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獣の英雄  作者: 四茶
第一章『掌に残るもの』
11/27

11.保証

 ベアに案内され、アニマたちは家の中へ入った。


 外から見た時と同じく、家の中も質素だった。


 木で作られた壁。

 簡素な机と椅子。

 壁には斧や弓、狩猟用の道具が掛けられている。


 天井からは干した薬草や肉が吊るされていた。


 木こりか、猟師か。

 そんな生活をしていることが一目で分かるような家だった。


「適当に座れ」


 ベアが椅子を指差す。

 アルク、フレッサはリーフの後ろに控え、その他全員が席についた。

 

 リーフが口を開く。


「それでは、改めて説明します」


 リーフは、ここへ来るまでの経緯を話した。


 ウエスタンで奴隷となっているエルフたち。

 人間の奴隷も存在していること。

 そして、自分が奴隷を助けたいと思っていること。

 そのためにアニマへ協力を求めたこと。


 しかし、アニマにはハルカを守らなければならない理由がある。

 そのため、ハルカを安全に預けられるほどの強者を探していた。


「――という流れで、こちらに伺いました」


 リーフが説明を終える。


「なるほどな」


 ベアは腕を組んだ。


 しばらく黙って考える。


 リーフの隣に座るハルカは、少し暗い表情をしていた。

 視線を落としている。


「……」


 アニマは何も言わなかった。


 ベアはそんなハルカを見た。

 そして、小さく息を吐く。


「まあ、元弟子の連れの頼みだ」


 アルクを見る。


「放っておくわけにもいかねえな」

「師匠……」

「ただし」


 ベアは人差し指を立てた。


「この街に住んでる俺が、この街の奴隷商人相手に真正面から問題を起こすのは御免だ」


 リーフが頷く。


「分かっています」

「俺だって奴隷制度そのものが好きなわけじゃねえ」


 ベアは肩をすくめる。


「気に入らねえもんに、一泡吹かせられるってんならな」


 ニヤリと笑う。


「間接的に協力するくらいなら、構わねえよ」

「ありがとうございます」


 リーフが頭を下げる。


「礼はいらねえよ。奴ら最近でかい顔し始めてムカついてたんだ」


 ベアは笑った。


「それより、腹減ってねえか?」

「え?」


 ハルカが顔を上げる。


「話は終わりだろ?」


 ベアは立ち上がる。


「飯にするぞ」

「……いいんですか?」

「客に飯を出さねえほど、俺はケチじゃねえ」


 そう言って、ベアは豪快に笑った。


 *****


 夕方。


 家の中には、香ばしい匂いが広がっていた。


 大きな魚を丸ごと焼いたもの。

 少量の野菜が入った簡単なスープ。

 干し肉と山菜。

 酒。


 飾り気はない。どれも量が多い。


「すごい……」


 ハルカが目を輝かせる。


「お嬢ちゃん達の口に合うかは知らんがな」

「とっても美味しそうです!」


 ハルカは食卓に目を輝かせ、そのまま料理を手伝い始める。


「お、料理できるのか」

「一応」

「じゃあ後は任せた」

「はい!」


 いつの間にか、ハルカはベアの家の台所に馴染んでいた。


 リーフたちも手伝い、食卓の準備が進んでいく。


 先ほどまで少し緊張していた空気は、いつの間にか消えていた。


「師匠、昔からこんな感じだったんです」


 アルクが配膳をしながら言う。


「こんな感じ?」

「人を家に入れたら、とりあえず飯を食わせるところです」


 ベアが少し怪訝そうな表情をする。


「悪いか?」

「いえ。懐かしいなと思って」

「なら食え」

「はい、いただきます」


 アルクが笑う。


 夕食が始まった。


 魚を食べ。

 肉を食べ。

 酒を飲む。


 賑やかな食卓だった。


 ハルカがフレッサを質問攻めにしている。

 アルクは普段よりもリーフとの距離が気持ち近い、気がする。

 ベアもよく喋った。


 アルクの昔話。

 ウエスタンでの生活。

 狩りの話。


 話してみれば、思っていたよりずっと快活な男だった。


 酒はあまり好きではないが、宴は嫌いではない。

 苦さに顔を顰めながら、酒を飲む。


「アニマ」

「何だ」

「お前、若いな」

「そうか?」


