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ジャッジメント・マナ  作者: 顕微鏡


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17/22

第17話「圧倒」

レーガが一歩前へ出る。

 それだけだった。

 ただ歩いただけ。

 それなのに。

 魔獣たちが僅かに後退した。

 透は目を疑った。

「今……」

 隼人も気付いたらしい。

「下がったか?」

 信じられない話だった。

 魔獣は理性が薄い。

 恐怖で動きを止めることはあっても、自ら距離を取ることはほとんどない。

 少なくとも教本にはそう書いてあった。

 だが。

 目の前の光景は違う。

 まるで本能が理解しているようだった。

 目の前にいる男には近付いてはいけないと。

「おいおい」

 レーガが笑う。

「さっきまでの威勢はどうした」

 魔獣たちが唸る。

 赤い瞳。

 剥き出しの牙。

 殺気。

 だが。

 レーガは鼻で笑った。

「澱んでんなぁ」

 その瞬間だった。

 一体の魔獣が飛び出した。

 巨大な個体だった。

 他の魔獣よりも一回り大きい。

 筋肉も発達している。

 恐らく群れの中でも上位個体。

 咆哮。

 轟音。

 巨体が突っ込む。

 レーガは避けない。

 迎撃もしない。

 ただ。

 右手を前へ出した。

「消えろ」

 ドゴォォォォン!!

 爆発音。

 魔獣の身体が吹き飛んだ。

 だが。

 殴られていない。

 何かが当たったわけでもない。

 それなのに。

 魔獣はミサイルのような速度で後方へ飛び、倉庫へ激突した。

 建物が崩れる。

 鉄骨が曲がる。

 コンクリートが砕ける。

 そして。

 魔獣は動かなくなった。

 沈黙。

 透は声も出なかった。

「先生」

 美月が呟く。

「今のは」

 桐生もレーガを見ている。

「地面だ」

「え?」

「地面の魔力を流した」

 透は意味が分からない。

 だが桐生は続ける。

「足元から」

「一直線に」

「魔力の流れをぶつけた」

 透は地面を見る。

 何もない。

 ただのアスファルトだ。

 しかし。

 レーガには見えているのかもしれない。

 地面の中を流れる魔力が。

 空気中を漂う魔力が。

 自分たちには見えない何かが。

 その時だった。

 三体の魔獣が同時に動く。

 左右。

 正面。

 完全な包囲。

「今度は少しマシか」

 レーガが笑う。

 そして。

 指を鳴らした。

 パチン。

 軽い音。

 次の瞬間。

 地面が爆ぜた。

 ドドドドドドドドッ!!

 爆発。

 連続爆発。

 道路が吹き飛ぶ。

 アスファルトがめくれ上がる。

 土煙が空を覆う。

 まるで戦争だった。

 透は思わず盾を展開する。

 飛んできた破片を防ぐために。

「何だよこれ……」

 声が震える。

 強いとかじゃない。

 規模がおかしい。

 やがて土煙が晴れる。

 そこには。

 誰もいなかった。

 いや。

 レーガだけが立っていた。

 三体の魔獣は跡形もない。

 完全に消滅していた。

 透は言葉を失う。

 受験で見た玲司。

 強かった。

 美月も。

 迅も。

 圧倒的だった。

 だが。

 目の前の男は違う。

 比べること自体がおかしい。

 人間と災害を比べるようなものだった。

「おもしれぇな」

 レーガが呟く。

 だが。

 その視線は魔獣へ向いていない。

 透だった。

「……俺?」

 思わず口に出る。

 レーガは答えない。

 ただ見ている。

 その赤い瞳で。

 何かを確かめるように。

 その時だった。

 最後尾にいた一体の魔獣が動く。

 他の個体より小さい。

 だが速い。

 異常な速度で透たちの方へ向かってきた。

「神代!」

 桐生が叫ぶ。

 透も反応する。

 盾を展開。

 魔獣が飛び掛かる。

 受け止める。

 だが重い。

 足が滑る。

「ぐっ……!」

 押し負ける。

 盾が軋む。

 その時。

 透は気付いた。

 レーガが見ている。

 助ける気配がない。

 ただ。

 見ている。

「何なんだよ……!」

 透は叫ぶ。

 盾を押し込む。

 だが魔獣も引かない。

 あと少し。

 あと少しで突破される。

 その時だった。

 レーガが笑った。

「そうだ」

 楽しそうに。

「それでいい」

 意味が分からない。

 だが。

 何故か腹が立った。

「見てねぇで助けろ!」

 透が叫ぶ。

 すると。

 レーガは声を上げて笑った。

「ハッ!」

 本当に面白そうに。

「それで死ぬならそこまでだろ」

 最低だった。

 透はそう思った。

 だが。

 同時に理解もした。

 この男は。

 誰かを守るために戦う人間じゃない。

 自分の見たいものを見るために戦う人間だ。

 だからこそ。

 危険なんだ。

 次の瞬間。

 バチッ。

 空気が震える。

 魔獣の身体が吹き飛んだ。

 今度はレーガだった。

 右手を軽く振っただけ。

 それだけで魔獣が数十メートル先まで飛ばされる。

 そして。

 着地したレーガはつまらなそうに言った。

「弱ぇな」

 その一言に。

 透は背筋が寒くなった。

 魔獣に向かって言っているはずなのに。

 何故か。

 自分も含まれている気がした。

 そして。

 その時だった。

 桐生の表情が変わる。

 険しく。

 鋭く。

 まるで何かを見つけたように。

「全員下がれ」

 低い声。

 今までとは違う。

 本気の声だった。

「先生?」

 美月が振り返る。

 桐生は前を見る。

 その視線の先。

 崩れた倉庫の奥。

 暗闇の中。

 何かがいた。

 レーガも笑みを消している。

 初めてだった。

 あの男が。

 戦闘中に笑うのをやめたのは。

「なるほどな」

 レーガが呟く。

 その声は低い。

 そして。

 少しだけ。

 嬉しそうだった。

「やっと出てきやがった」

 暗闇の奥から。

 巨大な赤い瞳がゆっくりと開いた。

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