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獣の英雄  作者: 四茶
第二章『力を求める者たち』
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24.模擬戦

 実技の試験場は、中庭の奥にあった。


 低い石壁に囲まれた広い場所で、地面には何本もの白い線が引かれている。

 一方の端に木の標的。反対側には、杖や刃を潰した武器が並んでいた。


 短く髪を切った女が待っていた。

 袖を肘までまくり、手には細い杖を持っている。


「実技を担当します。まず、得意な魔法と、普段どのように使っているかを教えてください」


 ハルカがアニマを見た。


「私は治癒魔法です。戦う時は、この子に前へ出てもらって、怪我をしたら治します。私自身も、身体強化は使えます」

「使い魔を前衛にして、後ろから支援する形ですね」

「はい」


 アニマはハルカの隣に座ったまま、女の杖を見ていた。


 この姿で、どこまで動けばいい。

 力を抑えているとはいえ、普段の獣化をしていない時と同等の力はある。

 素直に動いてあまり目立っても困る。


「貴方は私との模擬戦にしましょう。致命傷になり得る攻撃は禁止です。こちらが止めたら、使い魔も必ず止めてください」


 女が白線の内側へ入る。


「私は、あなた自身にも攻撃します。使い魔だけを見ていてはいけませんよ」


 ハルカが頷いた。


 少し離れたところで、ノエラが両手を握っている。


「頑張って」


 ハルカが小さく笑い、線を越えた。


 その唇が動く。


「我が身に宿れ。眠れる力よ。始まりの音。四肢に剛力を、五体に鋼を――《戦躯》」


 初歩的な身体強化魔法の詠唱。


 アニマは数歩先へ出て、女と向き合った。


「始めます」


 女の杖が上がった。


「我が指す地に。大地の息吹。重なりの響き。二重の壁となりて、迫るものを阻め――《双壁》」


 詠唱とともに、土が盛り上がる。


 人間ほどの高さの壁が、二つ。

 これくらいならば飛び越えられる。


「右から!」


 ハルカの声。


 知らぬ間に発動していた炎撃魔法が横から飛んできた。

 避けつつ土の壁を飛び越える。


「―――りの音。一条の閃光となりて、彼方を貫け――《雷撃》」


 次の魔法は既に詠唱されていた。空中で直撃を受ける。

 全身が一瞬硬直する。

 少し痛いが、初歩的な魔法のためダメージは無い。


 見事にやられた。詠唱の隙を消す戦い方が上手い。


 効いたフリをして土の壁の間に潜む。油断した所を狩りたい。


「我が眼に映りし者の頭上に。白銀の静寂。目覚めの声。幾多の礫となりて、降り注げ――《氷礫》」


 頭上を見るが何もない。

 ハルカの方を向くと、拳ほどの氷の礫が頭上に現れている。


 アニマが戻ろうとした時、ハルカはすでに横へ動いていた。

 氷の礫が、さっきまで彼女のいた場所に降り注いでいる。


「ライ、壁の右から回って。私が合図したら、一緒に」


 小さな声だったが、アニマには聞こえていた。

 声に従って、壁を回り込み女を捕捉する。


 女が警戒し下がる。

 アニマにもハルカにも攻撃魔法を発動したが、手応えはあまり感じていないようだった。


「今」


 地面を蹴り、飛びかかる。


 女がこちらを見た。 


「《地柱》」


 魔法名だけ。事前に詠唱を済ませていたのか。


 地面が割れ、魔法の起こりを感じた。

 横に飛び避ける。後ろで地柱が発動したのを感じる。


「一緒に行くよ」


 土壁の反対から身体強化魔法をかけたハルカが躍り出てくる。

 まさか、肉弾戦をしかけるつもりか。


 先に女のもとへ辿り着いたアニマは、爪をしまった前足で殴りつける。強すぎないように調節して。

 杖で防がれるが、女の体勢が崩れた。


 ハルカが合流し、気合の入った声と共に杖を蹴り飛ばす。

 アニマは回り込み、尻尾で女を拘束した。


「そこまで」


 女は拘束されながら言った。

 アニマは拘束を緩め、ハルカも足を止めた。


「いやあ凄いね。完敗ですよ」


 女は杖を拾いに行く。

 アニマの前脚を確かめ、それからハルカを見る。


「使い魔が非常に強力ですね。私の魔法がほとんど通じていなかった。それを使役できるハルカさんも素晴らしい」


 ハルカが息を吐いた。


「戦闘での連携は十分です。治癒魔法は、このあと別に確認しましょう」

「……ありがとうございます」


 アニマは、何も知らない獣の顔で座った。

 実際、ダメージは全く無かった。


「実技は文句なしです。筆記の結果と合わせて、あなたには最初から中等部の授業を認めます」


 ハルカの目が開いた。


「中等部、ですか」

「基礎の授業で習ってほしい分野はありますが、この実力で初等部では浮いてしまいますからね」


 線の外へ戻ると、ノエラが駆け寄ってきた。


「すごいすごい! カッコよかったっす」


 アニマの前脚へ目を落とし、それからハルカの顔を見る。


「てっきりハルカは離れた所から魔法で戦うと思ってた」

「実はまだ、あんまり魔法使えないんだよね」


 ハルカが苦笑する。


 ノエラの名が呼ばれた。


「じゃあ、行ってくる」


 彼女は肩を一度回し、線の内側へ入った。


 *****


「私は、火と氷が得意です」


 ノエラはそう言って、二つの標的を見た。


 試験官が立つ位置を示す。