 酒を飲む姿を見て何か思う所があったのか、ベアが話しかけてくる。


「若いだけじゃない。俺の一撃を真正面から受け止めやがった」

「……戦場にいたからな」

「戦場帰りってのは、みんなそんなもんか?」

「人による」


 ベアは笑った。


「そりゃそうだろうな」


 *****


 夜。


 食事を終えたアニマとベアは家の外に出ていた。


 夜風が吹いている。

 月明かりの下。

 二人は並んで酒を飲んでいた。


「お前」


 ベアが酒を口にする。


「ハルカが心配なんだろ?」

「ああ」


 少し頬の赤いアニマは即答した。


「なら、鍛えてやればいいじゃねえか」

「……」

「どうした?」

「俺には、身体強化魔法が使えない」

「何?」


 ベアが眉を上げる。


「獣の権能が、身体の魔力を全て持っていく」


 アニマは自分の手を見る。


「俺の魔力は、全て獣の権能に使われる」


 ベアの表情が変わった。


「……獣の権能?」

「ああ」


 アニマは頷く。


「俺の身体能力は、身体強化魔法によるものじゃない」


 立ち上がる。


「獣の権能そのものだ」


 拳を握る。


「歩いたり呼吸したりすることと同じ」


 息を吸う。


「俺にとっては、意識して使っている感覚すらない」


 ベアはアニマを見る。


「見た目は身体強化魔法と変わらないな」

「仕組みが違う」

「……なるほどな」


 ベアは顎に手を当てる。


「起源魔法持ちか」

「起源魔法?」

「ああ」


 ベアが頷く。


「生まれつき、身体に魔法が刻まれている奴が稀にいる」

「……」

「そういう魔法は、普通の魔法とは違う性質を持っていることが多い。呪いとか、祝福とか、地域によって様々な呼び方があるな」


 ベアはアニマを観察する。


「お前のそれも、その類だろ」

「ヴェイドでは、権能と呼ばれていた」

「権能か……」


 ベアは納得したように呟く。


「なるほどな」


 アニマは空を見上げる。


「ヴェイドでは、権能を持つ者は判明した時点で軍の施設へ集められていた」

「軍に?」

「ああ」

「……そういう国か」


 苦い顔をしたベアはそれ以上聞かなかった。


 少しだけ沈黙が流れる。


「だから」


 アニマが口を開いた。


「ハルカを鍛えることもできない」

「身体強化魔法を教えられないってことか」

「ああ」


 アニマは酒を一口飲む。


「それに……」


 少し間を置く。


「ハルカには、あまり危険な目に遭ってほしくなかった」


 ベアは黙った。

 しばらくアニマを見つめる。


 やがて。


「……そうか」


 短く呟いた。


 そして、ゆっくりと立ち上がる。


「なら」


 ベアは拳を握った。


「俺が保証してやる」


 アニマが顔を上げる。


「ハルカの無事は保証する」


 ベアは拳を突き出した。


「この赤熊のベアの名にかけてな」


 アニマは、その拳を見る。

 そして。

 自分の拳を突き出した。


「……頼んだ」


 拳と拳がぶつかる。


 *****


 翌朝。


 空はまだ薄暗い。


 アニマたちはベアの家の前に立っている。


「それじゃあ、行きましょう」


 リーフが言う。


「ああ」


 アニマは頷いた。


 ハルカを見る。


「……」


 ハルカは笑った。


「大丈夫だから」

「……そうか」

「うん」


 アニマは頷く。


「ベア、頼んだ」

「任せろ」


 ベアが後ろから言った。


「気にせず暴れてこい」

「頼む」

「おう」


 アニマたちは歩き出す。


 アルク。

 リーフ。

 フレッサ。

 そしてアニマ。


 丘を下っていく。


 ハルカはその場に残った。


「……」


 遠ざかっていく背中を見る。


 やがて姿が見えなくなった。


「……行っちまったな」


 ベアが呟く。


「はい」


 ハルカが答える。


 ベアは家の中へ戻ろうとする。


 そして立ち止まり、振り返る。


「じゃあ、稽古をつけてやる」

「……」


 ハルカが固まった。


「え?」


 ベアは笑った。


「アニマが駄目なら、俺が教えりゃいいだろ」

「ええ!?」


 丘の上に、ハルカの驚きの声が響いた。

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