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獣の英雄  作者: 四茶
第一章『掌に残るもの』
15/27

13.潜入

気持ちよく書いてたらかなり長くなってしまいました。

これからは文字数気にしないことにします。

 暗い倉庫街。


 アニマは物陰に身を隠したまま、一度だけ自分の顔へ手を触れた。


 硬い感触が返ってくる。


 今、顔を覆っているのは出発前にリーフから渡された仮面だった。


『中に入るなら、顔は見られない方がいいと思うの。いくらあなた達でも、絶対に見られないとは限らないでしょう?』


 そう言って差し出された二つの仮面。


 アニマのものは、獅子を思わせる獣の顔を模していた。牙を見せた獰猛な造形で、目元まで深く覆われている。


『どうしてこれなんだ?』

『似合いそうだったから』


 そう言われた。


 何とも言えなかった。


 もう一つはフレッサが着けている。


 こちらは鳥を思わせる細身の仮面で、黒い外套と合わせれば夜の中へ溶け込むようだった。


 アニマは物陰から僅かに顔を出す。


 裏口の近く。


 二人の見張り。


 さらに少し離れた場所を一人が巡回している。


 目で確認できるのはそこまで。


 だが、アニマにはそれ以上が分かる。


 静かに息を吸った。


 酒。

 汗。

 木材。

 遠くの馬。

 そして、人間の匂い。


 耳を澄ませる。


 石畳を踏む靴音。

 裏口の前に二人。

 建物の中、壁一枚向こうにも一人。

 さらに奥から、何人かの呼吸が聞こえる。


 獣の権能。


 戦場では腕力や脚力ばかりが目立っていたが、獣の持つ力はそれだけではない。


 暗闇の中でも輪郭を捉える目。


 遠くの音を拾う耳。


 人間では分からないほど微かな匂いを嗅ぎ分ける鼻。


 どれも昔から使っていた。


 使う、という意識すら薄い。


 歩くことや呼吸することと同じだった。


 フレッサへ指を二本立てる。


 裏口に二人。


 続けて建物の方を指差し、一本。


 中にも一人。


 フレッサが頷く。


 次の瞬間、二人は別々に動いた。


*****


「……ん?」


 見張りの男が振り返った。


 何もいない。

 気のせいか。


 再び前を向こうとした瞬間、背後から腕が回る。


「っ――」


 声を出すより早く首を締め上げられた。


 男が暴れるが、力の差が違いすぎた。


 数秒。


 身体から力が抜ける。


 アニマは男を受け止め、地面へ音を立てないように寝かせた。


 すぐ横を見る。


 もう一人。


 いない。


 視線を動かすと、建物の陰からフレッサが姿を現した。


 その足元に見張りが倒れている。


「……早いな」

「そっちが遅い」

「同じくらいだった」

「私の方が早かった」

「見てないだろ」

「見なくても分かる」


 小声で言いながら、二人は裏口へ近づいた。


 扉には鍵。


 フレッサが懐から細い金属を取り出し、鍵穴へ差し込む。


 数秒後。

 小さな音がした。


「開いた」

「そんなこともできるのか」

「静かにしろ」


 扉を僅かに開く。


 アニマは耳を澄ませた。


 一人。

 すぐ近く。

 足音はこちらへ向かっている。


 フレッサへ指で合図する。


 アニマが扉の横へ隠れた。


 足音が近づく。


「おい、外の奴ら――」


 扉が開く。


 男が顔を出した瞬間、アニマの手が口元を塞いだ。


「――っ!?」


 そのまま引き寄せ、絞め落とす。


 アニマが身体を支えたまま地面へ下ろした。


「ここからは予定通りだ」


 フレッサが小声で言う。


「ああ」

「私は上から入る」


 裏口への侵入までが、二人で行う部分だった。


 ここからアニマは一階を探索する。


 フレッサは一度外へ戻り、屋根伝いに二階から侵入する。


「何かあれば合図を」

「分かった」


 フレッサは来た道を戻る。

 ほんの数秒後、屋根の上から微かな音。

 それもすぐに消えた。


