第33話「自分の盾」
ランキング戦まで残り十二日。
放課後の訓練場は今日も騒がしかった。
金属音。
爆発音。
誰かの叫び声。
能力者育成校では珍しくもない光景だ。
むしろ静かな日の方が少ない。
ランキング戦が近付いている今ならなおさらだった。
普段は訓練に来ない生徒まで姿を見せている。
誰もが焦っていた。
強くなりたい。
勝ちたい。
上へ行きたい。
理由は違っても目指す先は同じだ。
そして。
神代透もまた、その一人だった。
「もう一回」
透明な盾が現れる。
直径一メートルほど。
以前より明らかに安定している。
だが透は満足していなかった。
相沢の訓練を受けて三日。
盾の一部分へ魔力を集中させる技術は少しずつ形になってきた。
以前なら盾全体へ均一に魔力を流していた。
今は違う。
攻撃が来る瞬間。
受ける場所へ集中的に魔力を流す。
理屈は単純。
だが。
実際にやると難しい。
相手の攻撃を見極める。
着弾点を読む。
魔力を移動させる。
そして盾を維持する。
全部を同時にやらなければならない。
「くそ……」
盾が揺らぐ。
透は額の汗を拭った。
疲れている。
最近ずっとだ。
学校。
課題。
見舞い。
訓練。
だが不思議と嫌ではなかった。
強くなっている実感がある。
ほんの少しだとしても。
昨日の自分より前へ進んでいる。
それだけで頑張れた。
その時。
「神代」
聞き慣れた声。
振り返る。
相沢だった。
今日も無表情。
今日も一人。
「また来たのか」
「来る」
相沢は即答した。
「何で」
「暇だから」
「絶対嘘だろ」
「半分本当だ」
どっちなんだ。
透は苦笑する。
最初は近寄り難い奴だと思っていた。
だが違った。
無口ではある。
愛想もない。
だが意外と面倒見が良い。
少なくとも。
興味のない相手に毎日付き合うタイプではない。
「どうだ」
相沢が聞く。
「少しはマシになったか」
「少しだけ」
「見せろ」
透は盾を展開した。
透明な盾。
相沢はそれを見る。
じっと。
数秒。
そして。
「まだ駄目だな」
「お前さぁ」
透は思わず顔をしかめた。
「たまには褒めろよ」
「昨日よりはマシ」
「それ褒めてる?」
「かなり」
基準が厳しい。
厳し過ぎる。
だが。
不思議と腹は立たなかった。
相沢が適当に言っている訳じゃないと分かるからだ。
「神代」
「ん?」
「何でそんなに焦ってる」
突然だった。
透は少し固まる。
「焦ってるか?」
「焦ってる」
即答。
最近みんな即答する。
そんなに顔に出ているのだろうか。
「別に」
「嘘だな」
相沢は断言した。
「ランキング戦が近いからか」
「それもある」
「それだけじゃない」
透は黙る。
図星だった。
相沢は続ける。
「Sクラスか」
透は思わず顔を上げた。
「何で分かった」
「分かりやすい」
そんなものだろうか。
だが。
否定はできない。
玲司。
隼人。
美月。
迅。
同じ受験を突破した仲間たち。
今でも交流はある。
仲が悪い訳じゃない。
むしろ良い方だ。
だが。
だからこそ思う。
差がある。
圧倒的に。
玲司は学年最強候補。
隼人もSクラス上位。
美月も迅も同じだ。
みんな前へ進んでいる。
自分だけが取り残されている気がする。
「追い付きたい」
気付けば口にしていた。
「追い付きたいんだ」
相沢は何も言わない。
ただ聞いている。
「別に追い越したいとかじゃない」
「……」
「でも」
透は拳を握った。
「隣に立ちたい」
それが本音だった。
最強になりたい訳じゃない。
英雄になりたい訳でもない。
ただ。
隣に立ちたい。
同じ場所で戦いたい。
それだけだ。
相沢はしばらく黙っていた。
そして。
「変な奴だな」
そう言った。
「またそれかよ」
「まただ」
透は苦笑した。
最近よく言われる。
変な奴。
そんなに変だろうか。
「普通」
相沢が言う。
「勝ちたいって言う」
「まぁ」
「負けたくないって言う」
「それも分かる」
「でもお前は違う」
透は首を傾げた。
「何が」
「隣に立ちたい」
一拍。
「そう言った」
透は黙る。
「多分」
相沢は空を見上げた。
「だからお前は盾なんだろうな」
その言葉に。
透は少し驚いた。
「盾だから?」
「ああ」
相沢は頷く。
「剣だったら違った」
「炎でも違う」
「雷でも違う」
夕陽が相沢の横顔を照らしていた。
「お前は前に出たい奴じゃない」
「……」
「誰かと並びたい奴だ」
透は何も言えなかった。
なぜなら。
妙に納得してしまったからだ。
その時だった。
ふと。
遠い記憶が蘇る。
まだ能力に目覚める前。
まだ子供だった頃。
妹と一緒に遊んでいた日のこと。
転んだ妹が泣いていた。
透は慌てて駆け寄った。
怪我は小さい。
でも。
妹は泣いていた。
「大丈夫」
そう言った記憶がある。
根拠なんてなかった。
でも。
泣き止んで欲しかった。
安心して欲しかった。
だから。
大丈夫と言った。
「……」
透は目を閉じる。
そして。
病院のベッドが浮かんだ。
今も眠り続ける妹。
何もできなかった日。
守れなかった日。
あの日から。
自分はずっと後悔している。
もっと強ければ。
もっと早ければ。
もっと何かできていれば。
そんな考えばかりだ。
「神代」
相沢の声で我に返る。
「大丈夫か」
「……ああ」
透は息を吐いた。
「大丈夫」
嘘だった。
だが。
これ以上考えても仕方ない。
過去は変わらない。
変えられるのは未来だけだ。
「しゃーないか」
自然と口から漏れる。
相沢が少し笑った。
「またそれか」
「悪いか」
「別に」
一拍。
「嫌いじゃない」
珍しい言葉だった。
相沢が誰かを評価するのは。
透は少しだけ嬉しくなった。
だから。
もう一度盾を構える。
透明な盾。
未完成の盾。
だが。
守りたいものがある。
追い付きたい奴らがいる。
並びたい背中がある。
だから。
まだ止まれない。
ランキング戦まで残り十二日。
神代透の戦いは。
まだ始まったばかりだった。




