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獣の英雄  作者: 四茶
第二章『力を求める者たち』
26/27

23.女学園

長くなったので分けました。

2話連続投稿になります。

 石畳が、思っていたより冷たかった。


 アニマは前足を置き直し、隣を歩くハルカを見上げた。

 彼女の肩から下がる袋が、一歩ごとに揺れる。


「歩きにくい?」


 首を振った。


 歩ける。

 だが、視線が低い。


 荷車の車輪も、店先に置かれた籠も、昨日とは違う高さにあった。すれ違う人達が少しアニマ達を避けて通り過ぎていく。


 ハルカが足を緩める。


「もう少しだからね、ライ」


 子供へ言うような口調だった。

 アニマが恨めしそうに顔を向けると、彼女は首を傾げた。


「どうしたの、お腹すいた?」


 話せないので前を向いた。


 宿を出る前、人の姿で話せるうちに、いくつか決め事をしていた。


 外ではライと呼ぶこと。

 伝えたいことがあるときは、尻尾で二回ハルカに触れること。

 動物扱いしないこと。


 大剣も仮面も、宿へ置いてきた。

 身につけているのは、大剣を背負うときに使っていた紐。使い魔であることを示すため、首輪の代わりに付けていた。

 それ以外は何も身につけていないのに、身体の内側だけは窮屈だった。


 通りの先に、鉄の門が見えた。


 左右へ続く高い塀。その奥には、同じ色の屋根を載せた建物がいくつも並んでいる。

 中央の建物だけが一段高く、窓の上に大きな時計があった。


「ここだね」


 ハルカが紙と門の文字を見比べる。


 セントラル魔法女学園。


 門を通る少女たちは、似た形の上着を着ていた。

 肩に小鳥を乗せた者がいる。別の少女の頭上では、羽の生えた小さな何かが、眠そうに上下していた。


 アニマを見つけた一人が、友人の袖を引く。


 小声がした。

 その後も、何度か振り返られた。


 やはり、目立つらしい。


 門脇に立っていた女へハルカが用件を伝えると、女はアニマを見下ろした。

 それから、門のすぐ内側にある建物を示す。


「入学のお問い合わせでしたら、あちらの受付へどうぞ」


 止められはしなかった。


 *****


 受付の机には、何冊もの帳面が積まれていた。


 眼鏡をかけた女が顔を上げる。


「おはようございます。ご用件は?」

「入学について伺いたいんですけど。それと、この子も一緒に入れますか。私の使い魔なんです」


 女の視線が、机の向こうから下りてきた。


「まあ」


 椅子を引き、少し身を乗り出す。


「魔獣型で、こんなに大きな使い魔ですか。珍しいですね」


 アニマはハルカの足元に座った。

 床へ伸ばした尾を、身体の脇へ寄せる。


「妖精系や小鳥の使い魔を連れた方は多いんですけれど。この手の子は、なかなか人に懐かないでしょう。小さい頃からお世話を?」

「はい。そうです」


 返事が早い。これなら疑われずに済むだろう。


「なるほど。それなら、この落ち着き方も納得です」


 女が笑う。


 アニマはハルカを見上げた。

 彼女は受付の女を見たまま、こちらの頭へ手を置いた。


 小さい頃から。

 昨夜、初めてこの姿を見たくせに。


「同伴はできます。ただ、校内では飼い主の指示に従えることが条件です。ほかの生徒や使い魔に危害を加えないようにお願いしますね」

「はい」

「実技では、使い魔を含めて扱い方を確認します。それで、入学をご希望とのことですが――」


 女は帳面を一冊開いた。


 決められた入学時期は、すでに過ぎている。

 今から入る場合は、編入という扱いになるらしかった。


「通常の筆記試験に加えて、実技試験を受けていただきます。どの授業から始めていただくか、判断するためです」

「授業から、ですか?」

「ええ。当学園は初等部、中等部、高等部に分かれています。年齢だけで上がるわけではありません。各部で必要な実力と成績を示せば進級し、高等部の課程を修めれば卒業です」


 ハルカが頷く。


「途中からだと、分からないところも多そうですね」

「進んでいる授業には、追いつくための勉強が必要になります。ただ、すべての授業が同じ時期に始まるわけではありません。最近始まった授業もありますから、そちらを中心に選べる場合もあります」


