」
「わかる。最近ではシステムに弾かれる回数も減ってきたよな?」
「今日なんかそのまま通ってきたし」
「そうなんですよ! ユイセンパイのおかげです!!」
山崎さんが劇的イメチェンを繰り返し、その度にシステムを修正し、結果として同一人物への解像度が爆上がりした。
人のあらゆる状況を想定できるようになり、髪型の変化や髪色の変化では、もはやシステムを欺くことはできない。もちろん化粧の変化などで揺らぐこともなくなった。
これはすごい進歩である。
「いや、あの、私はただ見たままを入力しただけであって、実際にはイメチェンしてきてくれた山崎さんのおかげというか……髪は大丈夫? カラーリングとかって、髪が傷むんだよね?」
「はわ……推しがあたしを心配してる……ご褒美ありがとうございます、全然平気です。確かにカラーリングもパーマも髪へのダメージはありますが、あたしめちゃくちゃ髪が強いんです。あと実は半分くらいウィッグだったので、そこまで傷んでません」
衝撃の事実を告白されてしまった。
え? あれウィッグだったの? 私全然気づいてなかった……皆は気づいてたんだろうか。
「山崎はうちじゃないと即クビになってたよな」
「それな。アパレル職か? ってくらい遊び心満載だった」
「研究職であそこまで遊ぶやつ見たことない」
「あたし別に研究職になりたかったわけじゃないので。ユイセンパイが研究職だから渋々この仕事に就いただけです」
皆がやや薄い文字で山崎さんを見ていた。え、それだけで納得しないで? もっとこう……いや、やっぱりいいです。
受付システムも、セキュリティシステムも、順調に開発が進んだ。社内での試運転も終わり、近いうちに販売の運びとなるだろう。
販売した後は、保守契約に基づき、トラブルがあればそちらへ赴き、システム修正なり、問題解決へ働きかけることとなる。
自分たちの作成したシステムが実際に販売されるとなると、感無量だ。少しでも多くの人の助けになれば良いと思う。
最初は受付ロボットを作るため、という名目で就職が決まったので、当初の目的が達成できるのも嬉しい。
働き始めてから時間はかかってしまったけれど、かつて彼が言っていた通り、本当に五年ほどでシステムが完成してしまった。彼の慧眼には舌を巻いてしまう。
「本当に五年でシステムを完成させちゃうなんて……」
「案外できるものだね」
「私、十年くらいはかかると思ってたよ」
「普通なら、そうだったかも。でもほら、僕らは……というか、ユイちゃんが特別だから」
「私が? まさか」
「特別だよ。システムがどんなに間違えても、ユイちゃんは絶対に間違えない。それは、システム構築において、何より重要だ。すぐに修正できるんだから、その分、成長も早くなるんだよ」
私が考えていたよりも、私の目はシステムに貢献していたらしい。
なるほど、たしかにシステムがエラーをしても、すぐに修正できるのは事実で、それによって人口知能の学習スピードが早まるのなら、納得できた。
それが五年での完成に貢献できたのなら、とても嬉しいし、私の存在込みで五年の試算をしてくれた彼に、胸がいっぱいになる。
「私、きっとタカトさんと出会うために、タカトさんと一緒に研究するために、この目で生まれてきたんだと思う」
「……これは、熱烈な告白だ」
いつかのように、少し耳を赤くした彼が、その腕に私を囲い込んだ。
受付システムとセキュリティシステムの、販売が始まった。値段と仕組みで多くの企業が二の足を踏むだろうとは予測できたので、トライアルバージョンを作ってみた。結果、これが大当たりした。
トライアルを使ってみて、もっと活用したいと思う企業からは受注が殺到した。もちろん、予算の関係もあるから、トライアルを配布した全ての企業からの受注とはいかなかった。
