24.模擬戦
実技の試験場は、中庭の奥にあった。
低い石壁に囲まれた広い場所で、地面には何本もの白い線が引かれている。
一方の端に木の標的。反対側には、杖や刃を潰した武器が並んでいた。
短く髪を切った女が待っていた。
袖を肘までまくり、手には細い杖を持っている。
「実技を担当します。まず、得意な魔法と、普段どのように使っているかを教えてください」
ハルカがアニマを見た。
「私は治癒魔法です。戦う時は、この子に前へ出てもらって、怪我をしたら治します。私自身も、身体強化は使えます」
「使い魔を前衛にして、後ろから支援する形ですね」
「はい」
アニマはハルカの隣に座ったまま、女の杖を見ていた。
この姿で、どこまで動けばいい。
力を抑えているとはいえ、普段の獣化をしていない時と同等の力はある。
素直に動いてあまり目立っても困る。
「貴方は私との模擬戦にしましょう。致命傷になり得る攻撃は禁止です。こちらが止めたら、使い魔も必ず止めてください」
女が白線の内側へ入る。
「私は、あなた自身にも攻撃します。使い魔だけを見ていてはいけませんよ」
ハルカが頷いた。
少し離れたところで、ノエラが両手を握っている。
「頑張って」
ハルカが小さく笑い、線を越えた。
その唇が動く。
「我が身に宿れ。眠れる力よ。始まりの音。四肢に剛力を、五体に鋼を――《戦躯》」
初歩的な身体強化魔法の詠唱。
アニマは数歩先へ出て、女と向き合った。
「始めます」
女の杖が上がった。
「我が指す地に。大地の息吹。重なりの響き。二重の壁となりて、迫るものを阻め――《双壁》」
詠唱とともに、土が盛り上がる。
人間ほどの高さの壁が、二つ。
これくらいならば飛び越えられる。
「右から!」
ハルカの声。
知らぬ間に発動していた炎撃魔法が横から飛んできた。
避けつつ土の壁を飛び越える。
「―――りの音。一条の閃光となりて、彼方を貫け――《雷撃》」
次の魔法は既に詠唱されていた。空中で直撃を受ける。
全身が一瞬硬直する。
少し痛いが、初歩的な魔法のためダメージは無い。
見事にやられた。詠唱の隙を消す戦い方が上手い。
効いたフリをして土の壁の間に潜む。油断した所を狩りたい。
「我が眼に映りし者の頭上に。白銀の静寂。目覚めの声。幾多の礫となりて、降り注げ――《氷礫》」
頭上を見るが何もない。
ハルカの方を向くと、拳ほどの氷の礫が頭上に現れている。
アニマが戻ろうとした時、ハルカはすでに横へ動いていた。
氷の礫が、さっきまで彼女のいた場所に降り注いでいる。
「ライ、壁の右から回って。私が合図したら、一緒に」
小さな声だったが、アニマには聞こえていた。
声に従って、壁を回り込み女を捕捉する。
女が警戒し下がる。
アニマにもハルカにも攻撃魔法を発動したが、手応えはあまり感じていないようだった。
「今」
地面を蹴り、飛びかかる。
女がこちらを見た。
「《地柱》」
魔法名だけ。事前に詠唱を済ませていたのか。
地面が割れ、魔法の起こりを感じた。
横に飛び避ける。後ろで地柱が発動したのを感じる。
「一緒に行くよ」
土壁の反対から身体強化魔法をかけたハルカが躍り出てくる。
まさか、肉弾戦をしかけるつもりか。
先に女のもとへ辿り着いたアニマは、爪をしまった前足で殴りつける。強すぎないように調節して。
杖で防がれるが、女の体勢が崩れた。
ハルカが合流し、気合の入った声と共に杖を蹴り飛ばす。
アニマは回り込み、尻尾で女を拘束した。
「そこまで」
女は拘束されながら言った。
アニマは拘束を緩め、ハルカも足を止めた。
「いやあ凄いね。完敗ですよ」
女は杖を拾いに行く。
アニマの前脚を確かめ、それからハルカを見る。
「使い魔が非常に強力ですね。私の魔法がほとんど通じていなかった。それを使役できるハルカさんも素晴らしい」
ハルカが息を吐いた。
「戦闘での連携は十分です。治癒魔法は、このあと別に確認しましょう」
「……ありがとうございます」
アニマは、何も知らない獣の顔で座った。
実際、ダメージは全く無かった。
「実技は文句なしです。筆記の結果と合わせて、あなたには最初から中等部の授業を認めます」
ハルカの目が開いた。
「中等部、ですか」
「基礎の授業で習ってほしい分野はありますが、この実力で初等部では浮いてしまいますからね」
線の外へ戻ると、ノエラが駆け寄ってきた。
「すごいすごい! カッコよかったっす」
アニマの前脚へ目を落とし、それからハルカの顔を見る。
「てっきりハルカは離れた所から魔法で戦うと思ってた」
「実はまだ、あんまり魔法使えないんだよね」
ハルカが苦笑する。
ノエラの名が呼ばれた。
「じゃあ、行ってくる」
彼女は肩を一度回し、線の内側へ入った。
*****
「私は、火と氷が得意です」
ノエラはそう言って、二つの標的を見た。
試験官が立つ位置を示す。
標的の後ろに控えていた別の女も、杖を持ち直した。
