11.保証
ベアに案内され、アニマたちは家の中へ入った。
外から見た時と同じく、家の中も質素だった。
木で作られた壁。
簡素な机と椅子。
壁には斧や弓、狩猟用の道具が掛けられている。
天井からは干した薬草や肉が吊るされていた。
木こりか、猟師か。
そんな生活をしていることが一目で分かるような家だった。
「適当に座れ」
ベアが椅子を指差す。
アルク、フレッサはリーフの後ろに控え、その他全員が席についた。
リーフが口を開く。
「それでは、改めて説明します」
リーフは、ここへ来るまでの経緯を話した。
ウエスタンで奴隷となっているエルフたち。
人間の奴隷も存在していること。
そして、自分が奴隷を助けたいと思っていること。
そのためにアニマへ協力を求めたこと。
しかし、アニマにはハルカを守らなければならない理由がある。
そのため、ハルカを安全に預けられるほどの強者を探していた。
「――という流れで、こちらに伺いました」
リーフが説明を終える。
「なるほどな」
ベアは腕を組んだ。
しばらく黙って考える。
リーフの隣に座るハルカは、少し暗い表情をしていた。
視線を落としている。
「……」
アニマは何も言わなかった。
ベアはそんなハルカを見た。
そして、小さく息を吐く。
「まあ、元弟子の連れの頼みだ」
アルクを見る。
「放っておくわけにもいかねえな」
「師匠……」
「ただし」
ベアは人差し指を立てた。
「この街に住んでる俺が、この街の奴隷商人相手に真正面から問題を起こすのは御免だ」
リーフが頷く。
「分かっています」
「俺だって奴隷制度そのものが好きなわけじゃねえ」
ベアは肩をすくめる。
「気に入らねえもんに、一泡吹かせられるってんならな」
ニヤリと笑う。
「間接的に協力するくらいなら、構わねえよ」
「ありがとうございます」
リーフが頭を下げる。
「礼はいらねえよ。奴ら最近でかい顔し始めてムカついてたんだ」
ベアは笑った。
「それより、腹減ってねえか?」
「え?」
ハルカが顔を上げる。
「話は終わりだろ?」
ベアは立ち上がる。
「飯にするぞ」
「……いいんですか?」
「客に飯を出さねえほど、俺はケチじゃねえ」
そう言って、ベアは豪快に笑った。
*****
夕方。
家の中には、香ばしい匂いが広がっていた。
大きな魚を丸ごと焼いたもの。
少量の野菜が入った簡単なスープ。
干し肉と山菜。
酒。
飾り気はない。どれも量が多い。
「すごい……」
ハルカが目を輝かせる。
「お嬢ちゃん達の口に合うかは知らんがな」
「とっても美味しそうです!」
ハルカは食卓に目を輝かせ、そのまま料理を手伝い始める。
「お、料理できるのか」
「一応」
「じゃあ後は任せた」
「はい!」
いつの間にか、ハルカはベアの家の台所に馴染んでいた。
リーフたちも手伝い、食卓の準備が進んでいく。
先ほどまで少し緊張していた空気は、いつの間にか消えていた。
「師匠、昔からこんな感じだったんです」
アルクが配膳をしながら言う。
「こんな感じ?」
「人を家に入れたら、とりあえず飯を食わせるところです」
ベアが少し怪訝そうな表情をする。
「悪いか?」
「いえ。懐かしいなと思って」
「なら食え」
「はい、いただきます」
アルクが笑う。
夕食が始まった。
魚を食べ。
肉を食べ。
酒を飲む。
賑やかな食卓だった。
ハルカがフレッサを質問攻めにしている。
アルクは普段よりもリーフとの距離が気持ち近い、気がする。
ベアもよく喋った。
アルクの昔話。
ウエスタンでの生活。
狩りの話。
話してみれば、思っていたよりずっと快活な男だった。
酒はあまり好きではないが、宴は嫌いではない。
苦さに顔を顰めながら、酒を飲む。
「アニマ」
「何だ」
「お前、若いな」
「そうか?」
