↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣の英雄  作者: 四茶
第一章『掌に残るもの』
6/25

6.討伐

「出たぞ! 隊長級だ!」


 シェルの怒号が森に響き渡った。


 大蜘蛛が、ゆっくりと八本の脚を広げる。

 人間の胴ほどもある脚が地面を踏みしめるたび、湿った土が沈み込む。

 赤い複眼が、焚き火の向こうにいる人間たちを一つずつ捉えていく。


 シェルは盾を構え、大蜘蛛の正面に立った。


「討伐は必須じゃない! 観察して情報をなるべく多く得ることを目的に、生存第一で動け!」


 その声を聞いた瞬間、全員が動いた。


「散開!」


 軽装のパーティーが左右へ駆ける。

 弓を構えた一人が、間髪入れずに矢を放った。

 矢は大蜘蛛の胴体へ吸い込まれ――


 硬質な音を立てて弾かれた。

 矢は地面へ突き刺さる。


「硬っ……!」

「怯むな!」


 シェルが叫ぶ。


 大蜘蛛が前脚を振り上げた。


「来るぞ!」


 シェルが盾を構える。


 次の瞬間。

 大地が揺れた。


 振り下ろされた脚が盾へ叩きつけられ、シェルの足が地面にめり込む。


「ぐっ……!」

「シェル!」


 仲間の一人が叫ぶ。

 だが、大蜘蛛は止まらない。


 別の脚が横薙ぎに振るわれる。


「ウオオォォ!」


 そこにガルドが割り込み、戦鎚で脚を迎え撃つ。

 速度が弱まり攻撃を止めることに成功したものの、ガルドは衝撃を殺しきれずに体勢を崩した。


 「ロイ!」

 「了解!」


 ロイが手を掲げた。


「――風よ!」


 小さな風の塊が追撃せんとしていた大蜘蛛の脚へぶつかる。


 威力は大したことがない。

 だが、脚の軌道がほんのわずかに逸れる。


「今だ!」


 体勢を立て直したガルドとシェルが飛び退く。

 直後、地面を大蜘蛛の脚が抉った。


「……やるじゃねぇか!」


 シェルが笑う。


 ロイは汗を浮かべながら、次の術式を組み立てていた。


「まだ行きますぜ!」


 火球。

 突風。

 氷塊。


 どれも大蜘蛛へ致命傷を与えるほどの威力はない。

 だが、視界を遮り、動きを乱し、仲間が攻撃する隙を作る。


 ロイはそういう役割だった。


「なるほど」


 アニマは少し離れた場所から戦場を眺めていた。


 シェルとガルドが前衛。

 軽装の二人が左右から牽制。

 ロイが後方から撹乱。


 他の面々も周囲の警戒を怠らず、いつでも介入できるようにしている。

 優秀な部隊だ。


「兄貴!」


 ガルドの声。


 大蜘蛛の吐いた毒がこちらへ飛んでくる。

 流れ弾だった。


 アニマはハルカを抱え上げて数メートル離れた位置に移動する。

 微かに到達した毒液の飛沫を首をひねって避けた。

 背後の木が凄まじい勢いで煙を立てる。


「あ、ありがと」

「あまり集中が乱れると魔法に影響が出るだろう。俺を信じろ」

「う、うん」


 こわばる顔を両手でピシャリと叩き、ハルカが少し怖い顔をする。

 アニマは思わず笑いそうになるが、彼女も真剣なのだと、なんとか耐えた。


 シェルの仲間が剣を抜き、ロイが作った隙へ飛び込む。


 斬撃。

 しかし――


「硬ぇ!」


 刃が外皮を滑った。


 慌てて飛び退く。


「脚なら恐らく関節! それ以外は切れんぞ!」


 シェルの声。


 ガルドは歯を食いしばりながら大蜘蛛の横へ回った。


「こっちだ化け物!」


 大蜘蛛の複眼がガルドを捉える。


 脚が振り下ろされた。


「うおっ!」


 間一髪で避ける。


 その間にシェルが盾を剣の柄で打ち鳴らし、注意を引く。


「こっちだ!」


 大蜘蛛がシェルへ向き直った。


 アニマは観察していた。


 攻撃の速度。

 脚の動き。

 身体の硬さ。

 魔力の濃度。

 大きさ。

 動きの癖。


 ショートソードはまだ鞘に納められていた。


「アニマは行かなくていいの?」


 ハルカは不思議そうにアニマを見る。


「……まだだ」


 アニマは答えた。


「見ている」


 隊長級。

 自分たちの知る戦場では珍しくもなかった存在。


 だが、この土地では違う。


 自分たちが知っている隊長級と、ここの隊長級。

