第32話「盾の使い方」
夕陽が訓練場を赤く染めていた。
ランキング戦まで残り十三日。
学園全体がどこか浮き足立っている。
廊下を歩けば順位予想。
食堂へ行けば優勝候補の話。
訓練場へ来れば普段は見ない生徒まで汗を流している。
誰もが強くなろうとしていた。
少しでも上へ。
少しでも強く。
少しでも評価されるために。
能力者育成校とはそういう場所だった。
神代透も例外ではない。
むしろ最近は以前より訓練時間が増えていた。
放課後。
課題。
妹の見舞い。
帰宅。
そしてまた訓練。
睡眠時間を削るほどではないが、気付けば一日の大半を能力のことを考えている。
だが。
「上手くいかねぇな……」
透明な盾が揺らぐ。
輪郭が歪む。
そして消えた。
透は深く息を吐いた。
盾の密度を上げる。
それ自体はできるようになった。
以前より明らかに強度も増している。
真壁の拳を受けた時。
相沢の拳を受けた時。
確かに違いを感じた。
だが。
安定しない。
魔力を圧縮すると形が崩れる。
形を維持しようとすると密度が落ちる。
その繰り返しだった。
「くそ」
盾を再展開する。
今度は小さく。
直径二十センチほど。
魔力を集中。
圧縮。
固定。
少しずつ。
ゆっくりと。
すると盾の透明度が下がった。
ガラスのようだった表面が少しだけ白く曇る。
密度が上がっている証拠だ。
「よし」
その瞬間。
バキッ。
盾が砕けた。
「よくねぇ」
思わず突っ込む。
これで何回目だ。
十分。
二十分。
三十分。
訓練を続けているのに成果が見えない。
もちろん成長はしている。
だが。
玲司を見れば。
隼人を見れば。
美月を見れば。
どうしても焦る。
あいつらは前へ進んでいる。
自分も進んでいるはずなのに。
差が縮まっている気がしない。
「神代」
声がした。
振り向く。
相沢だった。
今日も無表情である。
「またお前か」
「ああ」
相沢は当然のように近付いてくる。
そして。
透の盾を見る。
「駄目だな」
第一声がそれだった。
「お前さ」
透は呆れる。
「もうちょっと言い方ないのか」
「ない」
即答。
本当にないらしい。
「何が駄目なんだよ」
透が聞くと。
相沢は少し考えた。
そして。
「力んでる」
そう言った。
「力んでる?」
「ああ」
透は首を傾げる。
力んでいる自覚はない。
むしろ集中しているだけだ。
「盾出せ」
透は言われるまま盾を展開した。
透明な盾。
相沢は近付く。
じっと見る。
嫌になるくらい見る。
「近い近い」
「黙れ」
「はい」
怖かった。
数秒後。
相沢は盾へ指を当てた。
「ほら」
「何が」
「硬い」
「硬いだろ」
「全部がな」
透は意味が分からなかった。
相沢は指先で盾を軽く叩く。
「お前」
「うん」
「全体を硬くしようとしてる」
「駄目なのか?」
「駄目じゃない」
一拍。
「効率が悪い」
透は黙る。
その言葉。
最近どこかで聞いた。
玲司だ。
あいつも似たことを言っていた。
『魔力が均等じゃない』
あの時はよく分からなかった。
だが。
今なら少し分かる。
「じゃあどうする」
「受ける場所だけ硬くする」
相沢はそう言った。
「できるか?」
「いや無理だろ」
透は即答した。
盾全体を維持するだけで精一杯なのだ。
部分的に強化するなんて。
そんな器用な真似ができるとは思えない。
「そうか」
相沢は頷く。
「じゃあやるぞ」
「何を」
「訓練」
嫌な予感がした。
非常に。
「待て」
「嫌だ」
「まだ何も言ってないだろ」
「どうせ面倒だから」
透の予想は当たっていた。
十分後。
透は後悔していた。
「痛っ!!」
ボールが飛んでくる。
盾で受ける。
だが。
今度は右。
左。
上。
下。
容赦がない。
「相沢ぁ!!」
「集中しろ」
飛んでくる。
また飛んでくる。
しかも。
どこに来るか分からない。
その瞬間だけ。
盾の一部へ魔力を集中させる。
失敗。
弾かれる。
成功。
受け止める。
また失敗。
繰り返しだった。
だが。
少しずつ。
本当に少しずつ。
感覚が分かってくる。
魔力を流す。
集中する。
受ける。
その一点だけ。
硬くする。
「……!」
ボールが止まった。
完全に。
今までなら数歩下がっていた。
だが。
今回は違う。
受け切った。
「今のだ」
相沢が言う。
透は盾を見る。
確かに違った。
盾全体じゃない。
一点。
本当に一点だけ。
そこへ魔力を集中した。
「これか」
「そうだ」
相沢は頷く。
「全部守ろうとするな」
透は顔を上げる。
相沢は続ける。
「守る場所を決めろ」
その言葉に。
透は少しだけ息を呑んだ。
守る場所。
今まで考えたことがなかった。
盾なら全部守るものだと思っていた。
だが。
違うのかもしれない。
守りたいもの。
優先するもの。
それを決める。
そのための盾。
夕陽はいつの間にか沈み始めていた。
ランキング戦まで残り十三日。
神代透はまだ気付いていない。
この日の訓練が。
未来の自分の戦い方を大きく変える第一歩になることを。




