第38話「開戦前夜」
第38話 開幕前夜
ランキング戦まで、あと一日。
学園全体がどこか浮き足立っていた。
廊下を歩けばランキング戦の話。
食堂へ行けばランキング戦の話。
訓練場へ行けばもちろんランキング戦の話。
誰もが意識している。
この学園に入学して最初の大舞台を。
神代透はその日、訓練場には向かわなかった。
校門を出る。
夕暮れだった。
赤く染まる街並み。
吹き抜ける風。
久しぶりに静かな時間だった。
相沢との訓練。
桐山との実戦。
座学。
課題。
ここ最近はずっと慌ただしかった。
だから今日は。
別の場所へ向かう。
病院だった。
白い建物。
消毒液の匂い。
静かな廊下。
何度も来ている場所だ。
透はエレベーターを降りる。
そして。
病室の前で足を止めた。
コンコン。
「入るぞ」
扉を開く。
窓際のベッド。
そこにいた少女が顔を上げた。
「お兄ちゃん!」
神代結衣。
透の妹だった。
「元気そうだな」
「お兄ちゃんより元気だよ」
「失礼な」
「顔疲れてるもん」
即答だった。
透は苦笑する。
昔からそうだ。
結衣は変なところで鋭い。
「また訓練?」
「まぁな」
「大変そう」
「死にそう」
「生きてるじゃん」
「ギリギリな」
結衣が楽しそうに笑う。
透は近くの椅子へ腰を下ろした。
しばらく他愛のない話をする。
病院の食事。
看護師。
学校。
いつも通りだった。
そして。
「ランキング戦だっけ?」
結衣が聞いた。
透は頷く。
「明日」
「へぇ」
結衣は少し嬉しそうだった。
「楽しみ」
「お前が?」
「うん」
「何で」
「お兄ちゃん頑張ってるから」
透は少しだけ言葉に詰まった。
結衣は昔からそうだった。
自分のことより。
人のことを優先する。
だから。
余計に思う。
早く治ってほしい。
魔力循環障害。
原因不明。
治療法も確立されていない。
長い入院生活。
それでも結衣はあまり弱音を吐かない。
透にはそれが少し辛かった。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「負けない?」
結衣が聞く。
透は少し考えた。
正直。
分からない。
玲司がいる。
隼人もいる。
美月も。
相沢も。
強い奴ばかりだ。
自分がどこまでやれるか。
まだ分からない。
だが。
「負けたくはないな」
透はそう答えた。
結衣は満足そうに頷いた。
「うん」
「それでいいと思う」
その言葉に。
透は少しだけ肩の力が抜けた。
不思議だった。
相沢の言葉とも違う。
真壁の言葉とも違う。
結衣に言われると。
何だか素直に受け入れられる。
窓の外を見る。
空はすっかり暗くなっていた。
そろそろ帰る時間だ。
「じゃあな」
透は立ち上がる。
「うん」
結衣が手を振る。
だが。
透が病室を出ようとした時だった。
「お兄ちゃん」
呼び止められる。
振り返る。
結衣は笑っていた。
いつものように。
優しく。
「頑張って」
たった一言。
それだけだった。
だが。
透は頷いた。
「ああ」
病室を出る。
静かな廊下を歩く。
少しだけ。
本当に少しだけ。
気持ちが軽くなっていた。
翌日。
ランキング戦当日。
学園のグラウンドには全校生徒が集まっていた。
Aクラス。
Sクラス。
上級生たち。
教師陣。
観客席には保護者の姿まで見える。
想像していたより大規模だった。
「緊張してるか?」
隣から声。
振り向く。
相沢だった。
「少し」
「そうか」
それだけ。
だが。
相沢なりの気遣いなのだろう。
透は少し笑った。
前方を見る。
Sクラスの列。
玲司。
美月。
隼人。
迅。
皆いる。
同じ受験を突破した仲間たち。
そしてライバル。
その時。
開会を告げる鐘が鳴った。
グラウンドが静まり返る。
教師が前へ出る。
ランキング戦。
学園最初の大舞台。
その幕が。
今まさに上がろうとしていた。




