第26話「壁の向こう側」
昼休み終了の予鈴が鳴り響く。
食堂にいた生徒たちが次々と席を立ち始めた。
透たちも食器を返却口へ持っていく。
その途中だった。
「じゃあな」
隼人が言う。
「おう」
透が返事をする。
隼人は当然のように別の方向へ歩き始めた。
美月も。
迅も。
玲司も。
全員だ。
透はその背中を見ながら立ち止まった。
数秒。
それから苦笑する。
「そうだよな」
当たり前だった。
彼らはSクラス。
自分はAクラス。
昼休みは一緒に過ごせても、その後は別々だ。
校舎そのものは同じでも、教室の場所から授業内容まで違う。
最初にそれを知った時は少し驚いた。
だが今では慣れている。
慣れているはずだった。
なのに。
今日だけは少しだけ寂しく感じた。
自分でも理由は分からない。
Aクラスの教室へ戻る。
扉を開くと、いつもの騒がしい空気が広がっていた。
「お、神代」
「昼飯終わった?」
「補習さんじゃーん」
「まだ言うか」
透は苦笑した。
Aクラスにも友人はいる。
決して居場所がないわけじゃない。
それでも。
昼休みの時間が妙に印象に残っていた。
席へ座る。
窓の外を見る。
少し離れた校舎。
あちらがSクラス棟だ。
特別カリキュラム。
特別訓練。
特別設備。
学園が将来有望と判断した生徒だけが集められる場所。
当然ながら競争率も高い。
そして。
玲司たちがいる場所だ。
「見てどうするんだ」
隣の席から声がした。
透が振り向く。
高梨蓮だった。
Aクラスの男子生徒。
茶髪。
少し軽そうな見た目。
だが意外と面倒見が良い。
受験初日に透へ話しかけてきた人間の一人だった。
「別に」
「嘘つけ」
高梨は笑う。
「Sクラス見てただろ」
「そんな分かりやすかったか?」
「かなり」
透は頭を掻いた。
「気になるか?」
高梨が聞く。
「何が」
「Sクラス」
透は少し考える。
そして頷いた。
「まぁな」
「だろうな」
高梨は椅子にもたれかかった。
「俺も最初はそうだった」
「お前も?」
「ああ」
少し意外だった。
高梨はあまりそういうタイプには見えない。
「受験終わった後さ」
高梨が言う。
「Sクラス発表されたじゃん」
「ああ」
「普通に悔しかった」
透は黙って聞く。
「俺もそこそこ自信あったんだ」
高梨は笑う。
「でも結果はA」
「まぁAでも十分凄いんだけどな」
「それな」
二人は笑った。
実際その通りだった。
この学校に入れるだけでも難しい。
Aクラスならなおさらだ。
だが。
人間は上を見る。
どうしても。
「でもまぁ」
高梨は続ける。
「悔しいなら上がればいい」
「簡単に言うな」
「簡単じゃねぇよ」
高梨は笑う。
「だから面白いんだろ」
その言葉が少しだけ胸に残った。
午後の授業。
能力実技基礎。
透の好きな科目だった。
座学よりずっといい。
考えるより動く方が得意だ。
訓練場へ移動する。
広い。
Aクラス専用とは思えないほど広い。
魔力障壁で区切られた訓練スペースが並んでいる。
担当教官は女性だった。
長い黒髪。
鋭い目。
名前は真壁沙織。
能力実技担当。
そして。
鬼教官として有名だった。
「整列」
低い声。
生徒たちが慌てて並ぶ。
「今日は防御訓練を行う」
真壁が言った。
「攻撃能力者も例外ではない」
透は少しだけ身を乗り出す。
防御訓練。
つまり自分向きだ。
「神代」
「はい」
「前へ出ろ」
透は一瞬固まった。
嫌な予感がする。
「お手本だ」
やっぱり。
前へ出る。
クラスメイトたちの視線が集まる。
地味に緊張する。
「盾を出せ」
「はい」
透は右手を前へ出した。
魔力を流す。
透明な盾が出現する。
「よし」
真壁は頷いた。
次の瞬間。
拳を振った。
「は?」
ドゴォン!!
轟音。
盾が軋む。
透の身体が吹き飛んだ。
「ぐはっ!」
十メートル近く滑る。
背中が痛い。
肺の空気が抜ける。
「神代!」
クラスメイトたちが叫ぶ。
「立て」
真壁は平然としていた。
透はふらつきながら立ち上がる。
「何するんですか!」
「防御訓練だ」
「説明してくださいよ!」
笑いが起きた。
だが真壁は真面目だった。
「今ので分かったか?」
「何がですか」
「お前の欠点だ」
透は眉をひそめる。
「盾は悪くない」
真壁が言う。
「むしろ優秀だ」
少し意外だった。
「だが」
真壁の目が鋭くなる。
「お前自身が弱い」
透は言葉を失った。
「盾は守れた」
「しかし衝撃は殺せていない」
透は思い出す。
魔獣との戦い。
受験。
模擬戦。
確かに。
盾は残っている。
だが自分が吹き飛ばされる。
「防御能力者にありがちな欠点だ」
真壁が言う。
「盾を強くすることばかり考える」
「自分を強くすることを忘れる」
透は黙った。
反論できなかった。
なぜなら。
その通りだったから。
放課後。
透は一人で訓練場へ残っていた。
周囲に人はいない。
静かな空間。
透明な盾を出現させる。
そして。
真壁の言葉を思い出す。
『盾は悪くない』
『お前自身が弱い』
「くそ」
悔しかった。
玲司。
隼人。
美月。
迅。
彼らとの差。
レーガとの差。
考えたくもない。
だが。
逃げたくもなかった。
透は再び盾を出す。
もっと小さく。
もっと硬く。
もっと集中して。
魔力を圧縮する。
すると。
盾が少しだけ小さくなった。
その代わり。
透明だった表面が少しだけ輝く。
「……?」
透は目を見開いた。
初めてだった。
今までとは違う感覚。
何かを掴みかけている。
そんな気がした。
夕陽が訓練場へ差し込む。
誰も見ていない場所で。
神代透は一歩だけ前へ進もうとしていた。