「まずは、普段使っている魔法を。合図をしたら始めてください」
ノエラが両手を上げる。
筆記の時のように、指は迷わなかった。
「どうぞ」
詠唱が始まる。
「我が眼に映りし者へ。紅蓮の息吹。白銀の静寂。共鳴の調べ」
炎と氷。
二つの属性を呼びながら、階位を定める言葉は一度しか唱えていない。
アニマの耳が動いた。
「灼熱の槍となりて、凍てつく槍となりて、彼方を貫け――《炎槍》《氷槍》」
右手の前に赤い光が灯った。
左手では、白い霧が渦を巻く。
試験官が、僅かに身を乗り出した。
ノエラの両手が前へ出る。
炎が走った。
同時に、氷の槍が空気を裂く。
別々の標的へ、ほとんど同時に届いた。
片方は火に包まれた。
もう片方は、硬い音を立てて中央から割れた。
後ろにいた女が杖を振る。
詠唱に続いて水が降り、火のついた木片を濡らした。
湯気が上がる。
隣で、ハルカが息を呑んだ。
「二つ、一気に……」
アニマはノエラを見ていた。
威力もさることながら、二つの詠唱を崩さず進め、別々の場所へ狙いをつける扱いは、あまり見たことがない。
ノエラが手を下ろした。
誰もすぐに話さないので、左右を見回す。
「あの。標的、壊してよかったんですよね?」
「ええ」
試験官が答えた。
「今の同時詠唱は、どなたに教わりました?」
「火と氷は、村の先生に。でも、一緒に使うのは自分で。先生には一つずつ使えって言われたんだけども、私は、一気に撃っちゃった方が強いし早いなって」
試験官が、手元の紙へ何か書き込む。
「では、次は威力を落として、こちらが指示する順に標的を狙ってください」
「はい」
次の詠唱が始まった。
炎と氷。
今度はどちらも小さかった。
指された標的へ飛び、一方が消え、残った一方が次の標的へ向かう。
試験官の指示が変わっても、ノエラの両手は止まらなかった。
炎が撃ち出された時には、氷が準備されている。
途切れることはなかった。
最後の氷が砕ける。
「十分です」
試験官が杖を下ろした。
「筆記だけなら初等部からですが、多重詠唱は高等部でも扱えない者が多い技術。この実力であれば、中等部の授業を受けることを認めます」
ノエラは動かなかった。
「……私も?」
「ただし、基礎理論は補ってもらいます。扱える術が高度な分、理解が追いついていないところを放置してはいけません」
ノエラが何度も頷いた。
「はい。やります」
線を越えて戻ってくる。
途中から歩く足が速くなり、ハルカの前で止まった。
「受かった」
「うん。おめでとう」
「ハルカも」
二人が笑った。
アニマは、その間で尾を踏まれないように立ち上がった。
*****
ノエラの試験の後、ハルカは治癒魔法の確認も受けた。
詠唱もなく試験官の傷が塞がると、試験官の筆が止まった。
「……今、詠唱は?」
「治癒は、なくても使えるんです」
試験官はハルカの手元を見直し、結果の紙へ何かを書き足した。
試験を終えると、受付でいくつかの説明を受けた。
必要な手続きと費用。
授業の選び方。
中等部の教室がある建物。
本格的に通うための準備は残っていたが、今日は敷地内を見て回ってもよいと言われた。
建物を出ると、遠くで鐘が鳴った。
廊下から、少女たちが出てくる。
腕に本を抱えた者。友人と話しながら髪を結び直す者。
こちらを見てギョッとした表情をする。失礼な。
「私、絶対に落ちたと思ってた」
ノエラが言った。
荷袋を背負い直し、ハルカと並んで歩く。
「筆記の時?」
「うん。ハルカ、いっぱい書いてたでしょう。隣で紙をめくる音がするたびに、どうしようって」
ノエラが笑った。
「分からないところ、今度一緒に勉強しない?」
「うん。私も教えてほしい。さっきの多重詠唱ってやつ、どうやってるのか」
「あれは……どうやってるんだろう」
自分の両手を見ながら、ノエラが首を傾げる。
ハルカも、困ったように笑った。
アニマは彼女の足の横へ寄った。
尻尾で、ふくらはぎに二度触れる。
ハルカが見下ろした。
「あ。そうだね」
入学することが目的ではない。
「私、この学園で会いたい人がいるんだ」
「知り合い?」
「ううん。紹介してもらって。ドロシーっていう、研究をしている人なんだけど」
ノエラは少し考えて、首を振った。
「ごめん。私、まだ全然分からなくて」
「私も。まず、どこにいるか聞いてみようと思って」
「それなら、一緒に捜してもいい? どこに何があるか、私も覚えたいし」
ハルカが頷く。
「ありがとう」
道の分かれ目に、建物の名を記した板が立っていた。
二人がその前で足を止める。
アニマも、文字を追った。
教室。
図書室。
研究棟。
塀の外からは分からなかったが、学園は存外広かった。
このどこかに、ドロシーがいる。
ハルカが、通りかかった制服姿の少女へ声をかけた。
「すみません。少し、伺ってもいいですか」
アニマは、ハルカの影に隠れて座る。
ドロシーは力の制御の手がかりを持っているだろうか。




