第8話「理想論」
入学式当日。
透は少し早めに校門へ到着していた。
昨日のうちに妹へ合格の報告を済ませている。
電話越しに喜ぶ声を聞いた時は、自分まで嬉しくなった。
「よし」
気合いを入れ直す。
今日から新しい生活が始まるのだ。
魔力特務育成校。
能力者社会を支える人材を育成する国内最高峰の学校。
ここで強くなる。
そのために来た。
「おはよう」
後ろから声がした。
振り返る。
「あ」
美月だった。
制服姿の彼女は相変わらず落ち着いている。
「おはよう」
「早いですね」
「なんか緊張して」
「分かります」
意外な返事だった。
美月も少しだけ緊張しているらしい。
二人が話していると。
「おーい!」
聞き慣れた声が響く。
隼人だった。
元気よく手を振りながら走ってくる。
「朝からうるさいな」
「酷くね?」
そして。
「眠い……」
迅もいた。
本当に眠そうだった。
「お前ちゃんと寝てる?」
「たぶん」
「たぶんって何だよ」
透が呆れる。
すると校舎の方からどよめきが聞こえてきた。
視線を向ける。
そこには玲司がいた。
やはり目立つ。
特別騒いでいるわけではない。
ただ歩いているだけだ。
それなのに周囲が勝手に距離を空けている。
「相変わらず人気だな」
隼人が言う。
「人気なのかあれ」
「たぶん違う」
透は苦笑した。
入学式自体は特に問題なく終わった。
校長の話。
来賓の挨拶。
長い。
とにかく長い。
途中から透は内容をほとんど覚えていなかった。
そして式終了後。
生徒たちはそれぞれの教室へ向かう。
透が教室へ入ると。
「お」
「おお」
思わず声が漏れた。
見覚えのある顔が揃っていた。
隼人。
美月。
迅。
そして玲司。
全員同じクラスだった。
「マジか」
「面白くなりそうだな」
隼人が笑う。
美月は少し驚いているようだった。
迅は既に窓際の席へ座っている。
玲司は相変わらず一人だった。
やがてチャイムが鳴る。
直後。
教室の扉が開いた。
入ってきたのは桐生誠司だった。
「席につけ」
全員が慌てて座る。
桐生は出席簿を机へ置いた。
そして教室を見回す。
「まず一つ言っておく」
静かな声だった。
「お前らは優秀だ」
生徒たちが顔を見合わせる。
意外な言葉だった。
「全国から集まった受験生の中で上位の成績を取った」
そこまでは良かった。
だが。
「だから勘違いするな」
空気が変わる。
「この学校ではお前らが一番下だ」
教室が静まり返る。
「教師も上級生も現場の人間も、お前らより遥かに強い」
透は自然と背筋を伸ばした。
桐生は続ける。
「特に能力者は勘違いしやすい」
その言葉に何人かが反応する。
「能力に目覚めただけで特別になった気になる」
桐生の視線が教室を巡る。
「そんな奴から死ぬ」
冗談ではなかった。
本気だ。
本当にそう思っている顔だった。
だからこそ重かった。
「では質問だ」
突然。
桐生が教卓から降りる。
「能力犯罪者と遭遇した場合、お前らはどうする?」
数人が手を挙げる。
「拘束します」
「無力化します」
「被害者を保護します」
模範解答ばかりだった。
桐生は何も言わない。
そして。
「神代」
「え?」
透が固まる。
「お前ならどうする」
全員の視線が集まる。
透は少し考えた。
そして答える。
「助けます」
「誰をだ」
「助けられる人全員を」
教室が静かになる。
桐生は数秒だけ透を見ていた。
そして。
「理想論だな」
そう言った。
透は何も言えない。
否定されたわけではない。
だが認められたわけでもなかった。
桐生は再び教卓へ戻る。
「覚えておけ」
その声は静かだった。
「現場では全員を助けられない時がある」
その言葉だけが妙に胸に残った。
まるで経験した人間の言葉だった。
教室の窓から春の風が吹き込む。
誰も気付いていない。
だが。
今の一言は。
いつか透が向き合うことになる問題そのものだった。




