第31話「届かない背中」
相沢の拳を受け止めた後。
訓練場にはしばらく沈黙が流れていた。
神代透は自分の盾を見つめている。
透明な盾。
見慣れたはずの盾。
だが今は少し違って見えた。
「今の感覚忘れるな」
相沢の言葉。
忘れるなと言われても。
正直よく分からない。
透は手を握る。
さっきの瞬間を思い出そうとする。
拳が来た。
防ごうと思った。
そして。
盾の中心へ魔力を集中した。
それだけだ。
「何が違ったんだ……」
「考えるな」
相沢が言った。
「は?」
「今のお前じゃ答え出ない」
身も蓋もない。
透は思わず顔をしかめた。
「ひどくないか」
「事実だ」
相沢は平然としている。
「考えるのは大事だ」
一拍。
「でも経験が足りない」
透は黙った。
反論できなかった。
実際その通りだからだ。
能力に目覚めてまだ数年。
本格的に戦い始めたのは入学してから。
経験不足は自覚している。
相沢は訓練用ボトルの水を飲みながら続けた。
「お前さ」
「ん?」
「受験の時から見てた」
透は目を瞬かせる。
「マジ?」
「マジ」
少し意外だった。
Aクラス三位。
実力者。
そんな奴が自分を見ていたとは思わない。
「何で」
「珍しかった」
「何が」
「盾」
即答だった。
「剣」
「炎」
「雷」
「氷」
「身体強化」
相沢は指を折る。
「そういう奴は山ほどいる」
「まぁ」
「でも盾は少ない」
それは透も知っている。
能力者の多くは攻撃能力。
派手な能力。
強力な能力。
目立つ能力。
だから。
盾は地味だ。
とても。
「正直」
相沢が言う。
「受験の時はすぐ消えると思ってた」
「おい」
透は抗議した。
「酷くないか?」
「酷いな」
本人も認めた。
だが。
相沢は続ける。
「でも残った」
「……」
「だから少し興味が出た」
その言葉に。
透は少しだけ嬉しくなった。
Aクラス三位。
そんな奴に認められるのは悪い気分じゃない。
もちろん。
まだ認められた訳ではない。
興味を持たれただけだ。
それでも。
少しだけ。
「ありがと」
透が言う。
すると。
相沢は露骨に嫌そうな顔をした。
「やめろ」
「何でだよ」
「気持ち悪い」
「お前な」
透は吹き出した。
意外だった。
もっと無愛想な奴だと思っていた。
だが。
話してみると案外普通だ。
その時。
「相沢ぁ!」
大きな声が響いた。
二人が振り向く。
走ってくる男子生徒。
赤髪。
背が高い。
うるさそう。
実際うるさかった。
「探したぞ!」
「何だ」
「何だじゃねぇ!」
男子生徒は叫ぶ。
「ランキング戦のチーム練習だろ!」
「忘れてた」
「お前ぇぇぇぇ!!」
訓練場に叫び声が響いた。
透は思わず笑う。
相沢は本当に忘れていたらしい。
「誰?」
透が聞く。
「桐山」
相沢が答える。
「Aクラス五位」
透は目を見開いた。
「五位?」
「おう」
桐山が胸を張る。
「桐山烈だ!」
元気だった。
とにかく元気だった。
相沢と正反対である。
「神代透」
「知ってる」
即答。
「マジ?」
「災害級遭遇者だろ?」
透は頭を抱えたくなった。
またそれだ。
最近そればかり言われる。
何なら補習より有名かもしれない。
「別に好きで遭遇した訳じゃないぞ」
「だろうな!」
桐山は豪快に笑った。
妙に話しやすい。
初対面とは思えなかった。
「そういや」
桐山が言う。
「ランキング戦どうする?」
「どうするって?」
「目標順位」
またその話だった。
透は少し考える。
そして。
「特にない」
そう答えた。
すると。
桐山も相沢も。
揃って呆れた顔をした。
「お前なぁ」
桐山が頭を抱える。
「普通あるだろ」
「そうか?」
「ある」
即答だった。
透は苦笑する。
だが。
本当に思い浮かばない。
順位そのものには興味がない。
もちろん上へ行きたい。
強くなりたい。
でも。
何位になりたい。
そういう感覚ではなかった。
「変な奴だな」
桐山が言う。
「お前も言うのか」
「相沢も言ったのか?」
「言った」
「じゃあ変だ」
満場一致だった。
透は納得いかなかった。
だが。
少し楽しかった。
Aクラスへ入学してから。
こうして同級生と話す機会は増えた。
それでも。
まだどこか距離があった。
受験。
妹のこと。
能力のこと。
考えることが多過ぎた。
だが今。
こうして馬鹿な話をしている時間は嫌いじゃない。
その時だった。
ふと。
訓練場の向こう側が見えた。
巨大なガラス。
その先。
Sクラス専用施設。
そして。
一人の男子生徒。
「……」
九条玲司。
今日も訓練していた。
夕陽を背負いながら。
雷光が走る。
轟音。
訓練用ドローンが一瞬で吹き飛ぶ。
圧倒的だった。
何度見ても。
差を感じる。
「見てるな」
相沢が言った。
「まぁな」
透は苦笑する。
「遠い」
思わず本音が漏れた。
玲司。
受験主席。
Sクラス。
学年最強候補。
今の自分では届かない。
それは分かっている。
だが。
目を逸らしたくはなかった。
その背中を。
いつか。
追い越したいとは思わない。
でも。
隣には立ちたい。
「しゃーないか」
小さく呟く。
相沢と桐山が振り向いた。
「何だそれ」
桐山が聞く。
「口癖」
「変な口癖だな」
「うるさい」
透は笑った。
届かないなら。
追い掛ければいい。
今はそれで十分だ。
夕陽の中。
神代透は再び盾を構える。
ランキング戦まで残り十三日。
まだ。
始まったばかりだった。




