第18話「災害」
暗闇の奥で。
赤い瞳が開いた。
一つではない。
二つ。
四つ。
八つ。
倉庫の奥に浮かぶ無数の赤い光。
それはまるで巨大な生物の眼だった。
透は息を呑む。
本能が警鐘を鳴らしている。
危険だ。
今までの魔獣とは違う。
圧倒的に。
「先生……」
美月の声が僅かに震える。
桐生は答えない。
ただ前を見ていた。
その横顔は固い。
普段の桐生からは想像できないほど。
「全員」
低い声が響く。
「今すぐ下がれ」
有無を言わせない声だった。
「でも――」
透が言いかける。
「下がれ」
桐生が繰り返す。
その目を見た瞬間。
透は何も言えなくなった。
本気だ。
本当に危険なんだ。
ズン。
地面が揺れる。
倉庫の壁が内側から膨らんだ。
ミシミシと音を立てる。
鉄骨が悲鳴を上げる。
そして。
崩壊した。
轟音と共に。
コンクリートが吹き飛ぶ。
土煙が空を覆う。
その中から。
巨大な影が現れた。
「……は?」
透は呆然とする。
大きい。
いや。
大きすぎる。
三階建ての建物ほどの高さ。
黒い外殻。
全身を覆う赤い紋様。
八本の腕。
無数の目。
異形。
怪物。
その言葉ですら足りない。
「何だよあれ……」
隼人が呟く。
誰も答えられない。
答えを知る者がいない。
その時だった。
桐生の声が震える。
「最悪だ...」
透は目を見開いた。
桐生のそんな様子は初めて見るからだ。
「先生?」
「災害級だ」
その一言で空気が凍る。
「災害級?」
透が聞き返す。
聞いたことはある。
だが実際に見たことはない。
教本の中だけの存在。
都市一つを壊滅させる可能性を持つ魔獣。
人類の天敵。
それが。
目の前にいる。
「おい」
レーガが口を開く。
透たちは思わず振り返る。
白髪の男は。
笑っていた。
久しぶりに。
心の底から楽しそうに。
「そういうのを待ってたんだよ」
透は言葉を失う。
災害級。
桐生ですら警戒している怪物。
それを前にして。
笑う?
普通。
そんなことができるのか。
怪物が咆哮する。
衝撃波。
周囲の窓ガラスが一斉に砕けた。
空気が震える。
耳が痛い。
透は反射的に盾を展開した。
それほどの圧力だった。
だが。
レーガは動かない。
ただ見上げている。
「いいな」
嬉しそうに。
「最高じゃねぇか」
次の瞬間。
怪物の腕が振り下ろされた。
巨大な腕。
ビルを叩き潰せる質量。
空気が裂ける。
透は息を呑んだ。
速い。
大きいのに。
信じられないほど。
だが。
レーガは避けない。
「レーガ!」
誰かが叫んだ。
直後。
轟音。
地面が吹き飛ぶ。
道路が陥没する。
土煙が舞い上がる。
視界が消える。
「死んだか……?」
調査員の誰かが呟く。
その瞬間。
「んなわけねぇだろ」
声。
土煙の中から。
聞き慣れた声だった。
次の瞬間。
怪物の腕が吹き飛んだ。
ドゴォォォォン!!
爆発。
黒い血が舞う。
巨大な腕が空中を飛ぶ。
怪物が絶叫した。
「何だ今の!?」
透が叫ぶ。
見えなかった。
本当に。
何も。
その時。
玲司が初めて目を見開いていた。
透はそれに気付く。
受験の時も。
今までの授業でも。
ほとんど表情を変えなかった玲司が。
驚いている。
それだけで異常だった。
土煙が晴れる。
そこには。
レーガが立っていた。
傷一つない。
服も汚れていない。
右手をポケットに入れたまま。
「遅ぇ」
それだけ言う。
怪物へ向かって。
「もっと本気出せよ」
透は理解した。
この男は。
戦っているんじゃない。
楽しんでいる。
まるでゲームでもするように。
怪物が怒る。
残った腕が一斉に動く。
四方八方から襲い掛かる。
建物ごと。
道路ごと。
全てを破壊しながら。
「レーガ!」
桐生が叫ぶ。
だが。
レーガは笑った。
「うるせぇ」
その瞬間。
世界が震えた。
透は確かに見た。
空気中に漂う魔力が。
一斉に動いた。
川の流れのように。
渦のように。
レーガへ集まっていく。
そして。
怪物へ向かう。
「流れろ」
レーガが呟く。
直後。
怪物の身体が弾けた。
腕。
脚。
外殻。
全て。
内側から。
爆発するように。
絶叫。
黒い血。
崩れる巨体。
透は言葉を失った。
桐生も。
隼人も。
美月も。
誰も喋らない。
ただ。
レーガだけが立っていた。
怪物を見上げながら。
「それで終わりか?」
その声は静かだった。
だが。
透は思った。
今この瞬間。
誰よりも恐ろしいのは。
魔獣じゃない。
目の前の男だ。
そして。
怪物の崩れた身体の奥で。
赤い光が一つ。
不気味に瞬いた。
それを見た瞬間。
レーガの笑みが消える。
「……あ?」
初めてだった。
レーガが。
怪物ではなく。
何か別のものに興味を示したのは。