しかし、当初の目標を大きくクリアした販売実績となり、部署全体で賞与を貰うくらいには成果を挙げた。メンバーからは大いに感謝されたが、システムが完成したのはメンバーが居たからこそなので、私だけの功績ではないと言うと、なぜか皆が泣き出してしまった。
「俺ほんとにこのメンバーで働けて良かった」
「ちゃんと認めて貰えるってサイコー」
「こんなに嬉しいものなんだな」
「ユイセンパイ……女神……」
最後の山崎さんだけ、すごいへんなこと言ってる。
「これからもこのメンバーで頑張ろうね」
この中で一番偉い彼の一言により、以前に増してメンバーの団結が強まった。
開発が終わったことにより、部署の名称も改められて、認識システム室になった。
室長代理だった彼は正式に室長となり、室長代理補佐だった私は室長補佐になった。
夫婦揃っての昇進となり、他のメンバーは……と見回すと、誰も私と顔を合わせようとしなかった。
「研究者には、役職なんて必要ないと思うんだよな」
「そうそう、めんど……そこまで手が回らないし」
「だよなー! 研究だけしたい!」
「あたしはユイセンパイの補佐ならやりたいです!!」
以前も似たような流れだったことを思い出し、私は頭を抱えた。皆ちょっと、正直すぎると思う。
だけど私はこの空気が嫌いじゃないのも事実で、ゼミの研究室も似たような空気だったことを思い出して、郷愁に駆られた。卒業して、そんなに経ってないというのに。私にとって、ゼミでの思い出はとても深く根付いているらしい。
「私、タカトさんと出会えて良かった」
「そんなの、僕こそ」
「だって、タカトさんと出会わなければ、そもそも人口知能のゼミには興味すら抱かなかったし、こんなふうに研究することも無かったと思う。人生の指針を貰ったようなものだよ」
「言われてみれば、そうかもね」
「部署のメンバーとのやりとりで、ゼミを懐かしんだりすることも無かったと思うの。それってなんだか、寂しくて。私の中で、ゼミに居た頃の記憶って、すごく強く心に残ってるんだな……って」
「そう言ってもらえるなら、共同研究を提案して良かったと思えるよ」
私より色素の薄い瞳が、真っ直ぐに私を見ている。柔らかい目元が、幸せだと視線で訴えてくる。嬉しい。
世界でただ一人認識できる彼の顔は、今日も世界で一番大好きな顔だ。
「タカトさん、大好き!」
私がいきなり抱きついても、揺らぎもせず抱きとめてくれる大きな体と温かな腕に抱きしめられて、私は今日も、大好きな人に気持ちを告げる。
「僕も、ユイちゃんを愛してる」
彼からの愛の告白に、幸せで胸を満たされた。
初めて恋をしたときの衝撃は、まさに落ちるとしか表現できなかった。
恋をしたのは、ただ一人だけ顔を認識できた人。
のたくる文字の羅列では無い顔を見たとき、私がどれだけ嬉しかったのか、きっと私以外の誰にもわからないだろう。
普通の人にとって当たり前であるそれが、私にとっては、まさに奇跡だった。
一目で恋に落ちて、彼を一つ知るたびに思いを募らせ、どんどん好きになって、告白されて、恋人になって。同じ時間を過ごして、気持ちを重ねて、結婚した。
今でも夢じゃないかと思ってしまうくらい、自分に訪れた変化に戸惑うことがある。
人の顔がわからなくて、一生誰のことも認識できず、一人で生きていくんだと思ってた。
自分以外の顔を見られるなんて、夢にも思わなかった。
彼は顔が見えるから特別なのかと思ったこともあった。でもそんなことなかった。
彼以外の顔がわかるようになっても、彼は、彼だけが特別だった。
どんなに綺麗で整った顔を見ても、ドキッとすることもなければ、心が動かされることもなかった。
美しい美術品を見ても、あぁ美しいとしか思えないのと同じ原理だ。
彼だけが私の特別だった。きっとこれが、運命というやつなのだろう。
私は今日も、あなたの顔しか、わからない。
完結です。ありがとうございました。




