第37話「3位と5位」
相沢に呼び出された翌日。
放課後。
神代透は訓練場へ向かっていた。
ランキング戦まで残り数日。
学園全体の空気は日に日に張り詰めている。
廊下ですれ違う生徒たちの表情も真剣だった。
以前なら聞こえてきた雑談も減った。
皆、それぞれの戦いに向けて準備している。
「緊張してんのか?」
不意に声がした。
振り返る。
相沢蓮だった。
壁にもたれながら腕を組んでいる。
「別に」
「嘘だな」
「何でお前らすぐ分かるんだよ」
「顔に出るからだ」
最近よく聞く言葉だった。
透は小さくため息を吐く。
実際。
少しだけ緊張していた。
ランキング戦。
学園に入ってからずっと聞かされてきたイベントだ。
順位。
実力。
評価。
嫌でも意識する。
「まぁいい」
相沢は歩き出した。
「来い」
透も後に続く。
向かった先はいつもの訓練区画だった。
だが。
「おっ、来たか!」
今日は先客がいた。
赤髪。
大柄。
騒がしい声。
桐山烈だった。
「遅ぇぞ神代!」
「今来たばっかだろ」
「細けぇことはいいんだよ!」
うるさい。
本当にうるさい。
だが不思議と嫌な感じはしない。
桐山は豪快に笑った。
「今日は特別メニューだ」
「嫌な予感しかしない」
「安心しろ」
「安心できる要素どこだよ」
「俺と相沢が相手してやる」
「帰っていいか?」
「駄目だ」
即答だった。
相沢も当然のように頷いている。
嫌な予感が的中した。
十分後。
透は後悔していた。
「待て待て待て!」
透明な盾が展開される。
直後。
轟音。
桐山の蹴りが盾へ叩き込まれた。
衝撃。
透は数歩後退する。
「ぐっ!」
「ほらどうした!」
桐山が笑う。
速い。
相沢ほどではない。
だが重い。
一撃一撃が重い。
身体強化系だろう。
単純なパワーが異常だった。
透は盾を構え直す。
すると。
「後ろ」
相沢の声。
「え?」
振り返る。
遅い。
相沢がいた。
次の瞬間。
足を払われる。
「うおっ!?」
バランスが崩れる。
そのまま地面へ倒れ込んだ。
「はい終了」
桐山が言う。
「何だ今の!」
透は叫んだ。
「何って」
「実戦だ」
相沢が平然と答える。
透は頭を抱えたくなった。
「二対一じゃねぇか!」
「そうだな」
「そうだなじゃねぇ!」
周囲から笑い声が漏れる。
見学者も増えていた。
ランキング戦前。
Aクラス三位と五位が揃っているのだ。
当然人は集まる。
「神代」
相沢が言った。
「お前の悪い癖がある」
「悪い癖?」
「ああ」
一歩前へ出る。
「お前は一人しか見ない」
透は眉をひそめた。
「何だそれ」
「そのままの意味だ」
相沢は続ける。
「俺を見る」
「桐山を見る」
「攻撃を見る」
「盾を見る」
一拍。
「でも戦場を見てない」
透は黙る。
図星だった。
確かに。
相沢が動けば相沢を見る。
桐山が動けば桐山を見る。
目の前のことだけで精一杯だ。
全体を見る余裕なんてない。
「ランキング戦は一対一だけじゃない」
相沢が言う。
「周囲を見る癖を付けろ」
透は立ち上がった。
悔しい。
だが。
反論はできない。
相沢は正しい。
だから。
透は再び盾を構えた。
「もう一回だ」
その言葉に。
桐山がニヤリと笑う。
「いいじゃねぇか」
相沢も僅かに口元を緩めた。
訓練は続く。
その後。
何度も倒された。
何度も吹き飛ばされた。
盾を展開する。
防ぐ。
転がる。
立つ。
また防ぐ。
繰り返しだった。
だが。
途中から少しずつ変わり始める。
相沢だけを見るのをやめた。
桐山だけを見るのをやめた。
訓練区画全体を見る。
相手の位置。
距離。
動線。
意識する。
すると。
「おっ?」
桐山が声を上げた。
透が盾を動かす。
桐山の蹴り。
防ぐ。
直後。
振り向く。
相沢が背後へ回る前だった。
「へぇ」
相沢が僅かに目を細めた。
透は笑う。
「見えた」
初めてだった。
先読みできた。
ほんの少し。
それでも。
確かな成長だった。
夕方。
訓練が終わる頃には。
透は床へ倒れ込んでいた。
「死ぬ……」
「死んでない」
相沢が言う。
「ほぼ死んでる」
「まだ喋れる」
基準がおかしい。
桐山は大笑いしていた。
「神代!」
「何だ」
「ランキング戦」
一拍。
「負けんなよ」
透は少し驚いた。
桐山はいつも軽い。
だからこそ。
その言葉は意外だった。
「おう」
透は頷く。
負けるつもりはない。
もちろん。
勝てる保証もない。
だが。
ここまでやってきた。
今さら逃げる理由もない。
相沢が立ち上がる。
「帰るぞ」
「おう」
透も体を起こした。
窓の外。
夕陽が校舎を赤く染めている。
ランキング戦開幕まで、あと三日。
その日。
神代透は確かに成長していた。




