第11話「まもるもの」
授業終了後。
透は急いで校舎を出ていた。
夕方の空は赤く染まり始めている。
スマートフォンを握る手に自然と力が入った。
病院からの連絡。
内容は短かった。
――神代結衣さんが検査中に体調を崩されました。
それだけだ。
命に関わるような文面ではない。
だが透の胸は落ち着かなかった。
「くそ……」
思わず足が速くなる。
駅へ向かおうとした時だった。
「神代くん」
後ろから声がした。
振り返る。
美月だった。
「橘?」
「急いでいるんですか?」
透は少し迷ったが隠す必要もない。
「妹が入院してるんだ」
美月の表情が変わる。
「何かあったんですか」
「病院から連絡が来てさ」
「そうですか」
短いやり取りだった。
だが美月は余計なことを聞かなかった。
それがありがたかった。
「じゃあ俺行くわ」
「はい」
透は駅へ向かって走り出した。
病院へ到着した時には、既に外は暗くなっていた。
受付を通り、慣れた廊下を進む。
何度も来た場所だ。
もう道を間違えることもない。
病室の前まで来る。
深呼吸。
そして扉を開けた。
「よう」
「お兄ちゃん!」
元気な声が返ってきた。
透は思わず肩の力が抜けた。
ベッドの上で少女が笑っている。
神代結衣。
透の妹だった。
年齢は十四歳。
少し色素の薄い髪。
病院着。
顔色は良くない。
それでも笑顔だけは昔から変わらない。
「大丈夫なのか?」
「うん」
「病院から連絡来たんだけど」
「ちょっと倒れただけ」
「ちょっとじゃないだろ」
透が呆れる。
結衣は申し訳なさそうに笑った。
「ごめん」
透はベッドの横へ腰掛ける。
そこでようやく安心できた。
本当に大丈夫そうだった。
少なくとも今は。
「入学どうだった?」
結衣が聞く。
「受かった」
「知ってる」
「電話しただろ」
「改めて聞きたかったの」
結衣が笑う。
「おめでとう」
「ありがとな」
少し照れくさい。
透は視線を逸らした。
すると結衣がじっと見てきた。
「なに」
「嬉しそう」
「そうか?」
「うん」
自覚はなかった。
だが。
確かに嬉しい。
努力が報われたのだから当然だ。
「友達できた?」
「できた」
「女の子は?」
「何でそこ聞くんだ」
「気になる」
「いない」
即答した。
すると結衣は露骨に疑いの目を向ける。
「本当に?」
「本当に」
「怪しい」
失礼な妹だった。
しばらく話していると、病室の扉が開く。
白衣の女性が入ってきた。
「あら」
優しい雰囲気の医師だった。
「お兄さん来てたのね」
「先生」
透は立ち上がる。
結衣の担当医だ。
「体調はどうなんですか」
医師は少し考える。
そして。
「正直に言うわね」
そう前置きした。
透は自然と緊張する。
「良くはないわ」
病室の空気が静かになる。
結衣も何も言わない。
「最近は魔力循環の乱れが大きくなってる」
透は眉をひそめた。
魔力循環障害。
結衣の病名だった。
世界中で確認されている難病。
体内の魔力が正常に循環しなくなる病気。
軽症なら問題ない。
だが重症化すると。
身体機能そのものに影響が出る。
「治療法は」
「研究は進んでる」
医師はそう言った。
だが。
それは何年も前から聞いている言葉だった。
研究は進んでいる。
希望はある。
だが完治した患者はまだいない。
透は拳を握る。
悔しかった。
自分には何もできない。
ただ見ていることしか。
病室を出たのは夜だった。
透は病院の屋上へ上がる。
夜風が吹いていた。
東京の夜景が広がっている。
「強くなりたいな」
誰もいない場所で呟く。
強くなりたい。
その理由は一つじゃない。
能力犯罪者から人を守りたい。
立派な能力者になりたい。
それもある。
だが。
一番は違う。
「結衣を助けたい」
透は空を見上げた。
もし。
もっと偉くなれたら。
もっと強くなれたら。
魔力庁の上層部に届くくらいの存在になれたら。
結衣を救う方法を見つけられるかもしれない。
そんな考えがあった。
その時だった。
バチッ。
微かな音。
「……?」
透が振り返る。
屋上のフェンス付近。
一瞬だけ青白い光が見えた気がした。
だが誰もいない。
「気のせいか」
透は首を傾げる。
そしてそのまま屋上を後にした。
誰もいなくなった屋上。
静寂。
数秒後。
何もなかった空間から男が姿を現した。
黒いコート。
白髪。
鋭い赤い瞳。
男は透が去った方向を見つめていた。
「魔力循環障害か」
誰に聞かせるでもなく呟く。
その声は静かだった。
そして。
少しだけ寂しそうだった。
「嫌な病気だな」
男は夜空を見上げる。
次の瞬間。
姿が消えた。
まるで最初から誰もいなかったかのように。
ただ。
屋上の床だけが不自然にひび割れていた。
何か強大な力がそこに存在していた証拠のように。