 標的の後ろに控えていた別の女も、杖を持ち直した。


「まずは、普段使っている魔法を。合図をしたら始めてください」


 ノエラが両手を上げる。


 筆記の時のように、指は迷わなかった。


「どうぞ」


 詠唱が始まる。


「我が眼に映りし者へ。紅蓮の息吹。白銀の静寂。共鳴の調べ」


 炎と氷。

 二つの属性を呼びながら、階位を定める言葉は一度しか唱えていない。


 アニマの耳が動いた。


「灼熱の槍となりて、凍てつく槍となりて、彼方を貫け――《炎槍》《氷槍》」


 右手の前に赤い光が灯った。

 左手では、白い霧が渦を巻く。


 試験官が、僅かに身を乗り出した。


 ノエラの両手が前へ出る。


 炎が走った。

 同時に、氷の槍が空気を裂く。


 別々の標的へ、ほとんど同時に届いた。


 片方は火に包まれた。

 もう片方は、硬い音を立てて中央から割れた。


 後ろにいた女が杖を振る。

 詠唱に続いて水が降り、火のついた木片を濡らした。


 湯気が上がる。


 隣で、ハルカが息を呑んだ。


「二つ、一気に……」


 アニマはノエラを見ていた。


 威力もさることながら、二つの詠唱を崩さず進め、別々の場所へ狙いをつける扱いは、あまり見たことがない。


 ノエラが手を下ろした。


 誰もすぐに話さないので、左右を見回す。


「あの。標的、壊してよかったんですよね?」

「ええ」


 試験官が答えた。


「今の同時詠唱は、どなたに教わりました?」

「火と氷は、村の先生に。でも、一緒に使うのは自分で。先生には一つずつ使えって言われたんだけども、私は、一気に撃っちゃった方が強いし早いなって」


 試験官が、手元の紙へ何か書き込む。


「では、次は威力を落として、こちらが指示する順に標的を狙ってください」

「はい」


 次の詠唱が始まった。


 炎と氷。

 今度はどちらも小さかった。


 指された標的へ飛び、一方が消え、残った一方が次の標的へ向かう。

 試験官の指示が変わっても、ノエラの両手は止まらなかった。


 炎が撃ち出された時には、氷が準備されている。

 途切れることはなかった。


 最後の氷が砕ける。


「十分です」


 試験官が杖を下ろした。


「筆記だけなら初等部からですが、多重詠唱は高等部でも扱えない者が多い技術。この実力であれば、中等部の授業を受けることを認めます」


 ノエラは動かなかった。


「……私も?」

「ただし、基礎理論は補ってもらいます。扱える術が高度な分、理解が追いついていないところを放置してはいけません」


 ノエラが何度も頷いた。


「はい。やります」


 線を越えて戻ってくる。

 途中から歩く足が速くなり、ハルカの前で止まった。


「受かった」

「うん。おめでとう」

「ハルカも」


 二人が笑った。


 アニマは、その間で尾を踏まれないように立ち上がった。


 *****


 ノエラの試験の後、ハルカは治癒魔法の確認も受けた。

 詠唱もなく試験官の傷が塞がると、試験官の筆が止まった。


「……今、詠唱は?」

「治癒は、なくても使えるんです」


 試験官はハルカの手元を見直し、結果の紙へ何かを書き足した。


 試験を終えると、受付でいくつかの説明を受けた。


 必要な手続きと費用。

 授業の選び方。

 中等部の教室がある建物。


 本格的に通うための準備は残っていたが、今日は敷地内を見て回ってもよいと言われた。


 建物を出ると、遠くで鐘が鳴った。


 廊下から、少女たちが出てくる。

 腕に本を抱えた者。友人と話しながら髪を結び直す者。

 こちらを見てギョッとした表情をする。失礼な。


「私、絶対に落ちたと思ってた」


 ノエラが言った。

 荷袋を背負い直し、ハルカと並んで歩く。


「筆記の時?」

「うん。ハルカ、いっぱい書いてたでしょう。隣で紙をめくる音がするたびに、どうしようって」


 ノエラが笑った。


「分からないところ、今度一緒に勉強しない?」

「うん。私も教えてほしい。さっきの多重詠唱ってやつ、どうやってるのか」

「あれは……どうやってるんだろう」


 自分の両手を見ながら、ノエラが首を傾げる。


 ハルカも、困ったように笑った。


 アニマは彼女の足の横へ寄った。

 尻尾で、ふくらはぎに二度触れる。


 ハルカが見下ろした。


「あ。そうだね」


 入学することが目的ではない。


「私、この学園で会いたい人がいるんだ」

「知り合い?」

「ううん。紹介してもらって。ドロシーっていう、研究をしている人なんだけど」


 ノエラは少し考えて、首を振った。


「ごめん。私、まだ全然分からなくて」

「私も。まず、どこにいるか聞いてみようと思って」

「それなら、一緒に捜してもいい? どこに何があるか、私も覚えたいし」


 ハルカが頷く。


「ありがとう」


 道の分かれ目に、建物の名を記した板が立っていた。

 二人がその前で足を止める。


 アニマも、文字を追った。


 教室。

 図書室。

 研究棟。


 塀の外からは分からなかったが、学園は存外広かった。


 このどこかに、ドロシーがいる。


 ハルカが、通りかかった制服姿の少女へ声をかけた。


「すみません。少し、伺ってもいいですか」


 アニマは、ハルカの影に隠れて座る。


 ドロシーは力の制御の手がかりを持っているだろうか。

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