第20話「余韻」
帰りの車内は静かだった。
行きとはまるで違う。
誰も騒がない。
誰も笑わない。
全員が今日見たものを頭の中で整理していた。
窓の外を流れる景色を眺めながら、透は大きく息を吐く。
疲れた。
身体よりも頭が。
災害級魔獣。
レーガ。
赤い結晶。
分からないことだらけだった。
「……」
隣を見る。
隼人も珍しく黙っていた。
普段なら何かしら喋っている男なのに。
「どうした」
透が聞く。
隼人は少し考えてから答えた。
「いや」
「ん?」
「思ったよりヤバかったな」
透は苦笑する。
「今さらかよ」
「いや本当に」
隼人は頭を掻いた。
「ニュースで見てるのと実際に見るのじゃ全然違う」
それは透も同じだった。
映像越しと現実は違う。
あの圧力。
あの空気。
あの恐怖。
実際にその場にいたからこそ分かるものがある。
「正直」
隼人が続ける。
「少しビビった」
透は目を瞬く。
珍しい。
隼人が弱音を吐くのは。
「俺もだよ」
正直に答えた。
隠す必要もない。
怖かったものは怖かった。
すると。
「それ聞いて安心した」
隼人が笑った。
透も少し笑う。
前の席では美月が資料を読んでいた。
何の資料かと思えば魔獣の図鑑だった。
「何してるんだ」
透が聞く。
「復習です」
即答。
「真面目だな」
「皆さんもやった方がいいですよ」
美月は本気だった。
隼人が嫌そうな顔をする。
「今はいい」
「良くありません」
「先生助けて」
「俺に振るな」
桐生は即答した。
車内に少しだけ笑いが起きる。
ようやく張り詰めた空気が緩んだ。
その時。
「なぁ」
迅が口を開いた。
全員が見る。
迅が自分から話し始めるのは珍しい。
「レーガ」
その名前が出た瞬間。
空気が少し変わった。
「どう思った?」
透は少し考える。
「怖い」
正直な感想だった。
強い。
じゃない。
怖い。
それが一番近い。
「分かる」
隼人も頷く。
「先生より怖い」
「それは否定しない」
桐生が言った。
全員が吹き出した。
だが。
一人だけ反応が違った。
玲司だった。
ずっと窓の外を見ている。
無言。
透は少し気になった。
「玲司」
呼びかける。
玲司が振り向く。
「お前はどう思った」
数秒。
沈黙。
そして。
「強かった」
それだけだった。
「そりゃそうだろ」
隼人がツッコむ。
だが玲司は首を横に振った。
「違う」
「?」
「強いんじゃない」
玲司は続ける。
「完成していた」
車内が静かになる。
透はその言葉を反芻する。
完成していた。
それは。
どういう意味だ。
「俺達とは違う」
玲司の視線が自分の手へ落ちる。
「能力の使い方も」
「戦い方も」
「全部」
そこまで言って。
玲司は黙った。
それ以上は話さない。
だが透は何となく分かった。
玲司ですら。
レーガとの差を感じたのだ。
車が学校へ到着する。
夕焼けが校舎を赤く染めていた。
透たちは車から降りる。
疲れているはずなのに。
妙に眠くなかった。
頭の中が整理できていない。
そんな感覚だった。
「今日は解散だ」
桐生が言う。
「しっかり休め」
その言葉で生徒たちは散り始める。
透も帰ろうとした。
だが。
「神代」
呼び止められる。
振り返る。
桐生だった。
「先生?」
「少し来い」
短い言葉。
だが断れる雰囲気ではなかった。
数分後。
透は職員棟の一室へ通されていた。
応接室。
学校には不釣り合いなほど高級そうな部屋だった。
「座れ」
桐生が言う。
透は素直に従う。
すると。
コンコン。
ノックの音が響いた。
「入れ」
桐生が言う。
扉が開く。
透は何気なくそちらを見た。
そして。
固まった。
入ってきた人物を見て。
整った顔立ち。
穏やかな笑み。
スーツ姿。
どこか知的な雰囲気。
テレビで何度も見た顔だった。
「初めまして」
男が笑う。
「神代透君」
透は言葉を失う。
何故なら。
目の前にいたのは。
魔力庁長官。
天城黎人だった。