 女は別の紙を取り出した。

 細かい文字の並んだ一覧だった。


「試験の結果を見て、ご案内しますね」

「試験は、いつ受けられますか」

「ちょうど今日、編入希望の方をお一人お受けする予定です。よろしければ、ご一緒に」


 ハルカの指が、袋の紐を握り直した。


「……今日」

「別の日でも構いませんよ」


 ハルカがアニマを見る。


 代わりに入学してもらう身で、強くは言えない。

 だが、今日いきなり入学できれば非常に都合が良い。


 アニマはハルカを見つめ返す。

 ハルカはその後、あまり迷うことなく決断した。


「受けます。お願いします」


 *****


 案内された部屋には、先に一人いた。


 机の前に座り、開いた本へ顔を近づけている。

 薄茶色の髪を後ろで一本に編んだ少女だった。足元の荷袋は膨らみ、口から布の端がはみ出していた。


 戸が開いた音に、顔を上げる。


「あ、試験の――」


 アニマを見て、言葉が止まった。


「……大きい」

「使い魔なの。一緒に受けてもいいって」


 ハルカが答えると、少女は本を閉じた。


「使い魔までいるんだ。やっぱり都会はすごいなあ」

「私はハルカ。この子はライ。よろしく」

「おらはノエラっていいます。よろしく」


 少女が立ち上がり、頭を下げた。

 膝に載せていた紙が滑り落ちる。


「あっ」


 アニマの前まで、何枚か紙が落ちてきた。

 風に運ばれないよう、前足で端を押さえる。


「ありがとう」


 しゃがんだノエラから一歩離れて座る。彼女は驚いたようにこちらを見た。


「頭いいなあ」

「うん。賢い子なの」


 動物扱いしない、という約束は何処へ。


 アニマは、不貞腐れながらハルカの席の横に座る。


「ノエラも、今日申し込んだの?」

「昨日。村を出るのが遅くなっちゃって。着いてみたら、普通の入学はもう終わったって言われたんだ」


 紙をまとめたノエラが、本へ挟む。

 何度も開いているらしく、綴じ目の糸が緩んでいた。


「魔法は村で習ってたんだけど、こういう試験は初めてなんだ。覚えてきたはずなのに、今見たら知らないことばっかりな気がして」

「私も、こういう試験を受けるのは初めてだよ」

「本当?」

「私も、田舎の師匠に教わっただけだから。学園の試験でどこまで通じるかは分からないけど」


 ノエラの肩が、少し下がった。


「それなら、ちょっと安心だ」


 廊下から足音が近づいた。


 入ってきた女は、紙の束と砂時計を持っていた。


「お二人とも、席についてください。本と荷物は机の下へ。使い魔も、試験中はそこで静かにさせておいてくださいね」


 ハルカが、横へ手を伸ばす。

 頭へ軽く触れられた。


 これは使い魔に対して自然な振る舞いを演じているだけだ。

 きっと、それだけのはずだ。


 アニマは前足に顎を載せ、目を瞑った。


 *****


 紙をめくる音。

 筆が走り、止まる音。


 それ以外には、ほとんど何も聞こえなかった。


 最初、ハルカの筆は止まらなかった。

 だが、紙を一枚めくったところで、長く動かなくなった。


 椅子の下から顔を上げても、見えるのは机の裏だけだ。


 隣では、ノエラが小さく息を吐いた。


 アニマは窓を見た。

 屋根の向こうで、羽の生えた小さな生き物が弧を描いている。


 身体の奥が軋むようだった。


 歩いていても、座っていても、前足を伸ばしてみても窮屈さは変わらなかった。


「そこまでです。筆を置いてください」


 紙が回収される。

 女が部屋を出ていくと、ノエラが机へ額をつけた。


「……駄目かも」

「まだ分からないよ」

「半分くらい白紙で出しちまっただ」


 ハルカは何も言わなかった。

 励ます言葉を探しているらしく、口を開いては閉じていた。


 やがて女が戻ってきた。


 机へ紙が返される。

 ハルカのものには、いくつか赤い印がついていた。


「ハルカさん。筆記は合格です。基礎はよく身についていますね」


 ハルカが背筋を伸ばした。


「ありがとうございます」

「どちらで学ばれました?」

「故郷の師匠に。魔法を使う前に、覚えておきなさいって」

「よい先生だったのでしょうね。間違えたところは、入学後に確認しておいてください」


 女が隣へ向く。


「ノエラさん」

「はいっ」

「合格です。ただし、基準ぎりぎりです」


 ノエラの口が開いた。


「受かった……?」

「ええ。書いてある所は大体合ってましたよ。未記入が多すぎますが」

「あ、ありがとうございます」


 今度は、深く頭を下げた。


 女が部屋の戸を開く。


「では、実技へ移りましょう」


 ハルカが立った。

 アニマも立ち上がり、その隣へ並んだ。



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