第12話「初任務」
翌朝。
透は少し眠そうな顔で教室へ入った。
昨日は帰宅してからもなかなか寝付けなかった。
結衣のことが頭から離れなかったのだ。
「おはよー」
隼人が手を振る。
相変わらず元気だった。
「おはよう」
「顔死んでるぞ」
「寝不足」
「珍しいな」
透は席へ座る。
すると前の席にいた迅が振り返った。
「病院どうだった」
透は少し驚く。
迅がそんなことを聞くとは思わなかった。
「大丈夫だった」
「そっか」
それだけだった。
だが悪い気はしない。
透が礼を言おうとした瞬間。
教室の扉が勢いよく開いた。
桐生だった。
「全員席につけ」
いつも通りの低い声。
だが今日は少し空気が違う。
教室が静かになる。
「予定変更だ」
桐生が言った。
「お前らには今日から校外実習へ出てもらう」
生徒たちがざわつく。
「え?」
「早くないか?」
「まだ入学二日目だぞ」
当然の反応だった。
透も同じことを思った。
すると桐生がため息を吐く。
「俺もそう思う」
珍しく本音が出た。
「だが上の判断だ」
教室が静まる。
上。
つまり学校や魔力庁の判断だろう。
「実習内容は簡単だ」
桐生は資料を配り始めた。
透も一枚受け取る。
そこには。
【第八区画・魔力異常調査】
と書かれていた。
「調査?」
透が呟く。
「最近、第八区画で魔力濃度の異常上昇が確認されている」
桐生が説明する。
「原因は不明」
それだけで少し不気味だった。
「危険なんですか?」
美月が手を挙げる。
「現時点では不明」
桐生が答える。
「だから調査する」
誰も反論できなかった。
確かにその通りだ。
「ただし」
桐生の声が低くなる。
「何かあった場合は俺の指示を優先しろ」
その言葉で全員察した。
危険がゼロではない。
だから教師が同行するのだ。
昼過ぎ。
透たちは専用車両で第八区画へ向かっていた。
窓の外を眺めながら透は考える。
初任務。
いや。
実習か。
どちらにせよ少し緊張する。
「神代くん」
美月が声を掛けてきた。
「ん?」
「昨日の病院」
透は少し驚く。
「大丈夫だったんですか」
「ああ」
「そうですか」
美月は少し安心したようだった。
透は思わず笑う。
「心配してくれてたのか」
「クラスメイトですから」
そう言いながら少し視線を逸らした。
隼人がニヤニヤしている。
「おい」
「いや何も」
絶対何か考えている顔だった。
一時間後。
車両が停止する。
「到着だ」
桐生が立ち上がる。
透たちは車外へ出た。
第八区画。
都心から少し離れた工業エリアだった。
倉庫。
工場。
広い道路。
人通りは少ない。
しかし。
「なんだこれ」
透は思わず呟く。
空気が重い。
まるで嵐の前のような圧迫感。
「魔力濃度が高い」
美月が周囲を見回す。
確かにそうだった。
体内の魔力が妙にざわつく。
初めての感覚だ。
「気を付けろ」
桐生が言う。
「ここ数日で急激に上昇したらしい」
透は周囲を見る。
何かがいる。
そんな気がした。
その時だった。
遠くから悲鳴が聞こえた。
「助けて!」
全員が反応する。
桐生の表情が変わった。
「走れ!」
透たちは駆け出す。
角を曲がる。
そして。
その光景を見た。
「な……」
透の目が見開かれる。
道路の中央。
そこにいたのは。
人間ではなかった。
黒い身体。
歪な四肢。
赤く光る目。
まるで獣と人間を無理やり混ぜたような異形。
一般人が数人逃げ惑っている。
「魔獣……!」
誰かが呟いた。
透は息を呑む。
ニュースでは見たことがある。
だが実物は初めてだった。
空気が違う。
存在感が違う。
そして。
異様な殺気があった。
魔獣がこちらを見る。
赤い瞳。
その瞬間。
全身に悪寒が走った。
「全員下がれ」
桐生が前へ出る。
低い声だった。
「こいつはお前らにはまだ早い」
だが。
魔獣は待ってくれなかった。
地面を砕きながら突進する。
一瞬で距離を詰める。
一般人へ向かって。
「っ!」
透の身体が勝手に動いた。
考えるより先だった。
盾を展開する。
一般人と魔獣の間へ飛び込む。
「神代!」
桐生の怒声。
だが遅い。
魔獣の爪が振り下ろされる。
轟音。
盾が軋む。
透の足が地面にめり込む。
重い。
玲司の攻撃とは違う。
純粋な暴力だった。
だが。
透は叫ぶ。
「下がってください!」
一般人たちが逃げ出す。
間に合った。
その瞬間。
桐生の姿が消えた。
そして。
次の瞬間には魔獣の懐にいた。
巨大な魔力剣が振り抜かれる。
一閃。
魔獣の身体が真っ二つになった。
沈黙。
透はその場に座り込む。
桐生は振り返った。
「馬鹿野郎」
怒っていた。
本気で。
「死ぬところだったぞ」
透は何も言えなかった。
確かにそうだった。
だが。
もしもう一度同じ状況になったとしても。
きっと自分は飛び出してしまう。
そんな気がしていた。
その様子を。
少し離れた倉庫の屋上から見下ろす者がいた。
白髪の男。
赤い瞳。
口元に僅かな笑み。
「へぇ」
男は呟く。
「面白いな」
そして。
誰にも気付かれることなく姿を消した。
まるで風に溶けるように。
ただ一人。
桐生だけがその方向を見ていた。
険しい表情で。




