惣一の娘
連から刀を渡された後、弥素次は盗賊に関する情報を収集する為に町へ出た。
さて、何処から手を付けるか。噂は町一番の商店街でもある大通りに行けば、何らかの話は聞けるだろう。確実な情報なら、衛兵の詰所に行けば聞けるかもしれない。何処が根城か目星を付ける手掛かりがあれば良いが、ない場合は出没した場所を聞いて、ある程度の目測を立てねばならない。どれだけ情報があるか分からない上に、衛兵達はよそ者に話をしてくれるだろうか。
詰所に足を運びながら、周囲を気にする。追手に出くわすのは、遠慮したい。刀を渡されたからといって、町中で一戦交えるのは避けたい処だ。
弥素次は両脇に差した刀を見やり、軽く溜息を吐いた。
追手と出くわしたくない理由は、もう一つある。連から渡された刀は、鞘が抜けない。鞘が抜けないように留めているのかと思い、確認してみたが見当らず、力任せに抜こうとしても抜けない。どうしたら鞘が抜けるのか、聞く前に連は依頼主の許へ行ってしまい、聞けず仕舞いだ。
薬屋の通りから左へ曲がり、大通りへと行く。
篠木の町は大きな通りが碁盤目状に並んでおり、詰所のある中心の大通りで北から南へ通された通りは中通りと呼ばれている。中通りを中心に東側の通りを東中一通り、東中二通りというように呼ばれ、中通りを横切る大通りを横通りと呼ぶ。当然のことながら、横通りの北側の通りは北横一通りと呼ばれ、南側を南横一通と呼ばれている。薬屋は東中一通りで、横通りと南横一通りの間にある。今、通っているのは、横通りで中通りに向けて歩いていることになる。
碁盤目状の通りと通りの間には、細い路地が迷路のように入り組んでいる。道を知らないものが入ると、出るのに苦労することが多々ある為、余程のことがない限り、路地には入らないようにしようと決め込んでいる。決め込んではいたものの、昨日、追手に追われて慌てて路地に入り込んだ時に、嫌という程思い知らされた。連が助けてくれなければ、どうなっていただろうと思うと、弥素次は道を覚えるまで一人で入るのは止めておこうと思うのである。
外套を纏った旅人が、足早に擦れ違う。自分も少し前まで、擦れ違った旅人のようだったのだろうか。ただ必死に逃げ続けて、精神的にも追い詰められて、惣一と出会った時、どれだけ酷い顔付きをしていただろうか。改めて、惣一達に出会えたことに感謝して、中通りを挟んだ右斜め前の詰所へ視線を向けた。
入り口に、衛兵が二人立っている。左側に立っている衛兵は退屈だと感じているのか、眠そうに呑気に欠伸をしている。右側の衛兵は視線を左右に動かして、異常がないか目を光らせている。
中通を横切り、詰所の衛兵に声をかける。
「すみません、盗賊のことでお伺いしたいのですが、中に入ってもよろしいでしょうか」
衛兵達が、怪訝そうな表情を見せた。盗賊の被害を届けに来る者がいても、聞きに来る者はいないとみえる。
「そんなこと聞いて、どうするんだ?」
左側の衛兵は、どうやら自分に対して警戒しているようで、欠伸をしていた時の眠そうな表情が消えている。
「はい、盗賊退治の依頼を受けまして、情報を頂きたいと思いましたのでこちらに来させて頂きました」
衛兵達が、顔を見合わせた。表情が驚いている様子を見ると、他の者が盗賊退治を依頼されてはいないらしい。
「聞きたいなら、入って右の奴に話かけてくれ。教えてくれる筈だ」
右側の衛兵が答えると、処でと言葉を続ける。
「見たことのない顔だが、よそから来たのか?」
やはり、よそ者には警戒しているのかと内心思いながら、頷いてみせる。
「はい、檜から旅をしておりましたが、縁があって薬屋の惣一さんの家にお世話になっております。でも、居候なのに仕事をしないというのはどうかと思いまして、盗賊退治の依頼を受けました」
真実半分、嘘半分と言った処だが、三年間嘘を吐き続けた時の胸が締め付けられるような苦しさはない。どちらかというと方便に近いと思いつつ、笑顔を作る。しかし、よくもこんな出任せが、すらすら言えるものだとも思う。三年分の嘘が役に立ってしまうとは、弥素次自身でも思わなかった。
「ああ、惣一は人が良いからな。自分の娘の時も、散々頭下げて回っていたし」
惣一の口からは一度も出てこなかったが、子供がいて当然な歳ではある。惣一が話さなかったから、子供はいないと思っていたがそうではないらしい。
「あの、惣一さんは娘さんがいらっしゃるのですか?」
「惣一は、二人の子供がいるよ。娘と息子でさ、息子は隣町の薬屋に行ってるけど、娘は八年前から行方不明だよ」
右側の衛兵は話好きなのか、こちらが聞いていないことまで話してくれる。もう少し、詳しく聞けないだろうか。
「行方不明ですか、どうして?」
「いや、惣一の娘はさ、小さい頃から気が強くてね。まあ、小さいうちは良かったけど、一四、五歳くらいなると手が付けられなくなって。娘が歩くと、店主達が慌てて店を閉めるくらいだったよ。何せ、腹が立ったからって店の品を滅茶苦茶にしていくし、店主達が文句を言おうものなら掴みかかっていく始末だったからね」
衛兵の話を聞きながら、惣一は随分苦労していたのかと思う。
「で、惣一と大喧嘩して、家を飛び出したってわけ。惣一は探して欲しいって頭下げて回ってたけどさ、娘の行い考えると誰も探そうとしなくて。結局、惣一が一人で暫く探してたんだよ。ここ二、三年は諦めたのか、探さなくなったけどな」
「そうですか、惣一さんも大変だったのですね」
惣一のことだ、今も娘を探したい気持ちは持っているかもしれない。薬屋に戻ったら聞いてみよう。衛兵に礼を言うと、詰所の中へ入っていった。




