第36話「目標」
相沢との模擬戦から四日が経った。
神代透はようやく体の痛みが引いてきたところだった。
あの日。
相沢蓮との模擬戦。
結果だけを言えば完敗。
最後まで決定打を与えることはできず、実力差を見せ付けられた。
だが。
不思議と落ち込んではいなかった。
むしろ逆だった。
悔しい。
腹が立つ。
もっと強くなりたい。
そんな感情の方が強かった。
以前なら、自分より遥かに強い相手を前にすると諦めに近い気持ちがあった。
受験の頃もそうだった。
玲司を見た時も。
レーガを見た時も。
自分との差に圧倒された。
だが今は違う。
差があることは分かっている。
それでも。
届かないとは思わなくなっていた。
昼休み。
合同座学用の大教室。
AクラスとSクラスが合同で授業を受ける数少ない時間だ。
透は弁当を持ちながら席を探していた。
すると。
「神代くん」
聞き慣れた声がした。
振り返る。
橘美月だった。
長い黒髪を揺らしながらこちらへ歩いてくる。
相変わらず目立つ。
美人だからというのもある。
それ以上に、美月にはどこか人を惹き付ける雰囲気があった。
「おう」
透が軽く手を挙げる。
「隣、座ってもいいかな?」
「どうぞ」
美月が微笑みながら向かいへ座る。
それから数秒もしないうちに。
「よっ」
朝霧隼人。
「……眠い」
黒瀬迅。
自然と受験組が集まった。
「お前ら毎回集まるな」
透が言う。
「別にいいだろ」
隼人は笑う。
「知り合い少ないし」
「それは分かる」
透も頷いた。
入学して一ヶ月近く経つとはいえ、クラスが分かれている以上、受験組と会う機会はそこまで多くない。
だからこそ。
こういう時間は自然と集まる。
「神代くん」
美月が口を開いた。
「最近、相沢さんと訓練してるって聞いたけど本当?」
透は少し驚いた。
「何で知ってるんだ?」
「結構有名だよ」
隼人が答える。
「Aクラス三位と毎日訓練してる盾男がいるって」
「マジかよ」
「マジ」
透は少し頭を抱えたくなった。
そんなつもりはなかった。
ただ訓練していただけだ。
「相沢さんって強いんでしょ?」
美月が言う。
「強い」
透は即答した。
強い。
それ以外の言葉が思い浮かばない。
「玲司ほど?」
隼人が興味深そうに聞く。
透は少し考えた。
「分からん」
「分からん?」
「あいつら戦ってるとこ見たことないし」
これは本音だった。
強さの種類が違う。
玲司は圧倒的だ。
雷そのものみたいな戦い方をする。
一方で相沢は。
もっと静かだ。
派手さはない。
だが無駄がない。
気付けば距離を詰められている。
気付けば倒されている。
そんな怖さがあった。
「なるほどなぁ」
隼人が頷く。
「でも相沢とやれてるだけ羨ましいわ」
「そうか?」
「そうだろ」
隼人は笑った。
「強い奴とやるのが一番伸びるし」
それは否定できない。
実際。
透はこの数日でかなり成長していた。
盾の強度。
魔力操作。
戦闘中の視野。
どれも以前より良くなっている。
もちろん。
まだ全然足りない。
その時だった。
教室後方がざわつく。
視線が一斉に集まる。
透も振り返った。
そこにいたのは。
九条玲司。
Sクラス主席。
学年最強候補。
相変わらず一人だった。
騒がない。
群れない。
必要以上に話さない。
なのに。
なぜか目立つ。
歩いているだけで空気が変わる。
「相変わらずだな」
隼人が苦笑した。
「オーラあるよね」
美月も小さく笑う。
透は何も言わなかった。
玲司を見る。
やはり遠い。
受験の頃からそうだ。
玲司はずっと前を歩いている。
だが。
前ほど絶望はしていない。
追い付けないと思わなくなった。
それだけでも大きな変化だった。
すると。
玲司がこちらを見た。
一瞬だけ。
目が合う。
そして。
玲司はそのまま席へ向かった。
何も言わない。
だが。
透はなぜか笑ってしまった。
「何だよ」
隼人が聞く。
「別に」
透は肩を竦めた。
追い付きたい。
勝ちたい。
いや。
まずは並びたい。
それが今の目標だった。
昼休み終了のチャイムが鳴る。
生徒たちが席へ戻っていく。
ランキング戦まで残り一週間。
学園全体の熱気は日に日に増していた。
そして。
放課後。
透が訓練場へ向かう途中だった。
「神代」
声。
振り返る。
相沢だった。
「何だ」
「来い」
「またかよ」
「まただ」
相沢は平然と言う。
「今日は桐山もいる」
透は少しだけ眉を上げた。
Aクラス五位。
桐山烈。
騒がしい男だが実力者だ。
「何やるんだ?」
透が聞く。
相沢は短く答えた。
「実戦訓練」
そして。
「ランキング戦まで時間がない」
一拍。
「少しは形にしてやる」
そう言って歩き出した。
透は苦笑する。
相変わらず不器用な奴だった。
だが。
嫌いじゃない。
透はその背中を追いかける。
ランキング戦まで残り一週間。
それぞれが。
それぞれの場所で。
前へ進もうとしていた。