「……本当に静かだな」


 アニマは呟き、建物の奥へ進んだ。


*****


 一階。


 薄暗い廊下の両側には大量の荷箱が積まれていた。


 表向きは普通の倉庫。


 樽。

 布。

 木箱。

 商会の印が入った荷物もある。


 アニマはゆっくり歩く。


 足音はほとんど立てない。


 角の向こう。


 一人。


 さらに奥に二人。


 一人は座っている。


 もう一人は廊下を歩いていた。


 一定の間隔で靴音が響く。

 見張りとして決められた場所を往復しているのだろう。


 アニマは足音を聞きながら距離を測った。


 一人目が角から現れる。


「……?」


 何かを感じたのか顔を上げる。


 遅い。


 一歩で近づき、口を塞いで首を絞める。


「――っ」


 そのまま物陰へ運んだ。


 次。


 奥の二人。


 一人はまだ座っている。


 もう一人。


 先ほどから廊下を往復している男だった。


 アニマは近くにあった小さな木片を拾い、反対側へ投げた。

 乾いた音が響く。


 男の足が止まった。


 すぐに音のした方へ向かって歩き出す。


 アニマは物陰で待つ。


 男が通り過ぎた瞬間、背後へ回った。


 口を塞ぎ。

 絞める。


 声を出す間もなく落ちる。


 アニマは倒れる男を受け止める。

 呻き声すらなかった。


 物陰へ男を寝かせる。


 最後の一人。


「おい?」


 仲間が戻ってこないことに気づいたらしい。


「どうした?」


 こちらへ来る。


 同じように無力化した。


 アニマは倒した男たちの呼吸を確認する。


 死んではいない。


「……順調だな」


 敵に気づかせない。

 声を上げさせない。

 戦闘そのものを起こさない。


 正面から戦うより遥かに面倒だった。

 奥に階段が見えた。


 二階。


 アニマは顔を上げる。


 今のところ騒ぎはない。一階に奴隷達の気配はしなかった。


 アニマも階段へ向かった。


*****


 二階へ上がった瞬間、匂いが変わった。


 血。

 汗。

 湿気。


 そして、人間が長い間閉じ込められた場所特有の重い匂い。


 アニマの眉が僅かに寄る。


 廊下の奥。


 一つの扉が開いていた。


 そこからフレッサの声が聞こえる。


「大丈夫だ。助けに来た」


 アニマが近づく。


 部屋の中では、フレッサが膝をつき、一人の女性の手首を縛っていた縄を短剣で切っていた。


 その周囲。


 二十人ほど。


 壁際に座り込んでいる。


 薄汚れた服。

 裸足の者。

 痣の残る腕。

 頭に包帯を巻いた男。

 身体を寄せ合う子供たち。


 アニマが入った瞬間、何人かが怯えたように身体を震わせる。


 獅子の仮面。


 当然だろう。


「大丈夫だ」


 アニマは両手を見えるようにする。


「敵じゃない」

「こいつも味方だ」


 フレッサが言う。

 その言葉で僅かに警戒が緩んだ。


 アニマも近くにいた男の縄を切る。

 手首には長く縛られていた跡が痣として残っている。


「立てるか?」

「……多分」

「無理はするな」


 周囲を見回す。


 子供。

 老人。

 若い女。

 働き盛りの男。


 年齢も服装もバラバラだった。


 農民らしい者。

 旅人のような服を着た者。

 商人らしい服の名残がある者。


 ウエスタンで合法とされる奴隷は、借金や生活苦などを理由に自分の意思で身を売った者だけ。

 宴の時にリーフ達からそう聞いている。


「一つ聞きたい」


 アニマが近くにいた男を見る。


「自分から奴隷になったのか?」


 男は少し驚いたようにアニマを見た後、首を横へ振った。


「違う……」


 別の女も口を開く。


「私も……街道で馬車を襲われて」


「俺は東の村から連れてこられた」


「家族と一緒に……」


 一人。


 また一人。


 声が上がる。


 誰一人、自らここへ来たとは言わなかった。


「……完全に違法だな」


 フレッサが低く言う。


「ああ」


