第14話「特急指定犯罪者」
風が吹いた。
倉庫街を抜ける冷たい風だった。
だが透の背中を流れる汗は止まらない。
屋上に立つ男。
白髪。
黒いコート。
赤い瞳。
ただそこに立っているだけなのに、妙な圧迫感があった。
魔獣の群れですら目に入らなくなるほどの存在感。
それが異常だった。
「レーガ……」
桐生が低く呟く。
透はその名前を聞いて男を見上げた。
レーガ。
ニュースで聞いた名前。
特級指定犯罪者。
魔力庁が何年も追い続けている存在。
だが。
透は混乱していた。
目の前の男からは犯罪者らしい雰囲気が感じられない。
もっと凶悪な何かを想像していた。
だが実際は違う。
どちらかと言えば。
退屈そうだった。
「久しぶりじゃねぇか」
レーガが言う。
視線は桐生へ向いている。
まるで旧知の仲のような口ぶりだった。
桐生は眉をひそめた。
「何しに来た」
「別に」
レーガは肩を竦める。
「たまたまだ」
「嘘をつけ」
「信じる信じねぇは勝手だろ」
軽い口調だった。
だが桐生は警戒を解かない。
透は初めて見る。
あの桐生がここまで警戒している姿を。
それだけでレーガという存在の危険性が伝わってきた。
「おい」
隣で隼人が小声で言う。
「見んな」
「え?」
「レーガをジロジロ見るな」
透は驚いた。
「何で」
「何となくだ」
「理由になってない」
「でも分かるだろ」
その言葉に透は黙る。
確かに分かる。
近付きたくない。
本能がそう告げていた。
すると。
「ん?」
レーガの視線が動いた。
透は身体が強張る。
目が合った。
ただそれだけ。
それだけなのに呼吸が止まりそうになる。
赤い瞳。
鋭い。
だが怒っているわけでもない。
むしろ。
楽しそうだった。
「へぇ」
レーガが笑う。
「ガキばっかじゃねぇか」
その言葉で空気が少しだけ緩む。
透はようやく息を吐いた。
何なんだ。
本当に。
意味が分からない。
すると。
「学生か?」
レーガが聞いた。
誰にともなく。
「そうだ」
桐生が答える。
「見りゃ分かる」
レーガは鼻で笑う。
そして。
再び透たちを見る。
玲司。
美月。
隼人。
迅。
そして透。
一人ずつ品定めするように視線を動かした。
その途中。
レーガの視線が玲司で止まる。
「雷か」
玲司は何も答えない。
「悪くねぇ」
レーガはそう言った。
今度は迅を見る。
「そっちは振動か」
迅が少しだけ眉を上げる。
「分かるのか?」
「見りゃな」
レーガは興味なさそうに言う。
そして。
最後に透を見る。
「盾」
短い一言。
透は反射的に身構えた。
だが。
レーガは数秒黙った後。
口元を吊り上げた。
「おもしれぇな」
透は意味が分からなかった。
何がおもしろいのか。
盾能力なんて珍しくもない。
むしろ地味な部類だ。
しかしレーガはそれ以上何も言わない。
ただ笑っていた。
その笑みに。
透は何故か嫌な予感を覚えた。
まるで。
自分でも知らない何かを見透かされているような。
そんな感覚だった。
その時だった。
ドゴォォォン!!
轟音が響く。
地面が揺れる。
全員が振り返った。
魔獣の群れだ。
十数体。
いや。
二十体近い。
道路を埋め尽くしながらこちらへ迫ってくる。
赤い瞳。
殺意。
咆哮。
一般人なら立っていることすらできないだろう。
だが。
レーガは欠伸をした。
「うるせぇな」
面倒臭そうに。
本当に面倒臭そうに。
そして。
ゆっくりと屋上の縁へ歩いていく。
「おい」
桐生が呼ぶ。
レーガは振り返らない。
「ガキ共を下げろ」
そう言った。
「死なれたらつまんねぇ」
次の瞬間。
レーガは屋上から飛び降りた。
地上まで十数メートル。
普通なら即死する高さ。
だが。
誰もそんな心配はしていなかった。
むしろ。
透たちは思っていた。
これから何が起きるんだ。
と。
そして。
魔獣の群れとレーガの距離がゼロになる。
戦いが始まろうとしていた。




