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ジャッジメント・マナ  作者: 顕微鏡


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第25話「5人での食事」

「座ってもいいか?」

 九条玲司はそう言った。

 それだけだった。

 ただそれだけなのに。

 透たち四人は固まっていた。

 食堂の喧騒が妙に遠く聞こえる。

 隼人は口を半開きにしているし、美月は目を瞬かせている。迅に至ってはラーメンを口に運ぶ途中で止まっていた。

 玲司本人だけが平然としている。

 何故そんなに普通なんだ。

 さっきまで一人で食べていたじゃないか。

「えっと……」

 透が最初に口を開いた。

「もちろん」

「そうか」

 玲司は短く答える。

 そして本当に自然な動作で席へ座った。

 沈黙。

 気まずい。

 ものすごく気まずい。

 透は助けを求めるように周囲を見る。

 誰も助けてくれない。

 隼人は面白そうにしているだけだし、美月はどう話を切り出そうか考えている顔だ。迅はラーメンを食べ始めている。

 お前はマイペースすぎるだろ。

「……」

「……」

「……」

 玲司は普通に食事を始めた。

 透は思った。

 もしかして。

 このまま昼休み終わるのか?

 先に動いたのは隼人だった。

「九条」

「何だ」

「お前、自分から来るタイプだったんだな」

 玲司が顔を上げる。

「どういう意味だ」

「いや」

 隼人は苦笑した。

「もっとこう、一匹狼みたいな奴かと思ってた」

「一匹狼?」

「違うのか?」

「知らん」

 玲司は本当に興味なさそうに答えた。

「一人でいる方が楽なだけだ」

 その言葉に透は少し納得した。

 確かに玲司は他人を嫌っているようには見えない。

 ただ積極的に関わろうとしないだけだ。

「じゃあ友達いないのか?」

 隼人が聞く。

 美月が吹き出しかけた。

「朝霧君」

「何だよ」

「聞き方というものが」

「気になるだろ」

「気になりますけど」

 気になるんかい、と透は心の中で突っ込んだ。

 玲司は少し考えた後、

「いないな」

 と答えた。

 あまりにもあっさり。

「マジか」

「必要だったことがない」

「すげぇ返答だな」

「そうか?」

 玲司本人は本気で分かっていないらしい。

 透はカレーを一口食べながら玲司を見る。

 やっぱり不思議な奴だった。

 受験の時からそうだ。

 誰よりも強くて。

 誰よりも目立っていて。

 なのに本人は全く気にしていない。

 周囲からどう見られているかも。

 自分がどれだけ有名かも。

 興味がないように見える。

「神代」

 突然名前を呼ばれた。

「ん?」

「何故誘った」

 透はスプーンを止めた。

 何故。

 改めて聞かれると難しい。

「何でだろうな」

「分からないのか」

「気になったから?」

 玲司は首を傾げる。

 納得していない顔だ。

 透は少し考える。

 そして正直に答えることにした。

「九条ってさ」

「ああ」

「いつも一人じゃん」

「そうだな」

「でも別に嫌な奴じゃないし」

 玲司が少しだけ目を細めた。

「だから誘った」

 それだけだった。

 透にとっては。

 だが。

 玲司は数秒黙った。

 何かを考えるように。

 その時。

「神代君って」

 美月が言った。

「時々そういうところありますよね」

「どういうところだよ」

「距離感がおかしいところです」

「悪口か?」

「褒めてます」

 どっちだ。

 透には分からなかった。

 隼人が笑う。

「分かるわ」

「お前まで」

「普通さ」

 隼人は箸を振りながら言った。

「受験主席のSクラスとか近寄りにくいだろ」

「そうか?」

「そうだよ」

「そうです」

「そうだな」

 美月と迅まで頷いた。

 透だけが分かっていない。

「でも同じ学校だし」

「だからお前変なんだって」