酒を飲む姿を見て何か思う所があったのか、ベアが話しかけてくる。
「若いだけじゃない。俺の一撃を真正面から受け止めやがった」
「……戦場にいたからな」
「戦場帰りってのは、みんなそんなもんか?」
「人による」
ベアは笑った。
「そりゃそうだろうな」
*****
夜。
食事を終えたアニマとベアは家の外に出ていた。
夜風が吹いている。
月明かりの下。
二人は並んで酒を飲んでいた。
「お前」
ベアが酒を口にする。
「ハルカが心配なんだろ?」
「ああ」
少し頬の赤いアニマは即答した。
「なら、鍛えてやればいいじゃねえか」
「……」
「どうした?」
「俺には、身体強化魔法が使えない」
「何?」
ベアが眉を上げる。
「獣の権能が、身体の魔力を全て持っていく」
アニマは自分の手を見る。
「俺の魔力は、全て獣の権能に使われる」
ベアの表情が変わった。
「……獣の権能?」
「ああ」
アニマは頷く。
「俺の身体能力は、身体強化魔法によるものじゃない」
立ち上がる。
「獣の権能そのものだ」
拳を握る。
「歩いたり呼吸したりすることと同じ」
息を吸う。
「俺にとっては、意識して使っている感覚すらない」
ベアはアニマを見る。
「見た目は身体強化魔法と変わらないな」
「仕組みが違う」
「……なるほどな」
ベアは顎に手を当てる。
「起源魔法持ちか」
「起源魔法?」
「ああ」
ベアが頷く。
「生まれつき、身体に魔法が刻まれている奴が稀にいる」
「……」
「そういう魔法は、普通の魔法とは違う性質を持っていることが多い。呪いとか、祝福とか、地域によって様々な呼び方があるな」
ベアはアニマを観察する。
「お前のそれも、その類だろ」
「ヴェイドでは、権能と呼ばれていた」
「権能か……」
ベアは納得したように呟く。
「なるほどな」
アニマは空を見上げる。
「ヴェイドでは、権能を持つ者は判明した時点で軍の施設へ集められていた」
「軍に?」
「ああ」
「……そういう国か」
苦い顔をしたベアはそれ以上聞かなかった。
少しだけ沈黙が流れる。
「だから」
アニマが口を開いた。
「ハルカを鍛えることもできない」
「身体強化魔法を教えられないってことか」
「ああ」
アニマは酒を一口飲む。
「それに……」
少し間を置く。
「ハルカには、あまり危険な目に遭ってほしくなかった」
ベアは黙った。
しばらくアニマを見つめる。
やがて。
「……そうか」
短く呟いた。
そして、ゆっくりと立ち上がる。
「なら」
ベアは拳を握った。
「俺が保証してやる」
アニマが顔を上げる。
「ハルカの無事は保証する」
ベアは拳を突き出した。
「この赤熊のベアの名にかけてな」
アニマは、その拳を見る。
そして。
自分の拳を突き出した。
「……頼んだ」
拳と拳がぶつかる。
*****
翌朝。
空はまだ薄暗い。
アニマたちはベアの家の前に立っている。
「それじゃあ、行きましょう」
リーフが言う。
「ああ」
アニマは頷いた。
ハルカを見る。
「……」
ハルカは笑った。
「大丈夫だから」
「……そうか」
「うん」
アニマは頷く。
「ベア、頼んだ」
「任せろ」
ベアが後ろから言った。
「気にせず暴れてこい」
「頼む」
「おう」
アニマたちは歩き出す。
アルク。
リーフ。
フレッサ。
そしてアニマ。
丘を下っていく。
ハルカはその場に残った。
「……」
遠ざかっていく背中を見る。
やがて姿が見えなくなった。
「……行っちまったな」
ベアが呟く。
「はい」
ハルカが答える。
ベアは家の中へ戻ろうとする。
そして立ち止まり、振り返る。
「じゃあ、稽古をつけてやる」
「……」
ハルカが固まった。
「え?」
ベアは笑った。
「アニマが駄目なら、俺が教えりゃいいだろ」
「ええ!?」
丘の上に、ハルカの驚きの声が響いた。




