分けるか、引き受けるか
責任は、分けられる。
そう思えば、少し楽になる。
でも。
本当に分けられているかは、別の話。
朝。
講義室の空気は、昨日よりも乾いていた。
重さに、少し慣れたのかもしれない。
(慣れるな、こういうの)
良いのか悪いのかは、分からないけど。
席に着く。
紙はない。
代わりに、老女官がすぐに口を開いた。
「昨日の課題について、討議を行います」
短い前置き。
「各自の判断を前提に、改善案を提示しなさい」
少しだけ、空気が動く。
「なお」
一拍。
「複数人での共同案も認めます」
その一言で、流れが変わる。
(……分散、か)
責任を。
選択の結果を。
一人で背負わなくていい。
そういう形。
ざわめきは、小さい。
でも、確実に広がる。
視線が動く。
誰と組むか。
どこに乗るか。
静かな探り合い。
「では、始めなさい」
それで、自由。
すぐに、動く者がいる。
小さなグループができる。
意見を合わせる。
擦り合わせる。
まとめる。
(早いな)
迷いがない。
というより。
(最初から、そのつもりだった)
そんな感じ。
リリアは、動かない。
席に座ったまま。
周囲を見ている。
(どうするかな)
選択肢はある。
一人で出す。
誰かと組む。
どちらでもいい。
どちらにも、意味がある。
「組みませんか」
声。
視線を上げると、イーサ。
「合理的に考えて、共同案の方が評価は安定します」
「そうですね」
否定はしない。
「互いの弱点を補える」
「はい」
「どうしますか」
まっすぐな問い。
リリアは、少しだけ考える。
そして。
「今回は、一人で出します」
答える。
イーサは、わずかに眉を動かした。
「理由は」
「特にありません」
正確には、ある。
でも。
(説明するほどでもない)
「そうですか」
短く頷く。
「では、また別の機会に」
それだけ言って、離れる。
(分散)
悪い選択じゃない。
むしろ、合理的。
でも。
(それだと、ぼやける)
責任が。
判断が。
誰のものか、曖昧になる。
それが、少しだけ気になる。
ペンを持つ。
一人で書く。
昨日の選択を前提に、改善案。
追加の条件。
補強。
修正。
淡々と。
途中、視線を上げる。
セレナは、一人で書いている。
迷いは少ない。
(あっちは、そっちか)
引き受ける側。
少し離れた場所。
アマーリエは、二人と話している。
笑いながら、でも真剣に。
(分ける側)
どちらも、正しい。
ただ、違うだけ。
書き終える。
提出。
それで終わり。
講義は、そのまま進む。
いくつかの案が取り上げられる。
共同案。
個別案。
比較される。
違いが、はっきりする。
(分かりやすいな)
共同案は、安定している。
大きな欠点はない。
でも、尖りもない。
個別案は、ばらつきがある。
強いものと、弱いもの。
はっきり分かれる。
講義が終わる。
人が動き出す。
今日は、少しだけ話し声が多い。
共同で動いた分、関係ができている。
廊下。
「どうだった?」
アマーリエが来る。
「普通でした」
「一人で出したんでしょ?」
「はい」
「勇気あるね」
「そうですか」
「私は無理」
笑う。
「怖いもん」
「そうですね」
否定はしない。
「でもさ」
少しだけ真面目な顔。
「一人の方が、すっきりしない?」
「しますね」
「でしょ」
小さく頷く。
「でも、それで外したら終わりじゃん」
「そうですね」
「だから、ちょっとだけ分けた」
肩をすくめる。
「ずるいかもだけど」
「いいと思いますよ」
それも選択。
問題ない。
少し歩く。
セレナも合流する。
「お二人は、共同でしたか」
「私は違うよ」
アマーリエが答える。
「半分くらい」
「私は個別です」
セレナは、はっきりと言う。
「分けるつもりはありませんでした」
「理由は?」
アマーリエ。
「責任は、自分で持ちたいので」
迷いがない。
そのままの言葉。
(やっぱり、そっちか)
分かりやすい。
「重くない?」
「重いです」
即答。
「でも」
少しだけ間。
「軽くする必要はないと思っています」
静かに言い切る。
「その重さごと、引き受けるものなので」
アマーリエは、少しだけ黙る。
「……かっこいいね」
「そうですか」
セレナは、首を傾げる。
自覚はなさそう。
リリアは、何も言わない。
ただ。
(ちゃんと違うな)
と思う。
分ける者。
引き受ける者。
そして。
(どちらでもない位置)
自分。
三人で歩く。
バラバラで、同じ場所にいる。
そんな感じ。
中庭。
ベンチに座る。
風は、穏やか。
(分けるか、引き受けるか)
どちらも選べる。
だから。
(どうするか、だけ)
それが残る。
第9章は、さらに進む。
重さは、形を変える。
次に来るのは――
その重さを、誰かに押し付けるかどうか。




