第17話「圧倒」
レーガが一歩前へ出る。
それだけだった。
ただ歩いただけ。
それなのに。
魔獣たちが僅かに後退した。
透は目を疑った。
「今……」
隼人も気付いたらしい。
「下がったか?」
信じられない話だった。
魔獣は理性が薄い。
恐怖で動きを止めることはあっても、自ら距離を取ることはほとんどない。
少なくとも教本にはそう書いてあった。
だが。
目の前の光景は違う。
まるで本能が理解しているようだった。
目の前にいる男には近付いてはいけないと。
「おいおい」
レーガが笑う。
「さっきまでの威勢はどうした」
魔獣たちが唸る。
赤い瞳。
剥き出しの牙。
殺気。
だが。
レーガは鼻で笑った。
「澱んでんなぁ」
その瞬間だった。
一体の魔獣が飛び出した。
巨大な個体だった。
他の魔獣よりも一回り大きい。
筋肉も発達している。
恐らく群れの中でも上位個体。
咆哮。
轟音。
巨体が突っ込む。
レーガは避けない。
迎撃もしない。
ただ。
右手を前へ出した。
「消えろ」
ドゴォォォォン!!
爆発音。
魔獣の身体が吹き飛んだ。
だが。
殴られていない。
何かが当たったわけでもない。
それなのに。
魔獣はミサイルのような速度で後方へ飛び、倉庫へ激突した。
建物が崩れる。
鉄骨が曲がる。
コンクリートが砕ける。
そして。
魔獣は動かなくなった。
沈黙。
透は声も出なかった。
「先生」
美月が呟く。
「今のは」
桐生もレーガを見ている。
「地面だ」
「え?」
「地面の魔力を流した」
透は意味が分からない。
だが桐生は続ける。
「足元から」
「一直線に」
「魔力の流れをぶつけた」
透は地面を見る。
何もない。
ただのアスファルトだ。
しかし。
レーガには見えているのかもしれない。
地面の中を流れる魔力が。
空気中を漂う魔力が。
自分たちには見えない何かが。
その時だった。
三体の魔獣が同時に動く。
左右。
正面。
完全な包囲。
「今度は少しマシか」
レーガが笑う。
そして。
指を鳴らした。
パチン。
軽い音。
次の瞬間。
地面が爆ぜた。
ドドドドドドドドッ!!
爆発。
連続爆発。
道路が吹き飛ぶ。
アスファルトがめくれ上がる。
土煙が空を覆う。
まるで戦争だった。
透は思わず盾を展開する。
飛んできた破片を防ぐために。
「何だよこれ……」
声が震える。
強いとかじゃない。
規模がおかしい。
やがて土煙が晴れる。
そこには。
誰もいなかった。
いや。
レーガだけが立っていた。
三体の魔獣は跡形もない。
完全に消滅していた。
透は言葉を失う。
受験で見た玲司。
強かった。
美月も。
迅も。
圧倒的だった。
だが。
目の前の男は違う。
比べること自体がおかしい。
人間と災害を比べるようなものだった。
「おもしれぇな」
レーガが呟く。
だが。
その視線は魔獣へ向いていない。
透だった。
「……俺?」
思わず口に出る。
レーガは答えない。
ただ見ている。
その赤い瞳で。
何かを確かめるように。
その時だった。
最後尾にいた一体の魔獣が動く。
他の個体より小さい。
だが速い。
異常な速度で透たちの方へ向かってきた。
「神代!」
桐生が叫ぶ。
透も反応する。
盾を展開。
魔獣が飛び掛かる。
受け止める。
だが重い。
足が滑る。
「ぐっ……!」
押し負ける。
盾が軋む。
その時。
透は気付いた。
レーガが見ている。
助ける気配がない。
ただ。
見ている。
「何なんだよ……!」
透は叫ぶ。
盾を押し込む。
だが魔獣も引かない。
あと少し。
あと少しで突破される。
その時だった。
レーガが笑った。
「そうだ」
楽しそうに。
「それでいい」
意味が分からない。
だが。
何故か腹が立った。
「見てねぇで助けろ!」
透が叫ぶ。
すると。
レーガは声を上げて笑った。
「ハッ!」
本当に面白そうに。
「それで死ぬならそこまでだろ」
最低だった。
透はそう思った。
だが。
同時に理解もした。
この男は。
誰かを守るために戦う人間じゃない。
自分の見たいものを見るために戦う人間だ。
だからこそ。
危険なんだ。
次の瞬間。
バチッ。
空気が震える。
魔獣の身体が吹き飛んだ。
今度はレーガだった。
右手を軽く振っただけ。
それだけで魔獣が数十メートル先まで飛ばされる。
そして。
着地したレーガはつまらなそうに言った。
「弱ぇな」
その一言に。
透は背筋が寒くなった。
魔獣に向かって言っているはずなのに。
何故か。
自分も含まれている気がした。
そして。
その時だった。
桐生の表情が変わる。
険しく。
鋭く。
まるで何かを見つけたように。
「全員下がれ」
低い声。
今までとは違う。
本気の声だった。
「先生?」
美月が振り返る。
桐生は前を見る。
その視線の先。
崩れた倉庫の奥。
暗闇の中。
何かがいた。
レーガも笑みを消している。
初めてだった。
あの男が。
戦闘中に笑うのをやめたのは。
「なるほどな」
レーガが呟く。
その声は低い。
そして。
少しだけ。
嬉しそうだった。
「やっと出てきやがった」
暗闇の奥から。
巨大な赤い瞳がゆっくりと開いた。




