第35話「見えているもの」
相沢の拳を受け止めた瞬間。
訓練場の空気が少しだけ変わった。
透明な盾。
拳。
衝撃。
今までなら。
防ぐことだけで精一杯だった。
だが今回は違う。
見えた。
肩の動き。
重心。
踏み込み。
相沢がどこから攻撃を放つのか。
ほんの少しだけ。
それでも確かに。
見えた。
「悪くない」
相沢が言う。
透は息を整えながら盾を構え直した。
褒められた。
たったそれだけなのに。
少し嬉しい。
だが。
喜んでいる余裕はなかった。
相沢はまだ本気ではない。
それくらい分かる。
今までの訓練でもそうだった。
いつも余裕がある。
呼吸も乱れない。
汗もほとんどかかない。
だから。
今の模擬戦だって。
相沢からすれば指導の延長なのだろう。
「神代」
「何だ」
「勘違いするなよ」
相沢が言った。
「今のは成長したんじゃない」
透は眉をひそめた。
「は?」
「元々できたことだ」
「意味分からん」
相沢は少し考える。
そして。
「お前は今まで見てなかっただけだ」
そう言った。
「見てなかった?」
「ああ」
一歩。
相沢が近付く。
「例えば」
相沢が指を立てる。
「お前が今歩いてるとする」
「うん」
「その時」
「?」
「右足をどの角度で出してるか考えるか?」
「考えない」
「だろ」
相沢は頷く。
「でも実際は出してる」
透は黙った。
「戦闘も同じだ」
相沢は続ける。
「見えてないんじゃない」
「見ようとしてない」
その言葉に。
透は少し考え込んだ。
確かに。
今まで自分は。
盾ばかり見ていた。
どう防ぐか。
どう守るか。
それだけ。
相手を観察する余裕なんてなかった。
だから。
見えていなかった。
「なるほどな」
透は呟いた。
相沢は肩を竦める。
「まぁ」
「理解できたならいい」
その瞬間だった。
相沢の姿が消える。
「っ!!」
反射的に動く。
今度は見失わない。
足。
視線。
重心。
左。
そう判断した。
盾を動かす。
直後。
衝撃。
拳が叩き込まれる。
受けた。
完璧ではない。
それでも。
読めた。
「……」
相沢が少し驚いた顔をした。
初めてだった。
透はそれを見逃さなかった。
「お?」
思わず笑う。
「今驚いたろ」
「別に」
「絶対驚いた」
「気のせいだ」
絶対嘘だった。
だが。
少しだけ嬉しい。
相沢相手に。
初めて手応えを感じた。
その時。
訓練区画の外が騒がしくなる。
「始まってるぞ」
「マジじゃん」
「相沢だ」
「相手誰?」
「神代」
観客が増えていた。
気付けば十人以上。
ランキング戦前。
Aクラス上位の模擬戦など注目されない訳がない。
透は少し居心地が悪くなった。
「増えたな」
「気にするな」
相沢は言う。
「見られるのも訓練だ」
「嫌な訓練だな」
「能力者は人前で戦う」
一拍。
「慣れろ」
正論だった。
透は小さく息を吐く。
そして。
改めて周囲を見た。
知らない顔もいる。
知っている顔もいる。
皆。
自分たちを見ている。
評価している。
強さを測っている。
ランキング戦も同じなのだろう。
負ければ見下される。
勝てば評価される。
能力者の世界は単純だ。
だから。
少しだけ怖い。
少しだけ。
緊張する。
「神代」
相沢が言う。
「何だ」
「お前」
一拍。
「今何考えた」
透は驚いた。
「分かるのか」
「顔に出てる」
またそれだった。
最近本当に多い。
「そんなに分かりやすいか?」
「かなり」
周囲からも頷く声が聞こえた。
少し傷付く。
「まぁいい」
相沢が構える。
「続けるぞ」
「おう」
透も盾を出す。
透明な盾。
以前より安定している。
以前より強い。
それでも。
まだ足りない。
もっと強くなりたい。
もっと。
もっと。
その時だった。
ふと。
真壁の言葉が頭を過る。
『能力と武器は違う』
透は眉をひそめた。
未だに答えは分からない。
盾は能力だ。
では。
自分の武器とは何なのか。
まだ分からない。
だが。
今なら少しだけ。
その意味が理解できる気がした。
盾は道具だ。
戦うための。
守るための。
だが。
どう使うかは自分次第。
だから。
武器は盾じゃない。
自分自身なのかもしれない。
「……」
透は静かに息を吐いた。
その瞬間。
相沢が動く。
速い。
だが。
今度は目で追えた。
拳。
盾。
衝撃。
受ける。
次。
右。
受ける。
左。
受ける。
連撃。
連撃。
連撃。
透は必死に食らい付いた。
観客の声が聞こえる。
「おい」
「結構やるぞ」
「神代ってあんな強かったか?」
「相沢相手に粘ってるぞ」
透にはそんな余裕はない。
だが。
聞こえてしまった。
そして。
少しだけ嬉しかった。
認められたかった。
強くなりたかった。
追い付きたかった。
だから。
嬉しかった。
だが。
次の瞬間。
世界が反転した。
「え?」
気付けば。
空が見えていた。
遅れて痛みが来る。
背中。
地面。
投げられた。
理解した時にはもう遅い。
相沢が立っていた。
「終わりだ」
透は呆然とする。
いつ。
どうやって。
全く分からなかった。
そして。
その事実が。
実力差を何よりも物語っていた。
透は天井を見上げる。
悔しい。
本当に。
悔しかった。
だが。
同時に思う。
楽しかった。
強い相手と戦うのは。
こんなにも面白いのか。
透はゆっくり起き上がる。
そして。
少し笑った。
「しゃーないか」
まだ遠い。
相沢も。
玲司も。
その背中は遠い。
だが。
届かない訳じゃない。
そう思えた一日だった。