 同じ階級でも、どれほど違うのか。

 それを確かめる。


 それがアニマの目的だった。


 大蜘蛛がシェルへ突進する。


「来い!」


 シェルが盾を構えた。

 その瞬間だった。


「シェル!」


 後方の仲間の一人が叫んだ。


 大蜘蛛の脚が急に横へ逸れる。

 大蜘蛛の注意は移っていた。シェルではない。

 その仲間へ向かっている。


「――!」


 避けきれない。

 巨大な脚が迫る。


 アニマの身体が動いた。


 気づけば、その男の前に立っていた。

 右手にショートソード。


 大蜘蛛の脚が振り下ろされる。


 一閃。


 関節を、刃が断ち切った。


 ボトリ、と巨大な脚が地面へ落ちる。


「……確かに関節は柔らかいな」


 戦場が、一瞬静まり返った。


 大蜘蛛が後退する。

 赤い複眼がアニマを捉えた。


「今の動き……」


 シェルが呆然と呟く。


 アニマは大蜘蛛を見つめる。

 力を測る必要は、もうなかった。


「……中位程度か」


 アニマが呟く。


 高く見積もっても、隊長級の中位。


 そして前に立って確信する。

 力はあるが、殺意が弱い。戦場産の魔物との決定的な違いだ。

 明らかに人間をナメている。


 剣を握り直す。


「少し離れてろ」

「兄貴?」

「俺も戦う」


 大蜘蛛の口から毒液が滴り、威嚇するように何かが擦られる音がする。


 アニマが地面を蹴り、一瞬で距離を詰める。


 大蜘蛛が脚を振る。


 避ける。


 ショートソードを外皮の隙間へ突き立てる。


 刃を深く食い込ませ、そのまま捻る。

 もう一本脚が落ちる。


 残り六本。


 大蜘蛛が身を捩る。

 横から脚が迫る。


 アニマは身体を沈め、その下を潜り抜けざまに剣を振るう。


 残り五本。


 大蜘蛛が振り返る。


 その瞬間、アニマが跳んだ。


 大蜘蛛の頭部めがけて剣を構え、突き立てる。

 刃が深く入り込んだ。


 大蜘蛛が激しく暴れる。


「兄貴!」

「離れろ!」


 アニマが叫ぶ。


 大蜘蛛が最後の力を振り絞って脚を振り回す。


 全員が距離を取った。


 アニマはその場で急所と思わしき部位を貫き続けた。


 大蜘蛛の身体が、ゆっくりと崩れ落ちる。


 森に静寂が戻った。


「……終わった?」


 ハルカが恐る恐る尋ねる。


 アニマは大蜘蛛から飛び降りる。


 動かない。


 魔力の流れも感じない。


「さすが兄貴だ! アニマの兄貴が討ち取ったぞ!」


 ガルドのその言葉を聞き、全員が息を吐いた。


「よ、よかった……」


 ハルカが胸を撫で下ろす。


 シェルや軽装の弓兵たちも緊張を解いた。


「いやぁ……死ぬかと思った――」


 その時だった。

 大蜘蛛の身体が僅かに動いた。


「兄貴!」


 ミックが叫ぶ。


 大蜘蛛が跳ね起き、牙を剥く。


 アニマの拳が振り抜かれる。


 轟音。


 巨体が吹き飛び、木へ叩きつけられる。

 そして二度と動かなかった。


 アニマは周囲を見回した。


「……蜘蛛型は死んだふりが得意、だったよな」

「そ、その通りでした」


 アニマが呟き、今度こそ沈黙した大蜘蛛を一瞥した。


 *****


 幸いにも、死人は出なかった。


 ただし負傷者は多かった。


 シェルの仲間の一人は腕をへし折られ、ガルドも肩に傷を負っていた。


 ハルカは休む間もなく治癒魔法を使い続けた。


「もう少し……じっとしてて」


「悪いな、姉御」


「いいから!」


 震える手で魔力を集中させる。


 治癒魔法の光が拡がる。

 やがて血が止まり、新しい皮膚が傷口を覆う。見事なものだ。


「精々止血くらいだと思っていた。まさかここまでの治癒魔法が使えるとはな」

「……よし」


 ハルカは大きく息を吐いた。


 誰一人欠けることなく。

 隊長級討伐は終わった。


 *****


 一晩明け、ポルトへの帰り道。


 軽装パーティーの弓兵の男が、アニマの隣まで歩いてきた。


「……アニマといったか」

「何だ」

「アルクという。礼を言わせてくれ」


 男は深く頭を下げた。


「感謝する。貴殿の力なしに討伐は不可能だっただろう」

「時間の問題だっただろう。犠牲は減らせたとは思うが」