 アニマは答える。


 その時。


 もう一つの違和感に気づいた。


 長い耳の奴隷がいない。


 全員、人間だった。


「フレッサ」

「ああ」


 彼女も既に気づいていたらしい。


「亜人種が一人もいない」


 フレッサは近くの女性へ顔を向けた。


「エルフはいなかったか?」

「……いた」


 答えはすぐに返ってきた。


「長い耳の少し背の高い綺麗な人が一人」

「どこへ行った」


 フレッサの声が僅かに強くなる。


「分からない。でも……昨日、別の人たちが来て」

「昨日?」

「エルフだけ連れていった」

「すれ違ったか」


 アニマが呟く。


「どこへ?」

「ごめんなさい……知らなくて」

「謝る必要はない」


 フレッサが立ち上がる。

 表情はほとんど変わらない。

 だが、手が強く握られていた。


 昨日。

 フレッサが監視を離れ、リーフたちとベアのもとへ向かった時間と重なる。


「先にこの人たちを出す」


 アニマが言った。


「……ああ」

「俺が後ろをやる」

「分かった」


 フロウのことは気になる。


 だが、今ここにいる者たちを置いていく理由にはならない。


 まず助けられる者を助ける。


*****


 撤退は予想以上に遅かった。


 当然だった。


 足を怪我している者。

 長期間閉じ込められ、まともに歩けない者。

 恐怖で身体が動かない子供。


 フレッサは幼い子供を背負い、足を引きずる女性を支えている。


 アニマは最後尾。


 周囲の音を聞きながら、全員が倉庫から離れていくのを確認する。


 外へは出られた。


 気絶させた見張りも、まだ多くは眠っている。


 その時だった。


「……う」


 小さな声。


 アニマが振り返る。


 路地。

 最初に倒した男の一人が身体を動かしていた。


「……何だ?」


 ゆっくり起き上がる。

 周囲を見る。

 そして、アニマに気づいた。


「て、敵――」


 声を上げるより先に、アニマが口を塞ぐ。


「静かにしろ」

「っ!?」


 壁へ押しつける。


 仮面の隙間から黄色い瞳が男を見る。


「聞きたいことがある」


 男が腕を振り回す。


 アニマはその手首を掴んだ。


「エルフの奴隷はどこだ」

「し、知らねえ」


 小指を一本掴む。


「どこだ」

「知らねえって言って――」


 力を込めた。


 乾いた音。


「――っ!?」


 悲鳴を上げようとした口を塞ぐ。


「静かにしろ」


 次。


 残った指を纏めて握り締める。


「エルフはどこだ」

「知ら――」


 四本すべてを粉砕する。


 男の身体が大きく跳ねる。


 涙が浮かぶ。


 上腕へ手をかけた。


「待て、待ってくれ」

「どこだ」

「本部だ」


 手が止まる。


「どこの」

「グランツ商会の本部だ。 亜人は……珍しい奴らは本部に送られる」

「他の奴らにも聞くぞ。嘘だったら」

「いくらでも聞いたらいい、本当だ」


 男は必死に頷いている。


 嘘をついているようには見えない。


「分かった」

「じゃ、じゃあ――」


 首筋を打つ。


 男の意識が落ちた。


 そして、自分の手を見る。


 戦場なら情報を聞き出すために、もっと酷いこともしてきた。

 今回も必要だったと思っている。


 それでも。

 僅かに何かが引っかかった。


 考えるのは後だ。


 アニマは立ち上がり、フレッサたちを追った。


*****


「遅い」


 それほど時間をかけずに追いついた。


 フレッサが振り返る。


「少し聞きたいことがあった」

「何か分かったか?」

「ああ。フロウは、グランツ商会の本部に送られたらしい」


 フレッサの目が細くなる。


「……そうか」


 それ以上は言わない。

 今は止まって話す時間ではない。


 フレッサの背中には子供。


 片腕では足を怪我した女性を支えている。


 列の後ろ。


 さらに二人、かなり遅れている者がいる。


「乗れ」

「え?」


 アニマは一人の男の前でしゃがむ。


「背負う」

