23.女学園
長くなったので分けました。
2話連続投稿になります。
石畳が、思っていたより冷たかった。
アニマは前足を置き直し、隣を歩くハルカを見上げた。
彼女の肩から下がる袋が、一歩ごとに揺れる。
「歩きにくい?」
首を振った。
歩ける。
だが、視線が低い。
荷車の車輪も、店先に置かれた籠も、昨日とは違う高さにあった。すれ違う人達が少しアニマ達を避けて通り過ぎていく。
ハルカが足を緩める。
「もう少しだからね、ライ」
子供へ言うような口調だった。
アニマが恨めしそうに顔を向けると、彼女は首を傾げた。
「どうしたの、お腹すいた?」
話せないので前を向いた。
宿を出る前、人の姿で話せるうちに、いくつか決め事をしていた。
外ではライと呼ぶこと。
伝えたいことがあるときは、尻尾で二回ハルカに触れること。
動物扱いしないこと。
大剣も仮面も、宿へ置いてきた。
身につけているのは、大剣を背負うときに使っていた紐。使い魔であることを示すため、首輪の代わりに付けていた。
それ以外は何も身につけていないのに、身体の内側だけは窮屈だった。
通りの先に、鉄の門が見えた。
左右へ続く高い塀。その奥には、同じ色の屋根を載せた建物がいくつも並んでいる。
中央の建物だけが一段高く、窓の上に大きな時計があった。
「ここだね」
ハルカが紙と門の文字を見比べる。
セントラル魔法女学園。
門を通る少女たちは、似た形の上着を着ていた。
肩に小鳥を乗せた者がいる。別の少女の頭上では、羽の生えた小さな何かが、眠そうに上下していた。
アニマを見つけた一人が、友人の袖を引く。
小声がした。
その後も、何度か振り返られた。
やはり、目立つらしい。
門脇に立っていた女へハルカが用件を伝えると、女はアニマを見下ろした。
それから、門のすぐ内側にある建物を示す。
「入学のお問い合わせでしたら、あちらの受付へどうぞ」
止められはしなかった。
*****
受付の机には、何冊もの帳面が積まれていた。
眼鏡をかけた女が顔を上げる。
「おはようございます。ご用件は?」
「入学について伺いたいんですけど。それと、この子も一緒に入れますか。私の使い魔なんです」
女の視線が、机の向こうから下りてきた。
「まあ」
椅子を引き、少し身を乗り出す。
「魔獣型で、こんなに大きな使い魔ですか。珍しいですね」
アニマはハルカの足元に座った。
床へ伸ばした尾を、身体の脇へ寄せる。
「妖精系や小鳥の使い魔を連れた方は多いんですけれど。この手の子は、なかなか人に懐かないでしょう。小さい頃からお世話を?」
「はい。そうです」
返事が早い。これなら疑われずに済むだろう。
「なるほど。それなら、この落ち着き方も納得です」
女が笑う。
アニマはハルカを見上げた。
彼女は受付の女を見たまま、こちらの頭へ手を置いた。
小さい頃から。
昨夜、初めてこの姿を見たくせに。
「同伴はできます。ただ、校内では飼い主の指示に従えることが条件です。ほかの生徒や使い魔に危害を加えないようにお願いしますね」
「はい」
「実技では、使い魔を含めて扱い方を確認します。それで、入学をご希望とのことですが――」
女は帳面を一冊開いた。
決められた入学時期は、すでに過ぎている。
今から入る場合は、編入という扱いになるらしかった。
「通常の筆記試験に加えて、実技試験を受けていただきます。どの授業から始めていただくか、判断するためです」
「授業から、ですか?」
「ええ。当学園は初等部、中等部、高等部に分かれています。年齢だけで上がるわけではありません。各部で必要な実力と成績を示せば進級し、高等部の課程を修めれば卒業です」
ハルカが頷く。
「途中からだと、分からないところも多そうですね」
「進んでいる授業には、追いつくための勉強が必要になります。ただ、すべての授業が同じ時期に始まるわけではありません。最近始まった授業もありますから、そちらを中心に選べる場合もあります」
女は別の紙を取り出した。
細かい文字の並んだ一覧だった。
「試験の結果を見て、ご案内しますね」
「試験は、いつ受けられますか」
「ちょうど今日、編入希望の方をお一人お受けする予定です。よろしければ、ご一緒に」
