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篠木の伝承 三年の旅  作者: ながとみコケオ
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 朝食が終わると、弥素次は庭に足を運んだ。

 日当たりの良い庭には、朝食前に亜己が干した洗濯物が微かに揺れ、家の屋根程もある木が、地面にその影を落としている。壁に寄せて置いてあった木箱に腰掛けると、昨日のことを思い返す。

 追手を相手にした時に言った連の言葉、白護。何時、何処で聞いたのか、誰かに聞いた気はするが、誰だったのか分からない上に記憶自体が朧げだ。未だ思い出せず、眉間に皺を寄せて悶々としている。

 連の言葉に関しても引っ掛かるが、彼女自身に関しても妙に引っ掛かる部分が多い。

 町の近郊で暮らす妖達は、その多くが最低限身を守れる程度の能力を有する。一方で、山の主のような妖達はそれ以上の能力を持っている為、山や奥深い森で暮らす者が多い。連は、篠木の町の近くに住んでいると言っていた。賢治がいるせいかもしれないが、連の能力からすると森の奥に住んでいてもおかしくない。

 酒の呑む量にしてもそうだ。一樽を呑み干すのは、尋常じゃない。しかも、こちらは一〇杯程度呑んで記憶がなくなったが、連は翌日も普段と変わらぬ顔で店に来ていたのだから。

 妖霊山の主のことにしても、連の言葉が引っ掛かる。盗賊と一緒にいた主は人に見えると言うと、連は他に根拠があるのではと聞いてきた。その後の意味ありげな笑みは、連が何かを知っていると物語っているのではないのか。そして、連は盗賊と一緒にいる主は違うと否定している。どうして連は否定出来たのか。連は山の主と知り合いなのかと思うが、追手を相手にした時の連の行動は、連は妖霊山の主ではないのかというもう一つの仮定を立てている。

 溜息を吐いて、弥素次は軽く首を横に振った。

 いくらなんでも、連が妖だというのは今までの行動で分かるが、主ではないかというのは行動からは分からない。いくら能力のある妖だからと言っても、主だとは言いきれないだろう。妖達と山の主との能力の差は歴然としていて、半端なものではないのだ。それに、山の主が頻繁に町に来るなど、聞いた例がない。第一、連は七妖を狩ったり、傭兵を引き受けたりして生計を立てているのだ。山の主がすることではない。やはり、主の知り合いなのだろう。

 とはいえ、弥素次の素性を知っていて、連は何も言わずに接しているのは少々不気味に感じる。極力口にしていない筈なのに、彼女は何処で素性を知ったのか。結局のところ、連が何者なのかは一切分からないままだ。

 ぼんやりと洗濯物を眺めながら、幼い頃の記憶をもう一度辿ってみる。弥素次を受けとめてくれた女性は顔こそ分からなかったが、雰囲気は賢治を見ていた連に似ていた気がする。だが、二〇年前の記憶だ。そんなに時間が経っているのに、連が変わっていないと言うのはおかしな話になる。能力のある妖でも、人と寿命は同じ位だ。二〇年も経てば、それだけ年も取り、老いている筈。年を取っても老いないのは、それこそ山の主やその血縁者くらいだ。もしかして、連は血縁者なのかもしれない。

 誰かが来る気配を感じ、一旦考えることを止める。

 庭の入口を見ると、勢い良く扉を開けた賢治が笑顔で駆けよって来て、服を掴むと、疑うことを知らぬ瞳が顔を覗き込むように弥素次を見上げた。

「やしょじ、かかが来ました」

 賢治が話しだすと、どうもその場の空気が和んでいるように思える。思わず顔を緩ませた弥素次は賢治を抱き上げ、膝の上に座らせる。賢治が開けた扉からは、惣一と今し方着いたばかりの連がこちらを見ていた。

「惣一に話したらしいな」

 ゆっくりと近づいて、連は極上ともいえる笑みを見せた。やはり、連は弥素次の素性を初めから知っていたのだと、笑みで確信する。

「ええ」

「話すのに、随分時間がかかったな」

 連の手には、一双の刀が握られていた。

「色々と、考えておりましたので」

 惣一が扉のすぐ脇で、こちらを眺めて様子を見ているのを背にして、連は持っていた刀を差し出した。何も言わずに、左手で受け取る。

「そうか。処で刀だが、護封刀≪ごふうとう≫の一つで、玄封≪げんふう≫と言う。正真正銘の妖刀だ」

 そうか、連の言葉を聞いて白護と言う言葉を、何処で、誰に聞いたのか、連が何者なのかも思い出した。この妖は何処まで人を馬鹿にしたように、さらりと言ってのけてくれる。それとも、全く気にしていないのか。

「聞いたことがあります、護封刀は神話に登場する霊獣≪れいじゅう≫の番人が持っていた武器でしたね。確か、のちに四つの武器に分かれたとか」

 刀を改めて見ながら言うと、連は頷いて見せた。

「玄封、白護、碧護≪へきご≫、紅封≪こうふう≫の四つだ」

「そうでしたね。その一つ、白護の持ち主は妖霊山の主であると、幼い折に貴女から聞きましたが」

 連は、少し考えるような表情を見せた。

「そんなこと言ったか?」

「ええ、二〇年程前に私の母が亡くなって、柳の国王の許に預けられました時に。声をかける度に私が泣いていましたので、お困りになられた国王が、貴女を呼ばれました」

 ああ、と連の口から、思い出したらしい声が洩れた。

「あの時の泣き虫」

 惣一が連の言葉を聞いた途端に、口元を押さえて笑いを殺している。忘れていたのかと、内心溜息を吐く。

「否定はしませんが、貴女のおかげで今の私があるのですから」

「お前、今逃亡中なのは私のおかげか?」

 鋭く反応した連の一言に、笑いが抑えられなくなった惣一が笑いだした。

「連、揚げ足を取らないで下さい」

 気にしていない処か、記憶から消し去っておいて、揚げ足を取る連に弥素次は苦笑いを浮かべてしまった。

「冗談だ」

「昨日、貴女が白護を持っていると知って、記憶を辿っておりました。二〇年前のことを、漸く思い出したのです。白護の持ち主が、貴女だと言うことは、妖霊山の主も貴女だと」

 惣一の笑いが止り、まじまじと連を見ている。

「連、本当に主なのか?」

「まあな」

 答えた連を未だに見ていた惣一は複雑そうな表情になり、弥素次と連を見比べていたが、やがて軽く溜息を吐いた。

「皇子様に山の主の組み合わせも、奇妙なもんだな」

 途端に連の視線が、冷たさを併せ持つ。

「お前の頭の中身を、一度見せてほしいな」

 振ったらさぞ鈍い音が鳴るだろうなと、言葉を残して連は扉へ向かう。

「俺の頭は、鈴じゃない」

 口をへの字にして惣一が、近づいてくる連に反論している。

「変わらんな。さて、出かけてくる。惣一以上にうるさいのを相手にしないといけないから、耳栓をしていかないといけない」

 惣一に言葉を返すと、独り言を言うように呟いて連は、扉の中へ消えて行ったのである。

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