「いや、でも――」

「急ぐ」

「……分かった」


 躊躇する男を背負い、さらに歩くのも辛そうな女性を片腕で抱き上げた。


「えっ?」

「暴れると落ちる」

「は、はい」


 列が再び動く。


 静かな夜道。


 奪われ、閉じ込められていた者たちが、一歩ずつ自由へ向かって進んでいく。


*****


 リーフたちが待つ建物へ到着した頃には、夜もかなり深くなっていた。


「開けて!」


 フレッサが扉を叩く。


 すぐに開く。


「フレッサ!」


 リーフだった。


 後ろにはアルク。

 テイクとケアもいる。


「中へ!」


 次々と救出した者たちが運び込まれる。


 床には毛布。

 水。

 食事。

 薬。


 事前に用意していたものが並んでいた。


 そして部屋全体を包むように、淡い魔力の膜が広がっている。


 リーフが得意らしい、結界魔法。


 傷を治すものではない。


 傷がこれ以上悪化するのを抑えるためのものだった。


「怪我の酷い人はこちらへ!」


 ケアが声を上げる。


 テイクも水と食事を配る。


 アルクは入口を警戒しながら、歩けない者を部屋の奥へ運んでいた。


 総出だった。


 アニマも抱えていた二人を下ろす。


「ありがとう……」


 女性が小さく言った。


「今は休め」


 そう答え、仮面を外した。


 ふとリーフを見る。


 彼女は救出された人間たちを一人ずつ確認していた。


 一人。


 また一人。


 最初は期待があった。


 だが最後まで見ても、探している人物はいない。


 もう一度戻る。


「……」


 端からまた確認する。


「リーフ」


 フレッサが呼ぶ。

 返事はない。


「……いない」


 小さな声。


「フロウがいない」


 アニマを見る。

 その目が明らかに揺れていた。


「アニマ」

「ああ」

「フロウは?」


 アニマは一瞬だけ迷った。


 だが、隠す意味はない。


「ここにはいなかった」


 リーフの顔から血の気が引く。


「じゃあ……どこに?」

「グランツ商会の本部」

「……え?」

「フロウだけ、昨日移されたらしい」

「昨日……?」


 リーフの声が掠れる。


「じゃあ、私たちがベアさんのところに行ってる間に……」


 フレッサが僅かに目を伏せる。


「申し訳ありません」

「違う!」


 リーフが反射的に叫ぶ。


「フレッサのせいじゃない!」


 自分でも感情を整理できていないのだろう。


 手を強く握りしめる。


「本部は?」

「場所は分かっています」


 フレッサが答える。


「警備は?」

「ここより遥かに厳しいかと」

「なら……」


 リーフがアニマを見る。


 一歩、近づく。


「お願い」


 声が震えていた。


「フロウを助けて」

「リーフ様」

「報酬はいくらでも、なんでも出す」


 止まらない。


「時間をかけてでも、いくらでも用意するから……だから」


 唇を噛む。


「お願い。フロウを助けて」


 アニマは何も言わなかった。


 どこまでやるべきなのか。


 一瞬だけ考える。


 最初の目的は、あの倉庫に囚われた奴隷を助けること。


 それは終わった。


 次はグランツ商会の本部。


 敵の人数。

 戦力。

 内部。


 何も分からない。


 本来なら調べるべきだ。


 一度休み、準備をする。


 それが正しい。


 だが。


 心はもう決まっていた。


「報酬の話は後でいい」


 リーフが顔を上げる。


「え?」

「行くなら早い方がいいだろ」


 アニマはフレッサを見る。


 フレッサも既にこちらを見ていた。


「ああ」


 短く頷き、再び鳥の仮面を手に取る。


「リーフ様」

「……何?」

「この場をお願いします」

「フレッサ」

「必ず見つけます」


 アルクも一歩前へ出た。


「俺も行くか?」


 アニマは救出した人々を見る。


 怪我人。


 子供。


 そして今にも自分で飛び出しそうなリーフ。


「ここを頼む」

