第3話「橘美月」
実技試験を終えた透は、待機エリアのベンチに腰を下ろしていた。
「いてて……」
腕が痛い。
玲司の攻撃を受け続けたせいで、身体のあちこちが悲鳴を上げている。
正直、あれは受験生の強さじゃなかった。
「お疲れさん」
隣に隼人が座る。
片手にはスポーツドリンク。
「ほら」
「お、サンキュ」
透は受け取って一口飲む。
冷たい。
生き返る。
「で、どうだった?」
「ボコボコ」
「だろうな」
「否定しろよ」
隼人は笑った。
透もつられて笑う。
初対面なのに妙に話しやすい奴だった。
「でも最後まで立ってたじゃん」
「立ってただけだよ」
「それが大事なんじゃね?」
透は少し考える。
確かに玲司には負けた。
だが何もできなかったわけじゃない。
少なくとも途中で諦めなかった。
「そうかもな」
その時だった。
近くから歓声が上がる。
「おおっ!」
「すげぇ!」
透たちはそちらを見る。
別の試験ブロック。
一人の少女が立っていた。
長い黒髪。
整った顔立ち。
どこか凛とした雰囲気。
「あれ?」
透は目を瞬かせる。
見覚えがあった。
朝ぶつかった少女だ。
「知り合い?」
隼人が聞く。
「いや、ちょっとだけ」
試験場へ向かう途中でぶつかった相手だ。
その少女の周囲には無数の光が浮かんでいた。
魔力だ。
だが普通の魔力ではない。
細い糸のような光。
数十本。
いや、数百本。
それらが空中を自在に飛び回っている。
「なんだあれ……」
透が呟く。
次の瞬間。
光の糸が一斉に動いた。
相手の能力で作られた武器を絡め取る。
さらに腕。
足。
身体。
あっという間に拘束した。
勝負にならない。
「そこまで!」
試験官が終了を宣言する。
観客席からどよめきが起こった。
「強ぇ……」
隼人が引きつった顔で言う。
透も同意だった。
玲司とはまた違う。
圧倒的な技術。
圧倒的な制圧力。
少女は静かに一礼すると、そのまま試験場を後にする。
その途中。
透と目が合った。
「あ」
少女が小さく声を漏らす。
どうやら向こうも覚えていたらしい。
「あの時の」
「朝の」
二人の声が重なった。
少女は少しだけ困ったような顔をした。
「遅刻しかけていた人ですね」
「その覚え方やめない?」
「事実です」
即答だった。
透は肩を落とす。
隼人は横で笑いを堪えている。
「橘美月です」
少女は軽く頭を下げた。
「神代透」
「朝霧隼人」
二人も名乗る。
美月は小さく頷いた。
「お二人とも実技試験は終わったんですか?」
「うん」
「ボコボコにされた」
「俺はまだこれから」
美月は透を見る。
「そうですか」
「何だよ」
「いえ」
少しだけ口元が緩んだ。
「最後まで立っていたのは立派だと思います」
透は目を丸くする。
まさか褒められるとは思わなかった。
美月はそれだけ言うと、そのまま歩き去っていく。
透はしばらくその背中を見送った。
「……良い子だな」
「お前絶対今惚れただろ」
「違うわ」
「いや絶対惚れた」
「違うって」
透の否定を聞きながら、隼人はニヤニヤと笑い続けていた。