 隼人が笑った。

 玲司はそんなやり取りを黙って見ていた。

 ふと。

 透は気付く。

 さっきより少しだけ表情が柔らかい。

 気のせいかもしれない。

 だが。

 最初に見た頃より人間らしく見えた。

 昼休みも半分ほど過ぎた頃。

 話題は自然と能力の話になった。

「そういえば」

 隼人が言う。

「神代の盾って今どうなってるんだ?」

「どうって?」

「成長してんのか」

 透は苦笑した。

「微妙」

 それが本音だった。

「まだ小さいしな」

 受験の時と比べれば成長している。

 だが。

 玲司や隼人たちと比べると見劣りする。

 それは自覚していた。

「最近は集中して強度を上げる練習してる」

「成果は?」

「少し」

「少しか」

 隼人はうーんと唸った。

 すると。

「見せてみろ」

 玲司が言った。

「今?」

「ああ」

「食堂だぞ」

「小さくでいい」

 透は少し迷ったが、断る理由もなかった。

 周囲を確認する。

 問題なさそうだ。

 そして。

 手のひらへ意識を集中する。

 体内の魔力を動かす。

 薄い光。

 透明な盾。

 直径三十センチほど。

 小さな円形の盾が出現した。

「おお」

 隼人が身を乗り出す。

「前より綺麗になってるな」

「そうか?」

「前はもっとガタガタだった」

 言われてみればそうかもしれない。

 最近は形を安定させる訓練を続けている。

 玲司は無言で盾を見る。

 じっと。

 本当にじっと。

「何だよ」

「……」

「九条?」

「無駄が多い」

 第一声がそれだった。

「は?」

 透が固まる。

「無駄?」

「ああ」

 玲司は盾を指差した。

「魔力が均等じゃない」

「そうなのか?」

「外周に偏っている」

 透には分からない。

 だが。

 美月も驚いた顔をしている。

「見えるんですか?」

「何となく」

 玲司はそう言った。

 何となくで分かるのか。

 怖いなこいつ。

「もし均等にできれば」

 玲司は続ける。

「同じ消費で強度は上がる」

 透は思わず真剣になる。

「本当か?」

「ああ」

 即答だった。

 その瞬間。

 透の頭の中からカレーが消えた。

 訓練。

 強化。

 成長。

 その言葉だけが残る。

「詳しく」

「食事中だぞ」

 隼人が呆れた。

 しかし。

 玲司は珍しく説明してくれた。

 魔力の流れ。

 密度。

 集中。

 透には半分しか理解できなかったが、それでも得るものは大きかった。

 少なくとも。

 今までより明確な課題が見えた。

「なるほどな」

 透は頷く。

「ありがとう」

「別に」

 玲司は視線を逸らした。

 少しだけ居心地が悪そうだった。

 感謝され慣れていないのかもしれない。

 その時。

 予鈴が鳴った。

 昼休み終了五分前。

「もうそんな時間か」

 隼人が立ち上がる。

「早いですね」

 美月もトレーを持った。

 透も席を立つ。

 何だか不思議な気分だった。

 昼休みが始まる前と比べて。

 確実に何かが変わった気がする。

 食器返却口へ向かう途中。

 玲司が隣を歩いていた。

 しばらく沈黙。

 だが。

 さっきまでほど気まずくはない。

「神代」

「ん?」

「お前」

 玲司が言う。

「変な奴だな」

 透は吹き出した。

「お前に言われたくない」

 初めてだった。

 玲司がほんの少しだけ笑ったのは。

 その様子を少し離れた場所から見ていた女子生徒たちがざわついていたことを。

 透は知らない。

「今笑った?」

「九条君?」

「初めて見たんだけど」

 そんな声が聞こえていたことも。

 もちろん知らない。

 ただ。

 神代透はまだ気付いていなかった。

 今日の何気ない昼休みが。

 後になって振り返った時。

 Aクラスの五人が本当の意味で仲間になり始めた最初の日だったことを。

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