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ジャッジメント・マナ  作者: 顕微鏡


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35/37

第35話「見えているもの」

相沢の拳を受け止めた瞬間。

 訓練場の空気が少しだけ変わった。

 透明な盾。

 拳。

 衝撃。

 今までなら。

 防ぐことだけで精一杯だった。

 だが今回は違う。

 見えた。

 肩の動き。

 重心。

 踏み込み。

 相沢がどこから攻撃を放つのか。

 ほんの少しだけ。

 それでも確かに。

 見えた。

「悪くない」

 相沢が言う。

 透は息を整えながら盾を構え直した。

 褒められた。

 たったそれだけなのに。

 少し嬉しい。

 だが。

 喜んでいる余裕はなかった。

 相沢はまだ本気ではない。

 それくらい分かる。

 今までの訓練でもそうだった。

 いつも余裕がある。

 呼吸も乱れない。

 汗もほとんどかかない。

 だから。

 今の模擬戦だって。

 相沢からすれば指導の延長なのだろう。

「神代」

「何だ」

「勘違いするなよ」

 相沢が言った。

「今のは成長したんじゃない」

 透は眉をひそめた。

「は?」

「元々できたことだ」

「意味分からん」

 相沢は少し考える。

 そして。

「お前は今まで見てなかっただけだ」

 そう言った。

「見てなかった?」

「ああ」

 一歩。

 相沢が近付く。

「例えば」

 相沢が指を立てる。

「お前が今歩いてるとする」

「うん」

「その時」

「?」

「右足をどの角度で出してるか考えるか?」

「考えない」

「だろ」

 相沢は頷く。

「でも実際は出してる」

 透は黙った。

「戦闘も同じだ」

 相沢は続ける。

「見えてないんじゃない」

「見ようとしてない」

 その言葉に。

 透は少し考え込んだ。

 確かに。

 今まで自分は。

 盾ばかり見ていた。

 どう防ぐか。

 どう守るか。

 それだけ。

 相手を観察する余裕なんてなかった。

 だから。

 見えていなかった。

「なるほどな」

 透は呟いた。

 相沢は肩を竦める。

「まぁ」

「理解できたならいい」

 その瞬間だった。

 相沢の姿が消える。

「っ!!」

 反射的に動く。

 今度は見失わない。

 足。

 視線。

 重心。

 左。

 そう判断した。

 盾を動かす。

 直後。

 衝撃。

 拳が叩き込まれる。

 受けた。

 完璧ではない。

 それでも。

 読めた。

「……」

 相沢が少し驚いた顔をした。

 初めてだった。

 透はそれを見逃さなかった。

「お?」

 思わず笑う。

「今驚いたろ」

「別に」

「絶対驚いた」

「気のせいだ」

 絶対嘘だった。

 だが。

 少しだけ嬉しい。

 相沢相手に。

 初めて手応えを感じた。

 その時。

 訓練区画の外が騒がしくなる。

「始まってるぞ」

「マジじゃん」

「相沢だ」

「相手誰?」

「神代」

 観客が増えていた。

 気付けば十人以上。

 ランキング戦前。

 Aクラス上位の模擬戦など注目されない訳がない。

 透は少し居心地が悪くなった。

「増えたな」

「気にするな」

 相沢は言う。

「見られるのも訓練だ」

「嫌な訓練だな」

「能力者は人前で戦う」

 一拍。

「慣れろ」

 正論だった。

 透は小さく息を吐く。

 そして。

 改めて周囲を見た。

 知らない顔もいる。

 知っている顔もいる。

 皆。

 自分たちを見ている。

 評価している。

 強さを測っている。

 ランキング戦も同じなのだろう。

 負ければ見下される。

 勝てば評価される。

 能力者の世界は単純だ。

 だから。

 少しだけ怖い。

 少しだけ。

 緊張する。

「神代」

 相沢が言う。

「何だ」

「お前」

 一拍。

「今何考えた」

 透は驚いた。

「分かるのか」

「顔に出てる」

 またそれだった。

 最近本当に多い。

「そんなに分かりやすいか?」

「かなり」

 周囲からも頷く声が聞こえた。

 少し傷付く。

「まぁいい」

 相沢が構える。

「続けるぞ」

「おう」

 透も盾を出す。

 透明な盾。

 以前より安定している。

 以前より強い。

 それでも。

 まだ足りない。

 もっと強くなりたい。

 もっと。

 もっと。

 その時だった。

 ふと。

 真壁の言葉が頭を過る。

『能力と武器は違う』

 透は眉をひそめた。

 未だに答えは分からない。

 盾は能力だ。

 では。

 自分の武器とは何なのか。

 まだ分からない。

 だが。

 今なら少しだけ。

 その意味が理解できる気がした。

 盾は道具だ。

 戦うための。

 守るための。

 だが。

 どう使うかは自分次第。

 だから。

 武器は盾じゃない。

 自分自身なのかもしれない。

「……」

 透は静かに息を吐いた。

 その瞬間。

 相沢が動く。

 速い。

 だが。

 今度は目で追えた。

 拳。

 盾。

 衝撃。

 受ける。

 次。

 右。

 受ける。

 左。

 受ける。

 連撃。

 連撃。

 連撃。

 透は必死に食らい付いた。

 観客の声が聞こえる。

「おい」

「結構やるぞ」

「神代ってあんな強かったか?」

「相沢相手に粘ってるぞ」

 透にはそんな余裕はない。

 だが。

 聞こえてしまった。

 そして。

 少しだけ嬉しかった。

 認められたかった。

 強くなりたかった。

 追い付きたかった。

 だから。

 嬉しかった。

 だが。

 次の瞬間。

 世界が反転した。

「え?」

 気付けば。

 空が見えていた。

 遅れて痛みが来る。

 背中。

 地面。

 投げられた。

 理解した時にはもう遅い。

 相沢が立っていた。

「終わりだ」

 透は呆然とする。

 いつ。

 どうやって。

 全く分からなかった。

 そして。

 その事実が。

 実力差を何よりも物語っていた。

 透は天井を見上げる。

 悔しい。

 本当に。

 悔しかった。

 だが。

 同時に思う。

 楽しかった。

 強い相手と戦うのは。

 こんなにも面白いのか。

 透はゆっくり起き上がる。

 そして。

 少し笑った。

「しゃーないか」

 まだ遠い。

 相沢も。

 玲司も。

 その背中は遠い。

 だが。

 届かない訳じゃない。

 そう思えた一日だった。

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