ハルカの指が、袋の紐を握り直した。
「……今日」
「別の日でも構いませんよ」
ハルカがアニマを見る。
代わりに入学してもらう身で、強くは言えない。
だが、今日いきなり入学できれば非常に都合が良い。
アニマはハルカを見つめ返す。
ハルカはその後、あまり迷うことなく決断した。
「受けます。お願いします」
*****
案内された部屋には、先に一人いた。
机の前に座り、開いた本へ顔を近づけている。
薄茶色の髪を後ろで一本に編んだ少女だった。足元の荷袋は膨らみ、口から布の端がはみ出していた。
戸が開いた音に、顔を上げる。
「あ、試験の――」
アニマを見て、言葉が止まった。
「……大きい」
「使い魔なの。一緒に受けてもいいって」
ハルカが答えると、少女は本を閉じた。
「使い魔までいるんだ。やっぱり都会はすごいなあ」
「私はハルカ。この子はライ。よろしく」
「おらはノエラっていいます。よろしく」
少女が立ち上がり、頭を下げた。
膝に載せていた紙が滑り落ちる。
「あっ」
アニマの前まで、何枚か紙が落ちてきた。
風に運ばれないよう、前足で端を押さえる。
「ありがとう」
しゃがんだノエラから一歩離れて座る。彼女は驚いたようにこちらを見た。
「頭いいなあ」
「うん。賢い子なの」
動物扱いしない、という約束は何処へ。
アニマは、不貞腐れながらハルカの席の横に座る。
「ノエラも、今日申し込んだの?」
「昨日。村を出るのが遅くなっちゃって。着いてみたら、普通の入学はもう終わったって言われたんだ」
紙をまとめたノエラが、本へ挟む。
何度も開いているらしく、綴じ目の糸が緩んでいた。
「魔法は村で習ってたんだけど、こういう試験は初めてなんだ。覚えてきたはずなのに、今見たら知らないことばっかりな気がして」
「私も、こういう試験を受けるのは初めてだよ」
「本当?」
「私も、田舎の師匠に教わっただけだから。学園の試験でどこまで通じるかは分からないけど」
ノエラの肩が、少し下がった。
「それなら、ちょっと安心だ」
廊下から足音が近づいた。
入ってきた女は、紙の束と砂時計を持っていた。
「お二人とも、席についてください。本と荷物は机の下へ。使い魔も、試験中はそこで静かにさせておいてくださいね」
ハルカが、横へ手を伸ばす。
頭へ軽く触れられた。
これは使い魔に対して自然な振る舞いを演じているだけだ。
きっと、それだけのはずだ。
アニマは前足に顎を載せ、目を瞑った。
*****
紙をめくる音。
筆が走り、止まる音。
それ以外には、ほとんど何も聞こえなかった。
最初、ハルカの筆は止まらなかった。
だが、紙を一枚めくったところで、長く動かなくなった。
椅子の下から顔を上げても、見えるのは机の裏だけだ。
隣では、ノエラが小さく息を吐いた。
アニマは窓を見た。
屋根の向こうで、羽の生えた小さな生き物が弧を描いている。
身体の奥が軋むようだった。
歩いていても、座っていても、前足を伸ばしてみても窮屈さは変わらなかった。
「そこまでです。筆を置いてください」
紙が回収される。
女が部屋を出ていくと、ノエラが机へ額をつけた。
「……駄目かも」
「まだ分からないよ」
「半分くらい白紙で出しちまっただ」
ハルカは何も言わなかった。
励ます言葉を探しているらしく、口を開いては閉じていた。
やがて女が戻ってきた。
机へ紙が返される。
ハルカのものには、いくつか赤い印がついていた。
「ハルカさん。筆記は合格です。基礎はよく身についていますね」
ハルカが背筋を伸ばした。
「ありがとうございます」
「どちらで学ばれました?」
「故郷の師匠に。魔法を使う前に、覚えておきなさいって」
「よい先生だったのでしょうね。間違えたところは、入学後に確認しておいてください」
女が隣へ向く。
「ノエラさん」
「はいっ」
「合格です。ただし、基準ぎりぎりです」
ノエラの口が開いた。
「受かった……?」
「ええ。書いてある所は大体合ってましたよ。未記入が多すぎますが」
「あ、ありがとうございます」
今度は、深く頭を下げた。
女が部屋の戸を開く。
「では、実技へ移りましょう」
ハルカが立った。
アニマも立ち上がり、その隣へ並んだ。