「謙遜しないでくれ」


 男は少し砕けた様子で苦笑する。


「正直、俺たちだけじゃどうにもならなかった」


 アニマは何も言わなかった。


「助かったよ」


 男が離れていく。


 その時だった。

 少し離れたところにいた軽装パーティーの少女と目が合った。


 長い耳。

 人間よりも僅かに尖った耳が、髪の隙間から覗いている。


 少女はアニマをじっと見つめていた。

 不思議な雰囲気の少女だった。

 年齢はアニマとそう変わらないようにも見える。

 だが、その目にはどこか大人びたものがあった。


 少女は何も言わない。


 アニマも何も言わない。


 ただ一瞬、視線が交わった。

 少女がふっと目を逸らした。


「……エルフ、か」


 今はかなり数を減らした亜人種の一種。

 ヴェイド王国は亜人を迫害していた。


 *****


 ポルトへ戻ると、ギルドで討伐報酬が支払われた。


 隊長級討伐ということもあり、報酬はかなりの額だった。

 ホクホク顔の冒険者たちと言葉を交わす。


「今回は助かったぜ、アニマの兄貴」

「シェル、見事な盾捌きだった」

「よせやい。またどこかで会えたらよろしくな。……あ、報酬はきっちり頂くからな」


 養う家族がいるんだ、とシェルは手をあげて一足先に出ていった。

 軽装パーティーは気づけばいなくなっていた。戦場でもギルドでも、身軽なものだ。 

 少し周りを伺っていると、ロイが察して話してくれた。


「エルフのお嬢さんなら、物憂げな顔でさっさと行っちまいやしたぜ。御一行も慌てて着いて行ってやした」

「そうか」

「え、エルフいたの!?」


ハルカは気づいてすらいなかったようだ。エルフに謎の憧れを持っているらしい。


「いやぁ、これならしばらくは食うに困らねぇな!」


 ガルドが金貨を数えながら笑う。


「兄貴たちの取り分も結構ありますぜ」

「荷物持ちという体だ。少なめでいい」


 結局、正式に参加した報酬として、アニマとハルカにも相応の金が渡された。


「そういうわけにもいかねぇでしょう」

「むしろ、もっと持って行ってくれ」


 何なら、ガルドたちが取り分から一部分けてくれ、他の面々よりも二割増ほどの額だった。


 これで当面の旅費には困らない。


 そしてギルド前で解散した。


「じゃあな、兄貴!」

「姉御も元気で!」

「またどこかで会おう」

「またねー!」


 ミックが手を振る。

 ロイも笑った。


「また会えるといいですな」

「ああ」


 アニマは頷いた。

 出会いの印象こそ良くなかったが、終わってみれば気持ちのいい奴らだった。


「その時までに、もっと強くなっておきますぜ」


 ガルドが拳を握る。


「期待している」


 アニマも拳を握り、突き合わせた。


 *****


 次の日の朝。


 街でアルクに呼び止められたアニマとハルカは、冒険者ギルドの受付で一枚の依頼書を受け取っていた。


「次の街までの護衛依頼です」


 提示された金額を見て、ハルカが目を丸くする。


「これ、さっきの討伐依頼に匹敵しますよ」

「なんなら半額前払いしよう」


 アニマが依頼書を見る。

 目的地。西の都ウエスタン。

 護衛対象。エルフ。

 日程。要相談。

 報酬。


 正式にギルドを通されている。

 怪しいところはない。


「どうする?」


 ハルカが尋ねる。


 アニマは少し考えた。


 これから先、ヴェイド王国へ近づいていく。

 地図で言うと、ヴェイド王国はこの大陸の北西端。険しい山脈に囲まれた、天然の要塞だ。

 危険度や船代を考えると海路は現実的ではない。

 大陸の南端に位置するポルトから陸路で向かうしかないが、そうなるとどれだけかかることか。


 今回の依頼は西の都ウエスタン。一週間ほどで辿り着けるであろう、大陸中央西に位置するかなり栄えた都市。


 ヴェイド王国に近づきつつ、戦力を上げる何かが見つかるかもしれない。


 戦争を止める。

 そのためには――


「……受けよう」

「じゃあ決まりだね」


 ハルカが笑う。


 そのためには、エルヴァイスに、誰にも負けない力を身に着けなければ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。