第30話「守るための盾」
相沢蓮が去った後も。
神代透はしばらくその場から動けなかった。
夕陽が訓練場を赤く染めている。
透明な盾が目の前に浮かんでいた。
いつもと同じ盾。
受験の日から使っている盾。
だが。
相沢の言葉が頭から離れない。
『お前、守ろうとしてない』
意味が分からなかった。
いや。
正確には。
意味が分かりたくなかった。
透は盾を見つめる。
透明な表面。
少し歪な形。
以前より小さい。
その代わり密度は増した。
強くなっている。
確実に。
なのに。
「守ろうとしてない、か……」
小さく呟く。
盾能力だ。
守るための能力だ。
それは分かっている。
だが。
最近の自分はどうだった?
玲司に追い付きたかった。
ランキング戦で勝ちたかった。
もっと強くなりたかった。
その結果。
盾を刃にすることばかり考えていた。
盾を飛ばすこと。
盾で殴ること。
盾を武器にすること。
確かに。
守ることを考えた記憶があまりない。
「……」
透は眉をひそめる。
その時だった。
バンッ!!
突然。
何かが盾へぶつかった。
「うおっ!?」
透は慌てて振り向く。
訓練用ボール。
地面を転がっている。
「悪い」
声がした。
見ると。
少し離れた場所で相沢が手を挙げていた。
「わざとか?」
透が叫ぶ。
「半分」
「どっちだよ」
相沢は少しだけ笑った。
初めてだった。
相沢が笑ったのを見たのは。
周囲から恐れられているAクラス三位。
近寄り難い雰囲気。
無口。
そんな印象だった。
だが。
今の笑顔は年相応だった。
「帰らないのか」
相沢が聞く。
「お前こそ」
「まだ訓練」
そう言うと。
相沢は再び訓練場へ視線を向けた。
そこでようやく透は気付く。
相沢も一人だった。
ランキング上位。
実力者。
なのに。
一人。
玲司を思い出した。
強い奴ってみんな一人なのか。
「何だ」
相沢がこちらを見る。
「いや別に」
「顔に出てる」
「そんなに?」
「かなり」
玲司にも同じことを言われた気がする。
透は苦笑した。
「何考えてた」
相沢が聞く。
「強い奴って一人なんだなって」
相沢は少し目を瞬かせた。
そして。
「馬鹿か」
そう言った。
「何でだよ」
「勝手に決めるな」
意外な返答だった。
「俺は一人でいたいからいるだけだ」
「そうなのか」
「そうだ」
透は少し考える。
玲司も似たようなことを言っていた。
もしかすると。
自分が勝手に距離を感じていただけなのかもしれない。
その時。
「神代」
相沢が言った。
「ランキング戦」
「おう」
「何位狙ってる」
透は固まった。
そんなこと考えたこともなかった。
「分からん」
「本気か?」
「本気」
相沢は呆れた顔をした。
「じゃあ聞き方を変える」
一拍。
「誰に勝ちたい」
透は考える。
真っ先に浮かんだ顔。
九条玲司。
だが。
「勝ちたいっていうか」
「?」
「追い付きたい」
相沢は黙る。
透は続けた。
「玲司とか」
「隼人とか」
「美月とか」
「迅とか」
Sクラス。
自分より前を走っている奴ら。
同じ受験を突破したはずなのに。
どんどん差を感じる。
「だから」
透は言う。
「今はそこかな」
相沢は数秒黙った。
そして。
「なるほどな」
そう呟く。
少しだけ納得したような顔だった。
「何だよ」
「いや」
相沢は視線を逸らす。
「お前らしいと思ってな」
「俺らしい?」
「普通」
一拍。
「Sクラスに勝ちたいって言う」
「まぁ」
「でもお前は違う」
透は首を傾げた。
違いが分からない。
相沢は続ける。
「順位を見てない」
「?」
「人を見てる」
透は黙る。
その言葉は妙に胸へ残った。
自分では意識していなかった。
だが。
確かにそうかもしれない。
玲司が何位か。
隼人が何位か。
そんなことは気にしていない。
ただ。
あいつらに並びたい。
そう思っていた。
「変な奴だな」
相沢が笑う。
「お前に言われたくねぇ」
透も笑った。
夕陽が沈み始める。
訓練場の人影も少なくなっていた。
その時。
「神代」
相沢が立ち上がる。
「ん?」
「盾出せ」
「今?」
「今」
透は言われるまま盾を展開する。
透明な盾。
相沢が近付く。
そして。
拳を構えた。
「おい待て」
「安心しろ」
「嫌な予感しかしない」
次の瞬間。
ドォン!!
轟音。
拳が盾へ叩き込まれる。
透は数歩後退した。
だが。
吹き飛ばされない。
「……あれ?」
透は目を見開く。
昼の真壁の攻撃とは違う。
確かに重い。
だが。
受け切れた。
「何した」
相沢が聞く。
「何って」
透は盾を見る。
無意識だった。
攻撃が来る瞬間。
盾の中心へ魔力を集中した。
いつもより。
少しだけ。
「……」
相沢が笑った。
「それだ」
「え?」
「今の感覚忘れるな」
透は盾を見る。
まだよく分からない。
だが。
確かに。
何かを掴んだ気がした。
ランキング戦まで残り二週間。
神代透はまだ知らない。
この小さな感覚が。
未来の戦いで。
自分を支える武器になることを。