「また留守番か」


 アルクが苦笑した。


「お前がいないと困る」


 少しだけアルクの表情が変わる。


「……分かった」


 アニマは獅子の仮面を着けた。


 フレッサも続く。


 休んでいる時間はない。


 二人は再び夜のウエスタンへ飛び出した。


*****


 同刻。


 グランツ商会本部。


 ウエスタンでも一等地に建てられた大きな屋敷の最上階。


 豪華な一室に、二人の男がいた。


「いやはや」


 太った男が上機嫌に笑う。


「未だに夢を見ているようですな」


 男の名はグランツ。


 この商会を一代でここまで大きくした人物だった。


 その向かい。


 一人の男が座っている。


 白。


 目に入るもののほとんどがそうだった。


 白い外套。

 白い鞘。

 淡い髪。

 整った顔立ち。


 その姿は物語に出てくる騎士そのものだった。


「白剣隊」


 グランツが酒を口にする。


「かの精鋭部隊の名を、知らぬ者はおりますまい」


 男は答えない。


「総勢百と一人。隊員一人を相手に、百人の男を束ねても敵わぬとまで謳われる」


 白剣隊。

 百人の隊員。


 そして。

 その頂点に立つ一人。


「その百人を束ねてなお敵わぬほどの実力が、隊長には求められるとか」


 グランツの笑みが深くなる。


「戦場では英雄級と呼ばれる者を幾度も討ち、その功績によって国から『白剣の英雄』の名を与えられた」


 男を見る。


「そのレオン殿が、我が商会を護ってくださるとは」


『白剣の英雄』レオン。


 かつて白剣隊を率いた男。


 今、この屋敷に白剣隊の姿はない。


 いるのはレオンただ一人。


 それでも。

 想定できうるあらゆる危機に対して過剰な戦力だった。


「これで我が商会も安泰ですな」


 レオンはグランツを見なかった。


 その視線の先。


 傍らに置かれた長椅子。

 そこに一人の女性が眠っている。


 長い銀髪。


 白い肌。


 穏やかに閉じられた瞳。


 美しい女性だった。


 レオンは手を伸ばし、その髪を優しく撫でる。

 女性の瞼がゆっくりと開いた。


「……レオン」


 小さな声。


 その瞬間。


 レオンの表情が柔らかくなる。


「ああ」


 優しく微笑む。


「ここにいる」


 女性は安心したように再び目を閉じた。


 レオンはその頬へ触れる。

 壊れ物を扱うように。

 優しく。


「……グランツ殿」

「はい」

「貴方の起源魔法は」


 レオンはグランツに視線を向ける。


「奇跡だ」


 グランツの口元が僅かに吊り上がった。


「勿体なきお言葉です」


 レオンの手が、白い剣の柄へ触れる。


「この白剣に誓おう」


 静かな声だった。


「貴方を護る」

「心強い限りです」


 グランツは満足そうに笑った。


 そのまま酒へ手を伸ばし。


 ふと。


 その手を止める。


「……そういえば」


 レオンが顔を上げた。


「どうした?」

「どうやら、不躾な輩が我が館を狙っているようです」


 あまりに何気ない口調だった。


 まるで。


 少し面倒な客の訪問を思い出したかのように。


「賊か?」

「さて。そこまでは何とも」


 グランツは再びグラスを手に取り、ゆっくり酒を揺らした。


「ですが、用心するに越したことはないでしょう」


 レオンの目が僅かに鋭くなる。


「何をすればいい」

「簡単なことです」


 グランツが笑う。


「今から言う場所を、護ってもらえますか?」


 レオンは僅かに考え、立ち上がった。


「分かった」


 白い外套が揺れる。


 眠れる女性を一瞥し。

 白剣を佩き。

 部屋を出ていく。


 扉が閉じた後。


 グランツは一人、酒を口へ運んだ。


「さて」


 笑みは消えていない。


「エルフの関係者であれば、僥倖だな」


 口髭が揺れる。

 血のような酒が月明かりを反射していた。

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